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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月のランキング

磯部 智子の<<書評>>
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風が強く吹いている 削除ボーイズ0326 ダブル 夏の力道山 シンデレラ・ティース ありふれた魔法 愚者と愚者 ティンブクトゥ ぼくと1ルピーの神様 12番目のカード


風が強く吹いている
風が強く吹いている
三浦 しをん(著)
【新潮社】
定価1890円(税込)
2006年9月
ISBN-4104541044

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評価:★★★★★
 正月なのに何故走る?…の箱根駅伝が舞台。面白い!ただひたすら面白いアンチスポ根小説!だけでは終わらなかった。優れた才能を持ちながら、高校時代事件を起こし陸上部を退部した走(カケル)が、灰二(ハイジ)に安い下宿を紹介すると言う名目で寛政大学陸上競技部にひっぱられたところから話は始まる。ハイジは無謀にも10人の下宿人で箱根駅伝を目指すと言う。陸上経験者は3人だけ、ありえない!ハイジに宥めたり脅されたりした彼らは…10人の個性が際立ち「混乱と怒号」のドタバタの中からスタートする。本来ならここで「捕まった」と思うところが、逆に孤独からの解放感が勝り、読み手をその興奮の中にキッチリと巻き込む。ハイジが繰り返す「速い」より「強い」とはどういうことなのかを、彼らと一緒に考えていく。500頁超の長さも一向に気にならずに夢中で読んだ。頑張れ!と思う時もあれば、やっぱりダメかとも思う。これを繰り返しながら心の底から応援し続けた。結局「強い」の意味は?……「走っていれば、いつかきっとわかる」 走る事と内面を凝視する事は並走する。団体競技が苦手、ひいては集団主義の日本に生まれたこと自体が何かの間違いかもしれないと思っていてもきっと楽しめる(はずだ…)

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削除ボーイズ0326
削除ボーイズ0326
方波見 大志(著)
【ポプラ社】
定価1470円(税込)
2006年10月
ISBN-4591094723
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評価:★★
 もう一度小学6年生をやってみるかと問われたら即座に断る。それほど現代の小学生はピリピリ緊張した日々を生きている。主人公・直都は6年生、我が家にも同年の子供がおり、あら捜しをするつもりは無かったが(実は大アリか)人物造形にはどうも納得できない。直都は感性こそ幼いが行動は中学生並み、実際の12歳はもっと内面は大人でありながら、行動には大いに制約が加えられている微妙な年齢なのだ。それはさて置き、直都が過去の「出来事」を5分(後に3分26秒)だけ削除できる装置を偶然手に入れたことから物語は始まる。最初はたあいもない深爪をした出来事を削除した。次はカッターで切りつけられた出来事を削除し…子供同士の人間関係(途中から中学生と納得しながら読む)微妙な家族関係(父失踪・兄ひきこもり)などが描かれ、「なかったこと」にしたい出来事を削除していくが…最後に「二度と修復することはできない」事のためにある決断をする。どこか知っていたような設定(ドラえもん?)と、やり直しの安易さが最後まで気になった。

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ダブル
ダブル
永井するみ (著)
【双葉社】 
定価1890円(税込)
2006年9月
ISBN-457523561X
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評価:★★★
 私にとっての初・永井するみ作品は、最初からある人物を指し示していた、殺人犯はきっと彼女だと。でもその乃々香は妊婦であり最も人を攻撃するのにはふさわしくない状態にある。一体どうやって? 誰にも疑われずあっけらかんとした乃々香の態度と、人とは怖いものだという諦念が結びつきそうになった時、乃々香に疑いを抱くライター多恵が現れ……人の心の隙をつく上手さに感心する。一方途中から読めてしまった部分やミステリとして納得できない不自然な部分など欠点も多いが、人物=女性を描くのが抜群に上手い。乃々香、多恵、被害者なのに「容姿が整っていないと同情もしてもらえない」と表現される「いづる」も含め其々「嫌な女」なのだが、同時に皆誰かにとっては大切な人だという皮肉で至極当たり前な現実もしっかり押さえている。外見重視の男性に対する苛立ちと共に女性同士の複雑な葛藤もある。その根拠の無い自信は何処から湧いてくるのか?という程の自己肯定の裏には、他者を全否定(削除)しようとする男女問わない現代人の側面もくっきりと描かれている。タイトルの意味は更なる進化形態……ふと我が身を省みてしまう怖〜い一作。

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夏の力道山
夏の力道山
夏石 鈴子(著)
【筑摩書房】
定価1365円(税込)
2006年9月
ISBN-4480803971
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評価:★★★★
 主婦に主婦小説(?)を、子供が居るなら子供を描いた小説を薦めたがる人がいるがそれは大きな見当違い。日々その渦中でもがいているのだから、何を今更げっぷが出る。そんな気持ちで読み始めた「怒涛の主婦小説」だが意外や意外、非常に面白かった。主人公・五十嵐豊子は、友人と編集プロダクションを経営する働く主婦である。映画監督兼俳優の夫は殆ど収入が無く、5歳と3歳の子供までいる。これは大変な状況だが、ここから「おしん」になったり、スーパーウーマンになったりせず、つまり孤立しないで家族と共に快適に生きていくという凄腕をみせるのだ。例えば夫は「いるだけで飼い主の心は満たされる」猫だと言う。私の母なども父の事を「犬だと思えば腹は立たない」と言うから、人其々何が好きかで例えも違ってくるようだ。何れも覚えが悪くても根気良く教え込まないと進歩はない。子供に至っては「正しく支配し、諭す事だ」とある。これ以上何も言う事が無い程の名言だ。豊子の見解は正しい、でも正しい事を断言されて逆上しないで読める稀有な作品の底流には豊子の愛情=温かさがある。日常を平和で豊かに生きていく知恵とセンスに溢れた出色の一作。蛇足だが夏石さんの「猫」は荒戸源次郎監督、私には虎に見えるが…

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シンデレラ・ティース
シンデレラ・ティース
坂木 司(著)
【光文社】
定価1575円(税込)
2006年9月
ISBN-4334925154
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評価:★★★
 優しさとか温かさに溢れた……そんな言葉を聞くと私の頭の中では勝手に「ぬるい・甘い」と変換されてしまう。現実にはなかなか本物に巡り合えず懐疑的になっているからだ。そんな桃源郷にも等しい距離感を、一気に縮めて身近な世界にしてしまう坂木作品。しかし今度の舞台はデンタルクリニック。私は読むだけで、何年も前に治療した歯が残らず痛み出す気がするほどの歯科嫌い、主人公サキもそうなのだが何故か大学二年の夏休みに受付のアルバイトをする事になって…ひと夏の経験を日常のミステリ仕立てにした連作短編集であり、サキの歯科恐怖克服物語(?)でもある。それはシンプルな話だが、サキと同じ目線になってぐいぐいと読まされる。このクリニックでは患者をお客様と呼び、診察券はメンバーズカードと言う。この「優しさ」は歯科治療恐怖症を軽減して顧客獲得する方策の一つなのだが、作家の徹底取材が功を奏してなかなか説得力があり、最後には「歯科トリビアの宝庫」にもなれる。本格的な人生に踏み出す決心をする前や、今後とも片目だけ開けて人生を生き抜こうと固く決心しているなら、この作品の持つ温かみは結構心地よい。

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ありふれた魔法
ありふれた魔法
盛田 隆二(著)
【光文社】 
定価1680円(税込)
2006年8月
ISBN-4334925170

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評価:★★
 男性側から描いた不倫は……何もかもが昭和に逆戻りしたような古風でちょっとショボイ顛末。「リアリズムの名手」?いやいや中年男性のファンタジーのほうがふさわしい。44歳三児の父、大手銀行の支店次長・秋野と、海外赴任した恋人と別れた26歳総合職・茜。読みながら気になるのは(気に障るのは)最初から気味が悪いぐらい性的緊張感に溢れていること。私が既婚女性で妻の立場で怒っていると思って頂いては困る。茜の立場でもこんな職場では働けない。例えば秋野は上司・部下だけの関係時でも、茜が得意先と仲良くするから「嫉妬した」と口にし、顧客に謝罪した帰り、頑張ったねと「そっと抱きしめてあげたくなった」りするのだ(いらぬお世話だ)。銀行内の描き方にも疑問、東大卒の39歳の支店長(ステレオタイプ)ノイローゼ1名(もっと多いはず)歓迎会で女子行員がチャイナドレス着用(銀行がバブル期のオゲレツさを取り戻したとしてもありえない)。全てが10年20年前の風景ではないか。そして最後の決断は……男のケジメ?マニュアル至上主義者め!(住宅ローンはどうする)同じ話を女性(茜は結構したたかと見た)の視点で描いたら全く違う話になると考えた。「秋野智之、45歳、頑張れよ、おまえ」(ホントにしっかりしろ)

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愚者と愚者

愚者と愚者(上・下)
打海 文三(著)
【角川書店】
定価1575円(税込)
2006年9月
ISBN-4048737198
ISBN-4048737201

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評価:★★★★★
 あの衝撃的な『裸者と裸者』からもう2年か……本を手にしただけで高揚感が甦ってくる。
表紙が変った、厳しい戦士の姿が少年少女になった。過去のような未来のような世界で内戦が日常化し暴力とセックスが溢れている。生きることに真剣で誠意を持って向き合うなら戦わざるをえないことがよく解る。徹底的に血が流れおびただしい死の中でも、心を麻痺さすこと無く考え続ける。彼らは人間がもつ偏見を相手に戦っている。性差別、人種差別、トランスジェンダーと呼ばれる人々。作家は自分とは異なる人間に対する抜群の想像力をもち彼らが生きていくことを力強く肯定する。上巻は海人、下巻は椿子が主人公になり、その内側から激しさと切なさを描き出す。私の心の中に残る少年少女が共鳴し、その世界に行った記憶がしっかりと刻み付けられる。彼らは戦い続けてこの先何処へ行き着くのか、読み終えてすぐ続きを知りたくなり、これから現実社会で血を流さず出来ることは何なのかと考える。最高の娯楽作品は、同時に大きなパラドックス=課題も残していった。

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ティンブクトゥ
ティンブクトゥ
ポール・オースター(著)
【新潮社】 
定価1680円(税込)
2006年9月
ISBN-4105217119
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評価:★★★★★
 周知のことながら、犬は人間の言葉を理解するし、聞く耳さえ持てば会話だって出来る。人(犬)柄によっては友人にもなれる。そんな解りきったことでも、オースターが描くとこうなる。犬のミスターボーンズと「彼を劣った存在として扱わない主人」である少々いかれた放浪詩人ウィリー。彼らはずっと「気の会う仲間」であり「最良かつ唯一の友人」だった。死期の迫るウィリーと最後の旅に出たミスター・ボーンズの視点で語られるウィリーの人生、別れを前に「ウィリーを引き算」したら「世界自体が存在をやめる」ことへの恐怖。新たな飼い主達との関係、何を聞いても批判したり突然背を向けたりしないミスター・ボーンズになら、彼らも安心して胸の内を吐き出していく。彼にとっても「この世で信用できる二本足」はウィリーだけではないことを知るが、病魔に蝕まれた彼の夢にウィリーがいつものように現れ……選ばれし者の約束の地=ティンブクトゥを目指す。たまらなく健気な犬の話であり、同時に犬だけの話に終わらない。「訳者あとがき」に書かれた「たまたま抱え込んだ身体的特徴」のある者を正しく愛して深く愛された物話。人が実は何に飢え何を渇望しているかがミスター・ボーンズの姿に映し出され、心に深くに沁み入ってくる。

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ぼくと1ルピーの神様
ぼくと1ルピーの神様
ヴィカス・スワラップ(著)
【ランダムハウス講談社】
定価1995円(税込)
2006年9月
ISBN-4270001453
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評価:★★
 わたしのインドに対する薄っぺらな知識ではこの作品をどう評価してよいものか。孤児で学校も行かず社会の底辺で生きてきたラム。その彼が「クイズ・ミリオネア」のような番組で全問正解し史上最高金額を勝ち取り不正を疑われる。警察に逮捕され接見した女性弁護士に、波乱万丈の18年間の人生を語り始めると、ひとつひとつがクイズの答えにたどり着く。子供に対する虐待、貧困層の悲惨すぎる生活、売春、宗教対立など漏れ聞くインド社会の問題が彼の短い人生に降りかかり、その試練の中逞しく様々なことを学び取った事が描かれている。それでも最後の「運は自分が作り出すものだってわかったんだ」というラムの言葉にめでたしめでたしと一概に同意できないのは、作家がインドの外交官であり、日本でいう格差社会などとは比べ物にならない支配層出身である可能性に、能力主義と見せかけたインドの現状肯定のように感じてしまうからだ。

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12番目のカード
12番目のカード
ジェフリー ディーヴァー(著)
【文藝春秋】
定価2200円(税込)
2006年9月
ISBN-4163252908
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評価:★★★★
 主人公ライムとは一昨年の『魔術師』(傑作)以来、ディーヴァー作品としては昨年『獣たちの庭園』(面白い)と短編集『クリスマス・プレゼント』(未読…)が翻訳出版されており変らぬ人気の高さが覗える。冒頭の僅か30頁で、襲われた16歳のジェニーヴァがいかに賢いか、レイプ犯を装った犯人がいかに冷徹なプロの殺し屋か、ライムとサックスが相変わらず彼ら自身であるかが、恐らく初めて読んだ読者にもきっちり納得できるように描かれている。(つかみはOK)後はただひたすら読んで、無駄な伏線は何一つ無い緻密なディーヴァーの世界に突入する。従来の作品に比べジェットコースター的な展開は少ないが、プロ対プロのハイレベルな対決には息詰まる興奮を覚える。信用していた登場人物も嘘をつく何層にもなったお得意のミスリードには毎度のことながら騙される。それにしてもアメリカ憲法にはそんな落とし穴が……残りあと100頁余りでゴールが見えた、と思ったら、そこからがディーヴァーの真骨頂、すっかり疑り深くなった読者の裏をかいた肩透かしと驚きの緩急入り混じる連続技(がチト多過ぎた)他の作家なら文句無く★5なのだが、期待するものが大きくて、アクロバチックさが勝ちすぎた結末に……悩んだ挙句この結果。

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