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花宵道中
宮木あや子 (著)
【新潮社】
定価1470円(税込)
2007年2月
ISBN-9784103038313
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★
江戸吉原を舞台に、遊女たちの悲しい恋をつづった女流官能時代小説集。通勤電車で頁をめくるのは、少々気が引けるほどに、艶かしい。
吉原に生きた女性たちは、現代の自由な女たちとは、あまりに境遇が異なるが、しかして、廓の中で生きる彼女たちは、思いのほかあっけらかんとしているところもあり、それほど、悲壮感ばかりが漂っているわけでもない。吉原という囲われた世界の中でも、彼女たちは、恋し、嫉妬し、幼い者たちを慈しみ、仲間と友情を交わしながら、それぞれの生を精一杯に全うする。
5編の短編からなり、それぞれが独立した作品だが、読み通せば、時代を前後して登場人物たちの相関が浮かび上がる仕掛けとなっており、一冊として閉じている。また、色鮮やかな情景描写や、丹念に描かれた江戸の風俗など、時代小説としての醍醐味も存分に味わえる。
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川畑 詩子
評価:★★★
「遊女」という肩書きでしか見てこなかったお姉さんたち一人一人の顔が見えたようでどきっとした。こんな境遇にある女の人をどんな目で見たらよいのかどぎまぎするというか……。
女同士の同性愛的なからみ、お客に犯されるように抱かれるシーンなど扇情的な場面を盛り込みながらも、そこに出てくる女達が単なる道具や仕掛けになっていないのは、さすがR-18文学賞の受賞作。吉原の山田屋という小ぶりな店にいる女郎達を主人公にした5つの短編。同じ人間が様々な時点視点から描かれている。
色っぽさを感じたのは行為そのものより、体の奥からわき上がる狂おしいような相手を求める気持ちが描かれたところ。生きていくのに必要なエネルギー源にもなれば、破滅の原因にもなる危険な思い。ずっしりとした読後感だった。
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神田 宏
評価:★★★★
「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞受賞と言うことで、この芳醇で煌びやかなそしてしっとりとしたエロティシズムの眩惑は、まあ、R-18指定ですな。とは、いってもオヤジのスポーツ紙張りのエロスとは違った芳しい湿潤さは、著者が女性ならではのなせる業かどうかは判断がつきかねるのだが、江戸、吉原の遊郭を舞台にした連作の中篇は、凡百な遊女の悲哀を描くのではなく、虚に身を焦がしながらも実の恋を求めてやまぬ女性の美しさを細やかに描き尽くしている。『夜になれば好いてもいない男の魔羅を咥え込み、明け方になれば好いてもいない男にまた会いたいと媚を売る。それで良いのか。暗い部屋の中、ばいん、と不快な音を響かせて弦が切れた。』という文章のように強度のある文体は、色彩的、感覚的なディテールを遊女のはすっぱな江戸言葉に対比させ描くことに成功している。それはハレの日の花魁道中、しゃなりしゃなりと内八文字を踏む高下駄の乾いたじゃりじゃりとした音と、気だるい午後に、暗い廊下をきしませる歩く、くぐもった衣擦れの日常の中で、凛として生きる女の矜持を描いているのだ。
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福井 雅子
評価:★★★★
恋をしてもどうすることもできない、遊郭から逃げることもできない──そんな悲しい運命を背負った江戸・吉原の遊女たちを描いた小説。
なんとも濃厚な作品である。正直なところ濃すぎて少し辛くなってしまったほどの、ねっとりと心に絡みつくような濃厚さである。叶わぬ恋に身を焦がし、遊女として生きるしかない境遇を嘆く吉原の女たちの悲哀が、じわじわと読む者の心に染み込んでくる。だが、この濃厚な内容と、濃さの中にも憂いを帯びた文章は、上手いだけでなくどこか芸術性を感じさせる。だから、読者は遊女たちの悲嘆の渦に呑み込まれるぎりぎり手前で、かろうじて作品との距離をとることができるのかもしれない。濃くて重い内容と、遊女たちの着物の艶やかさの対比が、物悲しく心に残った。
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小室 まどか
評価:★★★★
江戸は吉原の遊郭・山田屋を浅からぬ因縁で通り過ぎる遊女たちの生き様を、時の流れを行きつ戻りつしながら、鮮烈かつ幻惑的に描く連作5篇。
官能小説というと、あまり読みつけないうえに、作者の性別によらず、仮に惹きつけられても、読後にしらじらとした虚しさを感じてしまう印象があったのだが、本作にはそうした胸の悪くなるような雑味が一切ない。浮かび上がっては闇に溶ける花々に、色鮮やかな道中、遠く聞こえる火事の半鐘に、愛しい人の名を呼ぶ声、しっとりと冷たい手に、芯を刺し貫かれるような痛み、切子に注がれる冷し飴の甘味に、人知れず流す涙の苦さ、湯上がりのうなじから漂う杏子の香りに、着物に染み付いた藍の匂い……。ひたすらに美しい言葉が織り重ねられ、匂い立つ世界が、五感のすべてを痺れさせ、陶酔させる。
遊女たちは「何も残さず」去っていく。しかし、おはぐろどぶに浮き沈みしても決して汚すことのできない白い肌のように、その気品と潔さ、生への執着は心を捉えて離さない。
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磯部 智子
評価:★★★★
上手いなあ、巧いよと感心する。エロさが気持ち悪くならず、かといって痛みが感じられないほど上滑りせず、全てがほど良き加減。言葉には色彩があふれ出すような艶やかさがあり、読み手をじっとりしっぽり包み込む。舞台は吉原、どこか知っているような気がする色町のあれこれは、その時代にタイムスリップしたようで、がんじがらめの遊女たちのままならぬ日々が描かれるが、同時に極めて現代的で被虐性の中にも意思を感じる人物造形になっている。もし当時の遊女を忠実に描いたものなら現代の感覚では耐え難いはずであり、この小説に対して史実の遊女を求めることは出来ないが、作り物の世界の中にも丹念に書き込まれた女の真情が読み手の心をつかみ、許されぬ状況下での命がけの色恋として読むと非常に面白い。連作短編集だが因果は巡るそれぞれの絡み合いも見事で、その隠微な雰囲気を伝える。「女による女のためのR-18文学賞」受賞であることに納得し、女の自己愛が遊女の姿を借りて解き放たれる仮想遊女体験はなかなかに刺激的だった。
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林 あゆ美
評価:★★★
お人形のように動かない美しい女性が、開け放たれた家の中で座っているのを見たことがある。その横には年配の女性もまたじっとたたずんでいた。あの人たちは、お客を待っていた。そんな仕事もあるのだと後で知った。
吉原にいる遊女たちの濃い艶話が5つ収録されている。自分の感情をあとまわしに、女将の采配に運命をゆだねる遊女たち。届かせたい思いを届かせることができない彼女らの思いは、誰よりも深く重くなる。江戸を舞台にした女たちの生き様のすさまじいまでの濃ゆさにとっぷりはまって読み終わる。本から顔を上げればいつもの日常があり、本の世界が遠い異国に思えてしまう。
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