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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年6月の課題図書ランキング

めぐらし屋
めぐらし屋
堀江 敏幸(著)
【毎日新聞社】
定価1470円(税込)
2007年4月
ISBN-9784620107110
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  小松 むつみ
 
評価:★★★
 縁の薄かった亡父の古いノート。おぼえ書きのようなポツリポツリとした言葉。父の部屋で受けた事情のわからない電話。小さな謎を繋ぎ合わせて、いつしか、その糸をたどっていくことになる蕗子。その道すがら、幼いころの記憶や父との思い出がよみがえり、そして、それまで蕗子自身知りえなかった生前の父の姿が浮かび上がってくる。
 現代の、リアリティもある作品ながら、全編にわたって堀江作品独特の童話的な柔らかな空気に包まれている。たゆたうような心地よさであった。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 しっとりとしてなんとも穏やかな一編。
 離れて暮らしていた父親が急死した。父親は「めぐらし屋」という聞き慣れない仕事をしていたらしい。その謎をたどるうちに娘の蕗子さんは小さい頃の記憶が蘇り、思いがけない出会いを体験する。
 天涯孤独になった蕗子さん。体が弱くて貧血気味ですぐに体が冷えてしまう上、しっかりして見えて抜けているところがあり、感じ方や行動が少しずれている蕗子さん。箇条書きすると明るい要素は微量で、しかもロマンスが芽生えるとか庇護者が現れそうな気配も全くないのに、なぜか「大丈夫」という言葉が浮かぶのだ。感情が溢れそうになっても、空や地面にすーっと吸収される自然のシステムが備わっているような安心感とでもいうか。

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  神田 宏
 
評価:★★★★★
 記憶というものは不思議である。ハードディスクのようにどこかにしまい込まれて、必要な時に参照されるのではなく、常に脈絡もない現在に投げ込まれていて常に上書き、消去が行われている気がする。そして、過去の記憶は最早、過去の事実とは似ても似つかない姿になっていたりもする。そういった意味では記憶は常に今とともにある。そのような事を強く感じさせる一冊。冒頭「黄色い傘」の絵から過去の記憶を呼び起こされる「蕗子さん」。今は亡き父親の記憶とシンクロしながら「めぐらし屋」という父が行っていた不思議な仕事の世界へと踏み込んでゆく。そして、父の記憶は「蕗子さん」の今によって読み取り、再生が行われてゆく。「街並って、こういう無防備な感じのほうがどこか安心できていいな。(中略)いまの気分に合うというより、そんないびつさのなかにこそ親しんできた光景があるからだ。」「存在した記憶をいったん失ってからつくり直すのと、最初から存在しなかったものを無理にこしらえていくのとでは、どんな差異があるのだろうか。」記憶を巡る「蕗子さん」の繊細さは「薄皮の和菓子」の食感を昔「ちょっとだけ噛んでしまった子猫のお腹の感触」などと、時に寄り道しながらも確かに、そして確実に「めぐらし屋」の再生へと繋がっているのだ。記憶のたゆたいを巡る物語は繊細さの極みで柔らかな光を放っている。

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  福井 雅子
 
評価:★★★
 父のアパートで遺品を整理していた蕗子さんは、「めぐらし屋」と書かれた一冊のノートを見つけ、それをきっかけに今まで知らなかった父の姿に触れ、記憶の中の父を思い起こしながら静かに父との距離を縮めてゆく。
 わからないことはわからないままにしておく。できないことはできないし、できそうなことはできる範囲で努力してみる。それが、頼ってくる人のささやかな願いを実現させてあげる「めぐらし屋」としての父の生き方だった。そんな生き方をなぞりながら、蕗子さんはひとつひとつの偶然や人とのつながりを大切に生きることが、未来をつくるのだと知る。心地よいぬるま湯につかっているようなほわっとした作品ながら、さりげなく過去と現在を行き来して物語をつむいでゆく文章は極上の絹糸のように繊細でやさしい光沢を放っている。作中に登場する黄色い傘や未完成の百科事典やミルクティーが、過去の記憶を呼び起こしてくれるアイテムとしてうまく使われ、読後に鮮やかな印象を残した。

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  小室 まどか
 
評価:★★★
 母親と離婚してからはあまり交流のなかった父親が亡くなって、部屋を片付けにきた蕗子さんは、幼き日の自分が描いた傘の絵の貼られた一冊のノートを発見する。そこへ、「……めぐらし屋さんですか?」と電話がかかってきて――。
 不器用で、体も弱くて、常に低空飛行な感じの否めない蕗子さんと呼応するように、物語は、普通ならイライラしてしまいそうなゆるゆるとしたテンポで進んでいく。それがまどろっこしさにつながらないのは、作者のじっくりと選んだ言葉の力だろう。しっかりとした柿色の傘、可憐な豆の花、湧き水を湛えたひょうたん池などの情景は、だんだんと色味を増すように立ち上がってくるし、蕗子さんがマイペースで自分の位置を確認していく過程は、疲れた心とからだを励ます滋味となってじわりじわりとしみこんでくる。
 ゆっくり味わうのがふさわしい、さりげなく手をかけられた、栄養たっぷりのスープのような作品。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 蕗子さんは、亡くなった父の遺品の中から「めぐらし屋」と題したノートを見つける。めぐらし屋とはなんぞや? そんな疑問を蕗子さんと一緒に考えて行く。手がかりを訪ね、そして思索をめぐらしていくのだ。読み進むうちに、蕗子さんがどういう人で、両親の関係がどうで、父の晩年の生活がどんなふうであったかなどが、なんとなく解ってくる。あくまで、なんとなくであり、人の心の中を覗き見るような書き方はされず、そんな節度のない好奇心を、やんわりと窘められた気分になってくるから不思議である。体が弱く不器用な蕗子さんが、父との思い出を回想し、全く知らなかった父の横顔を知るにつれ、一歩「あたらしいこと」を始めようとする。日々を丁寧に暮らし、思いをめぐらすことを決してやめず、それでいて答えを無理に出さない強さは、生きていく難しさや潔さに通じる。古い日本の映画を観るような、凛としたたたずまいを持つこの小説のような世界を生きるには、どれほどの露払いが必要なのかと、そんな考えをめぐらしながら読むのも、また楽しいものだった。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 堀江敏幸さんの本はどの本も凛々しいたたずまいをしている。今回は黄色をアクセントに、シンプルにタイトルと著者名がかかれている表紙。ページを繰ると、静かに小説の幕が開く。
 蕗子さんは、亡くなった父親の部屋を片づけていた。そこへ電話がなる。「めぐらし屋さん、ですか?」と。めぐらし屋とは何をするものぞ。蕗子さんは、いつのまにか、父の仕事の輪郭を探し始めていた。
 端正な文章で蕗子さんの心情を浮かび上がらせ、父親が生きていた時間をなぞっていく。どんな生活をしていたのか、どんな商売をしていたのか。そしてなぜ、家を出ていったのか。蕗子さんや周りの人の言葉で、その人となりが見えてきて、相づちを打つようにページを繰っていった。不思議な仕事である“めぐらし屋”に憧れを抱いてしまう。

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