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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年1月の課題図書ランキング

マグヌス
マグヌス
シルヴィー ジェルマン(著)
【みすず書房】 
定価2730円(税込)
2006年11月
ISBN-4622072556
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  川畑 詩子
 
評価:★★★
 戦火をくぐり抜けた少年の成長物語。あるいは、全てと決別すると同時に、全てと深く結びついた境地に至るまでの道のりを描いた作品か。
 自分のルーツが嘘で固められたものと知った少年は、本当の名前を求めて世界をさすらい、大事な人を亡くし続ける。そんな彼には、死の立会人という印象が強い。生まれ変わるというのはなんと苦痛に満ちた過程か。
 折々に挿入された「補注」や他の文学作品の引用からなる「続唱」が、本筋から外れたところで別のメロディーやエコーを発して物語を複雑にする上、象徴的で哲学的な言葉がちりばめられて、私には読みにくい本だったが、癒しや本当の自分というのは安直には得られないという事なのだろう。

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  神田 宏
 
評価:★★★
 歴史的に評価が確定した(少なくとも大多数に共有された)「事件」を扱うのは困難だ。ましてそれが「ナチス」に関わるものであったならなおさらのこと。「悲劇」の鍋で煮詰められくたくたになった凡庸か、はたまた至極個人的な、壮絶なだけに距離感のつかみがたい「体験」か。そんな「事件」にがっぷり組む強い意志を感じる一篇。「ナチス」の強制収容所Dr.を父に持つ主人公は幼少の頃の記憶を失っている。敗戦と共に名を変える少年の手元には「MAGNUS」と刺繍された布を首に巻かれた、耳の焦げたぬいぐるみの熊があった。やがて逃亡者の父の幻想を追うようにメキシコの地に立った彼は、ファン・ルルフォの小説に導かれるように幼少のハンブルグでの炎に包まれる母の姿を見る。「続唱」(センカス)という詩や文学の引用からなるセンテンスと、「注記」(ノチュール)という歴史的事実の補足から成るセンテンスに挟まれた「断片」(フラグマン)という物語は、「悲劇」を昇華しようとする強い意志を感じるのだが、主人公の物語がついぞ普遍化してゆく力に欠けている。それは、おそらくいまだ強固なキリスト教の精神世界の理解と引用される多様な文学作品、歴史的事実への読者としての私の素養が足りないからなのかも知れないなと思った。そんななか、ラスト近くに現れる謎の修道士の姿には、なんとなくアミニズム漂う懐かしさがあり、親しみを感じた。グローバル化によっても超えられない精神世界の異質を感じた一篇である。

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  福井 雅子
 
評価:★★★★★
 マグヌスという名のクマのぬいぐるみを肌身離さず持ち、5歳で記憶喪失となった男の子の、苦悩と波乱に満ちた人生を描いた作品。ナチス党員としてユダヤ人虐殺に手を貸した父親は敗戦後に逃亡生活の末自殺、生活に疲れて希望を失った母親もまた病死し、伯父に引き取られてイギリスに渡った後メキシコ、アメリカと転々としながら成長する主人公は、やがて、自分の過去が嘘と作り話で固められたものだったことに気づく。そして、自分はいったい誰なのか、どこから来たのか、真実を求めて苦悩の旅を続ける。
 戦争がどれほど残酷でどれほど人間を踏みにじるものかを、この作品は静かに語りかけ、目を覆いたくなるような戦場の写真と同じくらい強い印象を私たちの心に残す。一般市民に多くの血を流させるだけでなく、後々まで二重、三重に人を傷つけ苦しめ続けるという悲惨な現実を描くことで、戦争の愚かさを浮かび上がらせ、静かに「反戦」を訴えることに成功している。また、淡々と「断片」を積み上げる手法は、押し付けがましくなく、かえって胸に響く。とても感動的で素晴らしい作品だと思う。同時に、この作品を「高校生ゴンクール賞」に選んだフランスの高校生たちもまた、素晴らしいと思う。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 字義通りの「自分探しの旅」などというものは、よっぽどお金も時間もあり余っている恵まれた人のやる酔狂かと思っていたが、マグヌスの場合は違う。真剣である。なにせ、本当の名前すらわからない。おまけに、刷り込まれてきた幼い頃の記憶がまがいものだったことにも気づいてしまう。眠っていた自分のかけらに気づかせてくれた愛する人々は、次々とふと失われていく……。
 信じるもののない絶望感・浮遊感、はたまた諦められない希望や、愛と真実への渇望の「断片」(フラグメンツ)が、ちぢに入り乱れて絶え間なく襲ってくるような構成は、マグヌスの旅の葛藤や苦難を思わせる。ナチ問題など歴史的社会背景も絡み、哲学的思考の渦に引き摺り込まれ、はっきり言って読みやすい本ではない。この間口の狭さにも関わらず、フランスの高校生のゴンクール賞に選ばれているのは、彼らに気骨があるからか、思春期の逡巡がマグヌスへの共感を誘うからか。それぞれに旅は続いていくのだ。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 高校生が選ぶゴンクール賞受賞と言えば、先ず『ある秘密』を思い出す。フランスの高校生はこんな厳しい選択をするのかという思いと、忘れかけていた若さがもつ視点の切なさはこの作品にも共通する。複数の人間による公平で最大公約数的な見方を排除し、主人公・マグヌスの心の動きを詳細に追いかけ、スクリプトのように淡々と記録していく。ナチス親衛隊の父母の死によって「子ども時代の居心地のよい無知」から追い出され、「恥と怒りと苦しみ」の錘をつけ名前をかえ生きていくマグヌス。信じていたもの全てが嘘に塗り固められていたことを知り、自分をまやかしだと思う核の無い人間の魂は彷徨う。時間をかけて2回読んだ。そうすることがふさわしい小説に思えた。感傷の入る余地がない研ぎ澄まされた言葉の一つ一つが伝えようとするものに耳を傾けた。人は自分の出自の物語を必要としているが、それを持たないマグヌスにも、その不在「空(くう)」から旅立ちまで、多くの苦味や喜びが連続する人生そのものが、ぎっしりと詰まっていた。ストーリーは起伏にとみ様々な要素をはらみ、そこから広がっていく新たな視界にも目を見張った。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★★
「ちょうどよい時期に言われなかったことは 時期をたがえると、ただの作りごとにしか受け取られないものだ。」
 物語の最初に書かれる引用句は物語のキーだ。男の子は5歳の時にひどい病気にかかり、それまでの記憶を失ってしまう。それまで自分は誰を母と思っていたのか、父と思っていたのか、誰と遊んでいたのか。言葉すら忘れた男の子の母は、時間をかけて過去を取り戻させようとした。
 断片、注記、断片、注記と、短い区切り目をつけながら、男の子が成長し、記憶をつなげ、言語を取得し、自分をつくっていく。せっかく取り戻した過去すらも、その後の容赦ない歴史が塗りかえさせ、名前すらも変えさせる。少し幸福をつかんだかと思うとリセットしてしまう。フランスの高校生、毎年二千人あまりが審査員となって選出する「高校生ゴンクール賞」受賞作品。「ゴンクール新聞」で、ある高校生が「わたしにとって『マグヌス』は人生のレッスンだ。」と書いた。男の子の成長していく時を反芻し、高校生の感想に共感した。

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