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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月の課題図書

ありふれた魔法
ありふれた魔法
盛田 隆二(著)
【光文社】 
定価1680円(税込)
2006年8月
ISBN-4334925170

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  小松 むつみ
 
評価:★★★★
 いくつになっても恋はしたいですね。と言うのに語弊があれば、恋する心は持ち続けたいですね。40男のヒヤヒヤわくわくの揺れる恋心を、はらはらドキドキしながら、楽しく読みました。しかし、その後にあんな……、つらいなあ。
 いい年をして恋なんて、と鼻白むことはたやすいけれど、理屈では、理性だけでは抗えない心の疾走。年を重ねるごとに、家庭や仕事と言うしがらみや責任に、知らず知らずのうちに、がんじがらめにされ、でも、それでもなお、自由な心の発露を求めてやまないのが、人というものなのだろう。たとえそれで、責めを負っても、それもまた人生かと、納得してしまうのはやはり私もそれなりに年を重ねてしまったということだろうか。

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  神田 宏
 
評価:★
 都銀の銀行マン秋野智之は優秀な部下、森村茜と恋に落ちてしまう。始めは恋心を認めない智之だったが、会社帰りに麻布10番の和食の店、池袋の和食ダイニング、串焼きの店と逢瀬を重ねるうちにいやがうちにも恋心は募り、しまいには、酔った茜を介抱するためにホテルへと……ってなんじゃーこりゃ?いまどきこんなベタなストーリー。読んでいるこっちが恥ずかしくなってくる。
 智之の娘がミクシィにはまっていたり、部下の伊豆川が茜をストーキングしたり、それとなく今っぽい話の挿入もあるのだが、いまいちいかされていない。著者は「リアリズムの名手」と評価されているようだが、正直しんどい。個人的には、書くという行為はただ現実を写し取るのではなくむしろ限りなく現実から越脱してゆくことこそに意味があるのではないかと思うのだが? 著者の現実を写し取るその描写の筆力が救いである。そして、僕はこう言いたい「智之、堕ちろ。もっと堕ちてゆくんだ!」と。が、「ありふれた」凡庸な人生で「ありふれた魔法」のような「ありふれた」恋、そして「ありふれた」結末。淡々とその「ありふれた」ことを書き連ねるこの作品は現代の「自然主義文学」(死語?)とはいえるのかもしれない。

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  福井 雅子
 
評価:★★
 妻子あるエリート銀行員が部下の女性と恋におちる、ありがちな恋愛を正面から描いた恋愛小説。というと不倫→泥沼をイメージしがちだが、主人公の男性が家族への愛情を変わらず持ち続けていて、「家族を愛している。でもどうしようもなく魅かれていく……」という純愛っぽい描き方なので読後感は悪くない。仕事の場面も細かいところまで丁寧に書かれている。
 相手の女性は頭脳明晰なキャリアウーマンでかわいらしさのある女性という設定だが、彼女の想いや気持ちの揺れなど内面の書き込みがもう少し深いと、魅かれていく男の気持ちがもっとリアルに伝わったように思う。彼女の会話がどうも「好感の持てる上司」に対するものの域を出ていないように感じられ、「大人の恋」と呼ぶにはやや物足りないように感じてしまったのは、私が女だからだろうか。となると、この作品のように妻子ある男の視点で書かれた恋愛小説は、家庭をもつ世の男性たちの心をとらえて離さないかもしれない?!

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  小室 まどか
 
評価:★
 う〜ん、これは……なんと言おうか、“リアリズムの名手”にしてはやっつけ仕事としか思えない。
 セクハラ、パワハラ、親子関係のひずみ、心の病、セックスレス、更年期障害、etc.etc.……これでもかというくらい現代社会の問題が詰め込まれ、しかも、タイトルの由来になった曲をはじめ、スポットや映画、果てはSNSまでが、実名で登場する。そういう意味での親近感はあるし、文章もうまく、読むのが苦痛ということはない。だが、仕事も家庭も大切にしてきた優秀な中年銀行マンが、トラブルのフォローで遠出したのをきっかけに、頭の切れるしっかり者と思っていた部下の意外な一面を知り、次第に心奪われていく――という設定からしてやや陳腐だし、こういう満ち足りた人間同士がリスキーな恋に落ちる心理の描写にはそれなりの説得力が必要だと思うが、そのへんがおざなりで現実味がない。個人的には、それぞれ典型的すぎる登場人物たち、不倫をしている二人にだけ都合がよい展開には、若干しらけてしまう。

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  磯部 智子
 
評価:★★
 男性側から描いた不倫は……何もかもが昭和に逆戻りしたような古風でちょっとショボイ顛末。「リアリズムの名手」?いやいや中年男性のファンタジーのほうがふさわしい。44歳三児の父、大手銀行の支店次長・秋野と、海外赴任した恋人と別れた26歳総合職・茜。読みながら気になるのは(気に障るのは)最初から気味が悪いぐらい性的緊張感に溢れていること。私が既婚女性で妻の立場で怒っていると思って頂いては困る。茜の立場でもこんな職場では働けない。例えば秋野は上司・部下だけの関係時でも、茜が得意先と仲良くするから「嫉妬した」と口にし、顧客に謝罪した帰り、頑張ったねと「そっと抱きしめてあげたくなった」りするのだ(いらぬお世話だ)。銀行内の描き方にも疑問、東大卒の39歳の支店長(ステレオタイプ)ノイローゼ1名(もっと多いはず)歓迎会で女子行員がチャイナドレス着用(銀行がバブル期のオゲレツさを取り戻したとしてもありえない)。全てが10年20年前の風景ではないか。そして最後の決断は……男のケジメ?マニュアル至上主義者め!(住宅ローンはどうする)同じ話を女性(茜は結構したたかと見た)の視点で描いたら全く違う話になると考えた。「秋野智之、45歳、頑張れよ、おまえ」(ホントにしっかりしろ)

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 銀行で真面目に働いてきて20数年、結婚し子どもにも3人恵まれた。現在の役職は支店次長、あと一歩で支店長にも手が届きそうという時、秋野智之に何がおきたか……。
 そつなく業務を遂行し、目配り、気配りをしながら部下の面倒をみてきた秋野氏の人物描写を読んでいると、どこの会社にも一人はいそうな人だと思えてくる。思春期の子どもの問題を、妻ではなく会社の女性部下に相談するのもありえそう。
 この小説は身の回りにある、ありふれた描写の真実味が強く、まるでご近所さんのノンフィクションを読んでいるような近しさも感じた。かたむきかけたバランスを、最後にどうとるかという見せ場もうまい。ただちょっと直球すぎる結末に、ものたりなさを感じるのは、読者の欲張りだろうか。

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