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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年1月のランキング>磯部 智子

磯部 智子の<<書評>>
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夜は短し歩けよ乙女 われら猫の子 失われた町 闇鏡 Run! Run! Run! モノレールねこ 虹色天気雨 マグヌス 10ドルだって大金だ 睡蓮の教室


夜は短し歩けよ乙女
夜は短し歩けよ乙女
森見 登美彦(著)
【角川書店】
定価1575円(税込)
2006年12月
ISBN-4048737449

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評価:★★★★★
 面白すぎる。私は心底ホッとした。ついにデビュー作にして笑死寸前に追い込まれた『太陽の塔』超えを果たした。片思いの妄想から一歩踏み出すべく妄想を巡らす日々の楽しさが描かれワクワクしながら読んだ。相変わらず作家が慣れ親しんだ京都が舞台。最初はアンソロジーの中の一作として、次は課題本として、そして今又読んだが、やはりどこまでも可笑しく、この本の良さを知るには読むしかないと思う……が少しは具体的に書いてみる。登場人物の造形が抜群に面白い、衒学趣味炸裂の古風な文体、その行間からくすくすと漏れ出す笑い、男子の純情と女子の天然のすれ違いの妙味など、どれをとっても絶妙のボケと突っ込み視線の応酬が繰り返される。先斗町、糺の森、「古本市の神」「李白さん」現実の京都と奇天烈な設定が絡み合い更に広がりを見せ、それでもやはり恋愛小説に着地するから嬉しくなる。彼女という「城の外堀を埋め、更に困難な課題へ挑む」姿は、森見さんにも重なって……永遠に学生と妄想を書き続けようとかまわない、勿論何を書いてもかまわない、こんな楽しい作家がどこにいる。これも「何かのご縁」だと私はずっと読み続けよう。

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われら猫の子
われら猫の子
星野 智幸(著)
【講談社】
定価1680円(税込)
2006年11月
ISBN-4062136953
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評価:★★★★
 私にとって初・星野作品集はピンピンに尖がっていた。親子だったり夫婦だったり、人と人とが出会うところには激しい摩擦があり相互理解は困難を極める。そんな人間達が構成する社会は様々な矛盾を生み出し、その全てに向き合うことは日常を混乱に陥れるので注意深く避けて通る。表題作『われら猫の子』の中では、「非日常」に別れを告げ「地上に足をつける」べく主人公は結婚する。その決断を反芻しながら生きていく課程で、世の中は様々な要求を突きつけてくる。その最たるものは子供であり、あたかも万人の総意によって結婚生活が運営されている感さえあるが、それに従い思考停止してしまえば楽な人生になるところを拒み撥ねつける。ここから更にその反論の糧とした新たな一般論の中にも欺瞞の匂いを嗅ぎつけ、共同戦線のもと外圧に抗う夫婦そのものを内から切り崩す。訳知り顔の大人にならない問題意識の塊のような作家は、読み手を安心させる予定調和を許さず、夫婦という同意の下の共同体の中ですら人は孤独であり続け、結局向き合わなければいけないのは、自分自身であるという結論の先に取り残される。ああ、ため息がでる。

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失われた町
失われた町
三崎 亜記 (著)
【集英社】 
定価1680円(税込)
2006年11月
ISBN-4087748308
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評価:★★★
 デビュー作『となり町戦争』もそうだったが、現実的な共感にも乏しく、人物描写、特に女性の造形には、首を傾げる。かといってそのまま無視できないのは、やはり前作同様。30年に一度起こる町の消滅、失われるのは住民たち。先ず町という単位は非常に小規模であり町には意思あること、消滅に至る理由が不明だから理不尽であること、そしてそれを話題にすることさえ禁じる上意が存在すること、が描かれている。ここから町の消滅を食い止めようとする消滅管理局の人々と、大切な人を失った人々の痛みを読み進めながら、この消滅の意味するものは何かと考え続けることになる。もし町を風土と考えた場合、人の消滅は飲み込まれていく個人であり、そこから逃げ出すことはできないと言う盲信は断ち切りがたく、見えないそれは、どんな事態に陥ってもそうであることが一層恐ろしく感じる。平穏な日常の中で、大勢に抗う意識を持ち続けることは難しい。でももうそこにも消滅の足音が近づいてきているのかもしれない。人間一人一人の意識の集積が町であり国であるなら、それと同じ数の責任もあり、消滅が自分の問題だと受け取る。残念なのは途中から、ちょっと唐突な別の流れが本筋に上手く合流せず、散漫な印象を持ったことだ。

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闇鏡
闇鏡
堀川 アサコ(著)
【新潮社】
定価1575円(税込)
2006年11月
ISBN-4103030712
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評価:★★★
 京都が舞台か……時代小説だから仕方ないが、寺社仏閣、歴史を書くだけで、風土にどっぷり浸かったいけずな都人を書きこまなければ、京都とは言えないものだなあ、と感じた。その掘り下げの為か、多少のひっかかりは否めないが、勢いがあるので楽しんで読むことが出来た。装丁のおどろおどろしい煽りはあるが、主人公で検非違使の龍雪が妖怪幽霊の類を怖がるという性格設定の為か、入り込むというより二元的に読んだ。時は室町時代、龍雪が追うのは、京を脅かす怪異な事件の謎。まやかしと現実の境を上手くすくい上げて、ホラーのようなミステリのような、着地するまで何処に連れて行かれるのか分からない面白みがある。男女のもつれもしっかりと書き込まれ読み応えがあり、この青森出身の新人作家、いつか雪深き地にまつわる怪異譚など書かれた場合、又読んでみたいと期待する。

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Run! Run! Run!
Run! Run! Run!
桂 望実(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
2006年11月
ISBN-4163254501
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評価:★
 おっまた走る小説か、と思いながら読んでいたら、あれよあれよという展開……読み終えて、なんのこっちゃ?と頭を抱える。プロローグから時間を押し戻して語られるのは、天才ランナー・優の大学一年時。医大生の兄・翼や裕福な両親など優の恵まれた環境と、入部したばかりの陸上部でのオレ様ぶり。ここで一言、天才だから許されると思うな、とは私は思わない。彼の強いエゴは走るという目的のためのものであって、世の中の威張りたいが為の多数とはまた違う。19歳なら地球が自分の周りを回っていてもそうおかしくはない。それでも横並び日本でここまで極端に描かれるということは……? 嫌な流れを予想した所に思わぬ事件。これは一体何処に向うのかと思っていたら……ええっ、そうきたか。呆れる反面、両親、特に母親の弘子さんの人物造形の軽さが妙にリアルな説得力がある。話の焦点が何処にあるのかよく解らないまま読み、エピローグのメッセージに至るが、この問題を仲間がいたからどうとか言う事では、本質から目を逸らしはぐらかしているとしか思えず、人間の成長云々が重要ならこの問題を出してくるべきではないと強く言いたい。

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モノレールねこ
モノレールねこ
加納 朋子(著)
【文藝春秋】 
定価1600円(税込)
2006年11月
ISBN-4163255109

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評価:★
 重いテーマを軽妙なタッチで……しかしいくらなんでも人の死を、素材として軽く扱いすぎているのではないか、と思う憤怒の短編集。表題作はまあ良い。いや実は人間よりこちらの方が心情的には嫌なのだが。2歳の子を一人残してパチンコに行く母も、実際問題よく死ななかったものだし、海外旅行で家族全員を一度に亡くした中1の「私」が、頼りない叔父と暮らし始め、激しい感情の爆発が一度はあるものの「変わらないことで何か大切なものを護ろうとしている」と、前向きに生きることに対して選択の余地がないほどの肯定感で反論を封じ込めてくる。どうして暗く沈み続けてはいけないのか。その他死んだ娘の幽霊話などは、本気か?と思うほど悪趣味に思えた。何故主人公は怒らないのか。何があっても乗り越えて、今では幸せになりました、という免罪符のような安心感と、取り返しがつかない可能性を示唆しないそれらが、私には非常に不気味に感じられた。

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虹色天気雨
虹色天気雨
大島 真寿美(著)
【小学館】
定価1365円(税込)
2006年10月
ISBN-4093861765
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評価:★★★★
 主人公・市子の意識の流れが物語を形作る。彼女を取り巻く人間模様は、彼らの年齢、職業などほのめかされるだけなのに、非常にリアルな存在感を持つ。始まりは明け方、取り乱した奈津からかかってきた電話で、失踪した夫を捜す奈津から小学生の子供を預かる市子。学生時代から長年続く女同士の友情が、年月で変質しない心地よさを保ち、ゲイの三宅ちゃんやらも登場するが、決してゲイの友人がいると言うオシャレな小道具ではなく、彼らの間には警戒心の無い無防備な解放感があふれている。要はこの物語世界自体が物凄く居心地が良く、彼らと一緒の空気を吸い考え笑ったりすることになる。彼らは皆自立しそれぞれの仕事や恋愛や心配ごとを抱えながら、時に接点をもちあの時この時の記憶を共有しながら、程よい距離感を保ち続ける。いくつかの苦味もあるけれど、やはり明日からも人生は連綿と続いていくのだな、と思える爽やかな読後感を持った。

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マグヌス
マグヌス
シルヴィー ジェルマン(著)
【みすず書房】 
定価2730円(税込)
2006年11月
ISBN-4622072556
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評価:★★★★★
 高校生が選ぶゴンクール賞受賞と言えば、先ず『ある秘密』を思い出す。フランスの高校生はこんな厳しい選択をするのかという思いと、忘れかけていた若さがもつ視点の切なさはこの作品にも共通する。複数の人間による公平で最大公約数的な見方を排除し、主人公・マグヌスの心の動きを詳細に追いかけ、スクリプトのように淡々と記録していく。ナチス親衛隊の父母の死によって「子ども時代の居心地のよい無知」から追い出され、「恥と怒りと苦しみ」の錘をつけ名前をかえ生きていくマグヌス。信じていたもの全てが嘘に塗り固められていたことを知り、自分をまやかしだと思う核の無い人間の魂は彷徨う。時間をかけて2回読んだ。そうすることがふさわしい小説に思えた。感傷の入る余地がない研ぎ澄まされた言葉の一つ一つが伝えようとするものに耳を傾けた。人は自分の出自の物語を必要としているが、それを持たないマグヌスにも、その不在「空(くう)」から旅立ちまで、多くの苦味や喜びが連続する人生そのものが、ぎっしりと詰まっていた。ストーリーは起伏にとみ様々な要素をはらみ、そこから広がっていく新たな視界にも目を見張った。

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10ドルだって大金だ
10ドルだって大金だ
ジャック・リッチー(著)
【河出書房新社】
定価2100円(税込)
2006年10月
ISBN-4309801013
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評価:★★★★
 このミス1位だった『クライム・マシン』を読んだ時と同様上手さに感心する。語り口は軽妙にしてひねりが利き、読み手の心情体調を問わない完成された短編集。読書に読み物としての楽しさを求めるならうってつけだが、なにしろ上手過ぎて読み終えたとき、引っかかりが残らず、またネタバレにならずに内容の紹介をすることも難しい。それでも書き出しのひとつから紹介してみると「結婚して三か月、そろそろ、妻を殺す頃合だ」ぐっとつかまれ、妻の財産目当てで結婚した男が目的に向って着々と準備する様を読み進むうち、意外な、それは意外な結末へとたどり着く。伏線と人間性に対する全く別の読み方を示され、やられた!という思いでニヤリと笑い満足感が残る。この古き良き時代の洒落た作品集は、今回カーデュラの出番が一編しかないことだけが残念だった。

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睡蓮の教室
睡蓮の教室
ルル・ワン(著)
【新潮社】
定価2940円(税込)
2006年10月
ISBN-4105900579
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評価:★★★
 良くも悪くも中国人作家が持つ力が存分に発揮された作品。矛盾を孕むご都合主義、そしてエキゾチックな中国を世界へと発信する市場の見据え方など、極めて計算高い一面があると思いながらも、ぐいぐい読ませる牽引力もある。再教育施設に収容された母と共に暮らす水蓮は、厳しい粛清下の文化大革命の時代を生きる知識人たちから豊かな教育を受ける。先ず歴史が伝える(と言うには最近過ぎる)大虐殺、文革を背景にしている割には、あまりにも楽な一端しか捉えていないことに違和感を覚える。が、あくまで子供目線なので、その点を割り引いて読み進むと、むしろ今まで以上に厳しい学校生活が描かれる。当時の中国を支配する「階層」と「階級」を使い分ける欺瞞の中、疎外される貧しい級友・金。彼女との友情の成り立ちの不自然さには首を傾げるが、金に対する、あらゆる階層共通の「スケープゴート」としての壮絶なイジメは、現在日本のイジメに似通っていることに非常に驚き、上意が変化する度、教師も生徒も翻弄されていく当時の中国と今の日本の類似を探した。それなりに面白く、中国の小説は細かいところにこだわっていては読めないとは思うのだが、どうも作家のエリート意識の小道具として組み立てられた印象が拭えず、是非50代以上の中国人の率直な感想も聞いてみたい、引っ掛かりが残る一作でもある。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年1月のランキング>磯部 智子

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