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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月の課題図書

夏の力道山
夏の力道山
夏石 鈴子(著)
【筑摩書房】
定価1365円(税込)
2006年9月
ISBN-4480803971
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  小松 むつみ
 
評価:★★★
 いやー、めちゃめちゃ共感しました。もう、これってあたしのこと!? って言うくらい、ウンウン頷きながら読ませていただきました。家庭を持って働く女性の、慌しい日常を明るく描いています。でも、でも、オビの「主婦小説」というのにはあまり感心しません。主人公は「主婦」なのか、「エディター」なのか、「母親」なのか、それは読者が決めることです。そこのところ、人を(特に女性)把握する際に、誤解しているというか、思い込みの激しい人が世の中にとても多いと感じます。と、ここでウーマンリブを展開するつもりはありませんが……。主人公も、明確な自らの意思を確認するように、日々を闊達に生きています。
 ともかく、あー、明日もがんばろう! と言う気持ちにさせてくれる一冊でした。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 身も蓋もないけれど毎日を生きるための知恵にあふれた作品。主人公五十嵐豊子さんに親しみを持つあまり、私も豊ちゃんと呼ばせてもらいます。
 豊ちゃんの一日は忙しい。外で働いて一家の生計を支えながら、同時に主婦として家族が元気で楽しく暮らせるように気を配るのだから。
 だんなさんの中途半端な家事やへりくつにも、子どもの駄々にも、豊ちゃんには「一家の主婦の公式見解」という伝家の宝刀がある。公式見解とは、家全体の平和を考えた上での発言のこと。家庭において、素の自分の気持と公的見解をわけるなんて寂しいし、良くないとおっしゃる向きがあるかもしれませんが、私はこの方法は現実的だと思うし、豊ちゃん、よくぞ言ってくれたと思う。公式見解は発言者本人も救うものらしいし、彼女の仕事への取り組みを見ていると、この人のすることには愛があるということが分かるから大丈夫。気持を安定させて、現実との向き合い方を示してくれる処方箋、羅針盤のような1冊です。

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  神田 宏
 
評価:★★★
 3歳と5歳の母、五十嵐豊子は売れない映画監督兼俳優の明彦と「家を平和に治めるために」奮闘努力する、「一家の主婦」だ。実入りの少ない明彦に代わり働いて経済的に家庭を支えるだけでなく、「わたしがやるのだ」という強い決意をひめた主婦という「状態」を自らに課して、日々の生活を過ごしている。だからといって肩肘張って、世間に働く主婦としてアピールなんかはしたりはしない、自然体でしなやか(うーん「しなやか」なといっても瀟洒な柳というよりはどーんとした柳の古木のようなのだが)で、そんな彼女の夏の日常の一コマが、くっすっと笑いを誘うようにさりげなく語られている。そしてこの「豊ちゃん」がホント可愛らしい。明彦が食後に飲むサプリメントにマカをひそかに追加しておいたり、「俺に自分のパンツ洗わせておいて、なんか、いばっているんだからな、この豊ちゃんという人は」という明彦には「ねえねえ、わたしのパンツを洗ってくれるのは、この洗濯機。あなたじゃないです」とさらっとやり返す。そんな明彦に対して「日々の暮らしに必要な技術は繰り返し「しつけ」ていけば」いいと思ったりする。仕事に行くために保育園に送った娘が豊ちゃんとの別れに泣きじゃくっているのを、自転車を「うんしょ、うんしょ」と漕ぎながら、「わたしが働いてみんながどうにかやっていけるのだから、それでいいと思う。つまり、うすうすわかっていたことだけど、わたしはこうやって働いていることが好きなのだ。好きなんだからしょうがない。黙って好きなことをただ続ければいい。」と思う強い豊ちゃん。ホント主婦になるってのも大変だなぁ。そして、「わたしが愛しているのは、あなただけ」と明彦に言う豊ちゃん。可愛いだけでなく、何かかっこいいなぁ。

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  福井 雅子
 
評価:★★★
 夫と二人の子供を持ち、友人が興した小さなオフィス編集者として働く、「主婦」豊子
の一日を書いた小説。
 家事に育児に仕事にと忙しい豊子に対して、経済的にも家事や育児の面でもあてにならない夫。だが、「なぜ結婚したの?」という問いに対する豊子の答えは「だって愛しちゃったんだもん」である。ぶつぶつ文句を言いながら、夫の言葉にキレながら、でも精一杯愛している。「主婦」の愛ってこういうものなのよ、というわけである。
 何か事件が起きるわけではなく、どこにでもある日常の出来事が積み上げられていくが、読み終わるころにはしっかりと作者のメッセージが伝わってくる。そして、所々に「こういうのはダメ」「こうしなくちゃダメ」というような夏石さん流人生訓のようなものが出てきて頷きながら読む。そんな夏石鈴子さんの小説の醍醐味が、この作品にもたっぷり詰まっている。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★
 主婦に主婦小説(?)を、子供が居るなら子供を描いた小説を薦めたがる人がいるがそれは大きな見当違い。日々その渦中でもがいているのだから、何を今更げっぷが出る。そんな気持ちで読み始めた「怒涛の主婦小説」だが意外や意外、非常に面白かった。主人公・五十嵐豊子は、友人と編集プロダクションを経営する働く主婦である。映画監督兼俳優の夫は殆ど収入が無く、5歳と3歳の子供までいる。これは大変な状況だが、ここから「おしん」になったり、スーパーウーマンになったりせず、つまり孤立しないで家族と共に快適に生きていくという凄腕をみせるのだ。例えば夫は「いるだけで飼い主の心は満たされる」猫だと言う。私の母なども父の事を「犬だと思えば腹は立たない」と言うから、人其々何が好きかで例えも違ってくるようだ。何れも覚えが悪くても根気良く教え込まないと進歩はない。子供に至っては「正しく支配し、諭す事だ」とある。これ以上何も言う事が無い程の名言だ。豊子の見解は正しい、でも正しい事を断言されて逆上しないで読める稀有な作品の底流には豊子の愛情=温かさがある。日常を平和で豊かに生きていく知恵とセンスに溢れた出色の一作。蛇足だが夏石さんの「猫」は荒戸源次郎監督、私には虎に見えるが…

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 五十嵐豊子さんは働く主婦である。夫の明彦さんは、映画監督で時どき俳優をしている。子どもはふたり。
 豊子さんは、定期収入のある仕事をし、何くれと家族の心配りをし、それによって家庭が楽しくまわっているという話がそのまんま描かれている。そのまんまというのは、4人暮らしの家族の日常が誇張もなく卑下することもなくということ。豊子さんが「私ばっかり働いて」とか、明彦さんに「家にいる時間が長い時は、家事手伝ってよ」とか、そいういう思いをした時期を通り過ぎて、自分らしく家族らしくいられる形をつかんでからの、ゆるやかな優しい日常。小さなドラマチック要素はマカの行く末(?)くらいで、他は安心して読める。
 この気持ちわかるとか、そうそうこんな感じと、共感しながら読む読書は和めて楽しい。

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