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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2006年12月の課題図書
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緋色の迷宮
緋色の迷宮
トマス・H・クック (著)
【文春文庫】
税込770円
2006年9月
ISBN-4167705338
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  久々湊 恵美
 
評価:★★★★☆
自分の息子や妻に対し、本質のところで理解しようとせずうわっつらの理解だけで逃げている父親。
失踪した女の子をベビーシッターしていた息子に対して、『犯人ではない』『犯人かもしれない』とどちらにも心が揺れ、結局『犯人ではない、と息子に言って励ますのが良いだろう』という中途半端な結論を出し、それがゆえに溝だけが深まっていく状態になっていきます。
正直、どうしていろいろな事を先延ばしにしちゃうんだ、と父親に対し腹立たしい気持ちもわいてきます。
父親を取り巻く状況が悪化していく中、辛い気持ちにすらなってしまって。
作者はアメリカ人なのですが、描かれている世界は日本でもこんな事が起こるだろうなと思えてくる。
もちろん、世の中こんな父親ばかりがいるわけではなく(だったら悲しすぎる!)、小説の中の世界ではあるのですが、現実に起きている家庭内の事件の陰惨さを思うと、あながち架空の世界ではないのかもなあ。

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  松井 ゆかり
 
評価:★★★★☆
 これはあんまりじゃないの!?こういう感じの話を読むと、私はいつも「陽の当たる場所」という昔の映画を思い出す。(微妙にネタバレかも?予備知識を持ちたくないという方は、この先はお読みにならないでください)モンゴメリー・クリフト演じる貧しい青年に、こちらはエリザベス・テイラーが演じた財産家の令嬢との結婚話が持ち上がる。しかし青年には恋人がおり、しかも彼女は妊娠している。青年は邪魔になった恋人と湖にボートで漕ぎ出したが、口論しもみ合った末に彼女が水に落ち溺死してしまうのだ。青年は無罪を主張するものの、判決は死刑。納得できない青年だったが、刑の執行直前に牧師の口から語られた「心の中で殺したいと思ったなら、それは実行したのと同じなのだ」という言葉に目が覚めたような思いで、死刑台に赴く。でも、私は思う。やってないのに…!!
 私が何に対してこのように感じたかは本書をお読みいただくとして、同時にトマス・H・クックという作家の紡ぐ文章の素晴らしさもご堪能ください。あー、でももうちょっと後味のよい作品を読みたいです。

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  島村 真理
 
評価:★★★☆☆
 私は絵に描いたような幸せな家族というのはない、と思っている。どこにも、外からは見えない悩みや不幸もあるだろうし、ひるがえっていえば、不幸に見えるからといって幸せがないとはかぎらないということ。
 だから、家族を書いたドラマはおもしろいし、大河ドラマはついつい最後まで見てしまう。ここで登場するのは、息子が近所の少女の失踪の疑惑をかけられた家族である。
 崩壊する家族というのはいろいろあるだろうが、外圧でなく自己崩壊していくというのがいちばん辛いかな?父親のエリックが、少女誘拐事件から疑惑にかられ、すべてをぶち壊しているようで、たちまち憂鬱な気分にひたれます。
 しかし、読者を巻き込んでの犯人探しは秀逸だし、家族をもう一度理解しようとつとめる姿勢は共感を覚えます。ただ、疑惑の目が内に内に向くのがね……。ちと暗い。しっとりと内省する季節。晩秋の読書にはもってこいかもしれません。

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  浅谷 佳秀
 
評価:★★★★☆
 読みながら足元の地面が崩れてゆくような感覚を味わった。主人公は15歳の息子を持つ父親。その息子が少女失踪事件との関連を警察から疑われる。最初のうちは、息子を信頼できない主人公をたしなめたくなった。だが、だんだん主人公に感情移入するにつれ息苦しくなってくる。自分から勝手に親に対して心を閉ざしているくせに、親から信頼されないことを不満に思っている息子の甘えを非難したくなってくる。聡明だがデリケートな妻が鬱陶しくなってくる。家族同士の信頼関係が脆くも崩れていくのを、やむを得ないと受け入れたくなる。むしろ受け入れた方が楽に思えてくる。そうやって作者の仕掛けた罠に、まんまとはまっていくのだ。そして痛ましく、苦いエンディング。
 確かにこの作品は、訳者があとがきで指摘しているように、ミステリーとかエンターティンメントという枠を超えて、一種の極限状態に置かれた家族小説として、ずっしりと重い読み応えがある。特に子供を持つ親にとっては、かなりキツイ作品であることは間違いないが、ぜひ読んでほしい。

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  荒木 一人
 
評価:★★★★☆
 さすがさすがの流れ石、と言う感じ。スリリングさは物足りないが切ない、クック・ミステリ。繊細で巧緻なプロットと人間味溢れる文章。計算と情、相反するモノの融合の素晴らしさを実感できる。セピア色の家族写真を一枚どうぞ。
 アメリカ北西部のニュー・ハンプシャーが舞台。主人公エリックは、家族と暮らし幸せだった。ある日、近所に住むヴァンスから娘のエイミーが居ないと電話がかかってくる。エリックは息子のキースから話を聞く事に…きっかけは、些細な事だった、些細な疑惑だった。徐々に崩れだす世界。
 家族でも、完全なる信頼や信用は難しいのか。それとも、疑心暗鬼になる己の弱い心が問題なのか。自分が作られた家族と自分が作った家族、どちらが大事で、どちらが安心できるのだろう。巻頭と巻尾の部分で、エリックに「おまえは」と呼びかけるのは、神か悪魔か。号泣!

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  水野 裕明
 
評価:★★★★★
 これまでの多くのT・H・クックの作品のように過去に遡って主人公が抱いていた謎を解くのではなく、今、そこにある謎──息子は少女を誘拐して殺したのか、ということを解き明かす物語になっている。と同時に、妹や母の死に関する父や兄の持つ謎もまた解き明かされていく構造になっている。その過程で生み出されてくるのは、家族さえもが信じられないという何とも言えない焦燥感だろうか。子どもを持つ身としては、よく話しているようで本当に内心をわかっているのだろうか、と身につまされる部分も多く、まさに今の時代にぴったり合っているような気がした。これまで何冊か読んだクックの作品と同じような、いかにもクックらしい読み出すと最後までページを繰る手を止められない、途中で止めて続きは明日読もうと言うことが為づらい作品であった。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2006年12月の課題図書
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