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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月の課題図書

シンデレラ・ティース
シンデレラ・ティース
坂木 司(著)
【光文社】
定価1575円(税込)
2006年9月
ISBN-4334925154
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  小松 むつみ
 
評価:★★★★
 歯科技工士という職業に、こんなにも光をあてた小説は初めてではないだろうか。世の中には実にさまざまな職業があるが、小説の主人公になる職業は意外と限られている。それぞれの仕事にはみな、外からはなかなかわからない奥深さがある。
 その深みを見つめることで、それぞれの人の心に根ざした謎を、心優しく、つまびらかにしていく。その真摯な姿勢、揺るがぬ意思が清々しい。
 歯医者嫌いの女子大生のバイト譚かと軽く読み始めたら、あらやっぱり坂木さんね、ただでは終わらないのね。さすがです。「青空の卵」も大好きでした。
 元祖・北村氏さんとはまたひと味違う、人の死なないミステリー。でも、とってもとても味わい深いミステリーです。

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  神田 宏
 
評価:★
 すみません。僕には分かりませんでした。正直、ちっとも面白くないのである。歯医者嫌いの女子大生サキが叔父の経営するデンタルクリニックでひと夏、バイトするお話。光文社さんの新刊案内には「青春小説ミステリー風」とあるが、怒りっぽい患者のおっさんが口臭で悩んでいたり、恋人との旅行を通院を理由に逃げる女性が歯軋りに悩んでいたりすることを解決するのが「ミステリー風」ってことなのかな?(まあ、あと一人変な患者さんの悩みを皆で解決したりするが)だとしたら、同じ匂いでも原田宗典の『スメル男』くらい匂わせて欲しいし、歯軋りでも、擦りすぎて歯がなくなっちゃいました!ぐらい言って欲しい、でないと「ミステリー風」にもなりません。「青春小説」のほうは、まぁ、そこそこサキと歯科技工士の恋愛っぽいのが書かれているが、いかんせん凡庸だ。歯科を舞台に設定しないと成り立たないのだろうが、歯医者のディテールは書かれていないし、アルバイト先、デパガでもレンタルビデオ屋でも良かったんじゃない? サキちゃん。つまり、僕には面白さが感じられない一冊でした。とほほ。

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  福井 雅子
 
評価:★★★
 大学生のサキは大の歯医者嫌い。そのサキが夏休みの間なぜかデンタルクリニックで受付のアルバイトをすることになる。このクリニックで歯科技工士として働く四谷謙吾は、患者さんたちの歯の状態と来院時の会話や動作から、まるで謎解きのように患者さんたちが抱える悩みを明らかにし、サキはクリニックで働くほかのスタッフとともにその悩みの解決に役立とうと頑張る。
 サキと四谷をはじめとしたクリニックで働くスタッフの面々から患者さんたちまで登場人物がとにかく皆いいひとばかりである。となると作品としては現実離れして興ざめかと言うと、そうでもないところがこの作品の特筆すべきところだろう。いいひとばかりが出てきて話はすべてハッピーエンドという展開は、嫌味なく、押し付けがましくなく、わざとらしくなく描ければ、それはほのぼのとした心地よい空気を生むのだということをこの作品は教えてくれる。言い変えれば、童話を読んだときのやわらかな安心感のようなものだろうか。サキに負けないくらい歯医者嫌いの私が「ああ、こんな歯医者さんがあったらなあ……」と心から思ったのは言うまでもない。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 母親の企みで、デンタルクリニックでバイトすることになったサキは、風変わりだけど温かいスタッフたちに囲まれ、ちょっと困った患者さんたちの抱える秘密の悩みを解決していく。
 ミステリー仕立てのエピソードの連作形式にしたために、一話一話が短くなり、患者さんたちの心理的な不安や四谷以外の脇役のスタッフたちの個性が、存分には描き切れていない部分もあるが、大学時代にこんなバイトがしてみたかった……と、思わずサキがうらやましくなるような魅力的な背景設定である。ゆっくりだが着実に成長していくサキの姿、そして歯科治療がらみの蘊蓄で味付けしてはいるが、ごく普通の毎日のなかで大切なことを丁寧に描いていく筆致には、好感が持てる。物語全体が、好きなもの、よいものを時間をかけて味わうというフレッチャイズムの精神に貫かれているようだ。口はコミュニケーションの入り口でもあるということをしみじみ感じさせてくれる、少し元気の出る一冊。

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  磯部 智子
 
評価:★★★
 優しさとか温かさに溢れた……そんな言葉を聞くと私の頭の中では勝手に「ぬるい・甘い」と変換されてしまう。現実にはなかなか本物に巡り合えず懐疑的になっているからだ。そんな桃源郷にも等しい距離感を、一気に縮めて身近な世界にしてしまう坂木作品。しかし今度の舞台はデンタルクリニック。私は読むだけで、何年も前に治療した歯が残らず痛み出す気がするほどの歯科嫌い、主人公サキもそうなのだが何故か大学二年の夏休みに受付のアルバイトをする事になって…ひと夏の経験を日常のミステリ仕立てにした連作短編集であり、サキの歯科恐怖克服物語(?)でもある。それはシンプルな話だが、サキと同じ目線になってぐいぐいと読まされる。このクリニックでは患者をお客様と呼び、診察券はメンバーズカードと言う。この「優しさ」は歯科治療恐怖症を軽減して顧客獲得する方策の一つなのだが、作家の徹底取材が功を奏してなかなか説得力があり、最後には「歯科トリビアの宝庫」にもなれる。本格的な人生に踏み出す決心をする前や、今後とも片目だけ開けて人生を生き抜こうと固く決心しているなら、この作品の持つ温かみは結構心地よい。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 ――小さい頃から、歯医者なんて大っ嫌いだった。
 冒頭のこの一文に共感する人、少なくないと思う。痛みをきちんと自己管理できる人は、歯医者も冷静に受け止められるのだろうが、歯医者の痛みは他より別口なのだ。なにせ、痛みが半端ではない。だから多くの人(だと思っている)が、半端な痛みがピークに達するまでは歯医者のドアを開けたくない。と、うだうだ考えながら読んでいたが、あらこんな歯医者なら私も行ってみたいと思ってきた。
 サキがバイトしているのは品川デンタルクリニック。夏の間だけ、窓口で働くことになった。患者さんの気持ちを大事にするクリニックにおいて、サキの仕事は患者さんの生活をさり気なく聞いて、治療に役立てるというもの。個性あるクリニックのメンバーと働いているうちに、歯医者嫌いのサキにも変化が……。
 小さなミステリが五話それぞれに仕込まれていて、その謎を歯医者という空間で解いていく。薬の匂いがしてきそうだけれど、読後感は悪くない。

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