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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2006年11月の課題図書

ティンブクトゥ
ティンブクトゥ
ポール・オースター(著)
【新潮社】 
定価1680円(税込)
2006年9月
ISBN-4105217119
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  川畑 詩子
 
評価:★★★
 犬の気持は、行動からくみ取るしかできないと思っているので、人語によって語られると、どうも本当の犬の気持から遠のくような気がする。ということで、ラブストーリーとして読むことにした。もちろんミスターボーンズは犬だから、四つ足で行動するし、人と言葉でコミュニケーションをとることも不可能な、正真正銘の犬、しかもかなりくたびれた外見の犬なのだが。
 ミスターボーンズとウィリーのカップルは相思相愛、無二の親友、魂の片割れ。ことにこの犬のハートのけなげさといったら。肉体は生を求めて、新しい飼い主とともにありながらも、魂はどうしても亡き飼い主を求めてさすらってしまう。時にはお告げのような夢を見て、つかの間愛しいウィリーと再会する。恋い焦がれるという感情が、じっくり描かれた一編。

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  神田 宏
 
評価:★★★★
 どちらかと言うと、猫派の私にとって犬とお近づきになる機会は少ない。いや、むしろ避けている。あの忠犬然としたところが、卑屈で鼻に付く。そういったことから犬が登場する本もあまり、あてにはしていなかった。が、古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』であっけなくその決意は潰えた。しかしである、「感動の」とか帯に書いてある翻訳本。ポール・オースターといえども「ハートウォーミンっぽい作風だったら外すかも?」とやはり犬への警戒はいまだ健在なまま読み進めた。で、結果は?さすがオースターです。犬とは付かず離れずの私でさえ、「犬ってひょっとして人間の言葉分かてるんじゃない?」「喋るんじゃない?」と薄々気付いていた。そしてそのことに恐れを抱いていた。(ちなみに猫は喋る。「あっそう」とか「向こう行け!」とか「ほら」とかあまり饒舌ではないが確かに喋る。)犬は、特に老犬は喋るかも知れない。しかも饒舌に。「まいっちゃうよなぁ、散歩に付き合わされた挙句、まだ、ちっとも歩いてないのにもう休憩かい? なあ、そう思うだろ? にいちゃん。」とオープンカフェで老婆の前に蹲ったコーギーに話しかけられ(私は隣でコーヒーをすすっていた)ギョッとした事もある。オースターの描くミスター・ボーンズはそのテの喋る犬だ。しかも、飼い主のウィリーはそのことを固く信じている。それどころか、ミスター・ボーンズの嗅覚を利用してコミュニケーションがとれないかと、<匂いのシンフォニー>なる得体の知れない装置を組み立てたりする。そう、ミスター・ボーンズの主人ウィリーはホームレス兼売れない詩人で悪態つきの思索家だったのだ。「ミスター・ボーンズ。矛盾を抱えて、一貫性を欠いた、あまりに多くの衝動に引っ張られる人間だったのさ。一方では純粋なる心、善良の鑑。サンタの忠実なる僕。もう一方では、大口叩きの変人、ニヒリスト、気のふれた道化。詩人は? まあ多分その中間だろうな」と自分を語るウィリーは路上で亡き人となってしまう。それからは、饒舌なウィリーに代わって、ミスター・ボーンズの思索が始まるのだ、一人取り残されたミスター・ボーンズは生きるために試行錯誤しながらも、亡き主人、ウィリーについて考え続ける。そして、ウィリーが言っていた亡き人の国「ティンブクトゥ」を目指すのだ。ミスター・ボーンズよ、お前は「ティンブクトゥ」でウィリーには逢えたのかい?

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  福井 雅子
 
評価:★★★
 三流詩人ウィリーの飼い犬ミスター・ボーンは、外見的にはさえない犬だが、人間の言葉がわかる上に豊かな想像力と感情をもち、内面はまるで人間と変わらない。テレビでサンタクロースから啓示を与えられたことがきっかけで博愛の心を説いて回ることを仕事と心得るやや頭の壊れたウィリーが放浪の旅の途中で亡くなると、ミスター・ボーンは新しい飼い主を求めて出会いと別れを繰り返しながら、かつて深い愛情を注いでくれたウィリーと再会するために、彼がいつか言っていたティンブクトゥに行こう、と心に決める。
 この物語の特徴は、主人公が犬で、すべては犬の視点で語られていることにあるのだが、この犬が過去を回想したり幻想を抱いたり夢をみたりとあまりに想像力豊かなおかげで読んでいて親しみが湧き、犬ではなく「ちょっと間が抜けているけれどユーモラスで朴訥とした人」を見ているような気にさせられる。ウィリーとの楽しかった日々を胸に新しい飼い主を見つけて幸せに暮らしました……、とならないところがポール・オースターらしく、味わい深い作品だと思う。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 人語を解する犬ミスター・ボーンズは、生まれて以来、漂泊の詩人ウィリーの相棒として幸せに生きてきた。しかし、ウィリーには死期が迫っていて――。
 ポール・オースター好きの人にとっては、やや物足らない部分のある変わった小品かもしれないが、柴田元幸訳が相変わらずのうまさで、ミスター・ボーンズの語りを引き立てている。現実のウィリーとの別れの前後を中心に、共に過ごした過去、死後のウィリーの登場する夢や空想(白昼夢)、回想など、われわれが人に特有だと思いがちな側面の持つ力の大きさをも描きながら、徹頭徹尾、犬としての視点を崩さないところもおもしろい。
 ミスター・ボーンズがウィリーとの深い絆を頼りにティンブクトゥに向かう決意をする結末には、悲壮感よりはむしろプライドや希望が感じられ、長年連れ添った夫婦や双子が片方を失ってしまったときにも似た喪失感が、種を越えて生まれていることに、切ない痛みを覚える。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 周知のことながら、犬は人間の言葉を理解するし、聞く耳さえ持てば会話だって出来る。人(犬)柄によっては友人にもなれる。そんな解りきったことでも、オースターが描くとこうなる。犬のミスターボーンズと「彼を劣った存在として扱わない主人」である少々いかれた放浪詩人ウィリー。彼らはずっと「気の会う仲間」であり「最良かつ唯一の友人」だった。死期の迫るウィリーと最後の旅に出たミスター・ボーンズの視点で語られるウィリーの人生、別れを前に「ウィリーを引き算」したら「世界自体が存在をやめる」ことへの恐怖。新たな飼い主達との関係、何を聞いても批判したり突然背を向けたりしないミスター・ボーンズになら、彼らも安心して胸の内を吐き出していく。彼にとっても「この世で信用できる二本足」はウィリーだけではないことを知るが、病魔に蝕まれた彼の夢にウィリーがいつものように現れ……選ばれし者の約束の地=ティンブクトゥを目指す。たまらなく健気な犬の話であり、同時に犬だけの話に終わらない。「訳者あとがき」に書かれた「たまたま抱え込んだ身体的特徴」のある者を正しく愛して深く愛された物話。人が実は何に飢え何を渇望しているかがミスター・ボーンズの姿に映し出され、心に深くに沁み入ってくる。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 犬のミスター・ボーンズには、ちょっと頼りない詩人の飼い主ウィリーがいつもそばにいた。ウィリーは「筋金入りの多弁症患者」であり、朝から夜寝るまで喋りまくっていた。だから、ミスター・ボーンズは言葉を理解するようになった。犬語の音しか出せなくても、人間の発する言語はよくわかった。ちなみに、人間のウィリーも、常にミスター・ボーンズの意見に耳を傾け、その言わんとしていることを誰よりも理解していた。そのゴールデン・コンビが解消にせまられる――。
 読んでいると、ミスター・ボーンズが犬だということを忘れてしまう。物語を読んでいて、その筋の上で時々、犬であることを思い出す。それくらい、人間との距離が小さい。愛すべきミスター・ボーンズが、ウィリーと過ごした波瀾万丈で自由な日々を回想するのは、うまい形容詞を思いつかないけれど、とにかくいい。両方にとっての幸福がまっすぐ語られている。自由に生きたウィリーは、ちゃんとミスター・ボーンズに幸せを残した。でもひとりぽっちで、その幸せの余韻で暮らしていくには、世知辛いものも多かった。生きていくのは、楽じゃないね。あったかい話だけど、ちょっぴりクール。

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