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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年6月のランキング>磯部 智子

磯部 智子の<<書評>>
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悪人 鹿男あをによし ダーティ・ワーク めぐらし屋 Run! Run! Run! 楊令伝 星新一 一〇〇一話をつくった人 双生児 黙示の海 ウォンドルズ・パーヴァの謎


悪人
悪人
吉田修一(著)
【朝日新聞社】
定価1890円(税込)
2007年4月
ISBN-9784022502728

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評価:★★★★★
 細切れで小説を読むことが出来ないので、新聞連載時は毎日気になりながらも「束芋」のそれは不気味な挿絵だけをながめていた。残念ながら単行本にはその絵はないが、最初から色濃く漂う不穏な空気の中、ゾクゾクしながら夢中で読み続けた。長崎の若い土木作業員が、福岡の保険外交員の女を殺害し逮捕された。遠い九州での、ありふれた三面記事の中の活字に過ぎなかった「悪人」祐一と被害者・佳乃が、生身の人間となって動き出す。閉塞感のある地方に住む二人を結びつけたのは出会い系サイト。彼らを取り巻く複数の人間にも、それぞれの生活と思惑があり、その当たり前すぎる日常描写が心に突き刺さり、一層現実味を帯びる。そしていつのまにか隣接していた日常と事件は、一気に人々を絡めとり巻きこんでいく。この小説は怖い。易々とフィクションの壁を乗り越えて、同じ地平にたっている気分になってくる。爆発しそうな思いを抱えながら、ギリギリの日常を生き、誰が背中を押すのか、押されるのか、「悪人」は隣にいるのか、それとも自分なのかと考えてしまう。

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鹿男あをによし
鹿男あをによし
万城目学(著)
【幻冬舎】
定価1575円(税込)
2007年4月
ISBN-9784344013148
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評価:★★
 帯に「どこまで面白ければ気が済むんだ!?」とあるが、正直そう面白くないぞ、と思う。あくまで私個人の感じ方だが、笑いのツボが作家とは違うから、やはり面白くないのだ。作家は大阪出身で東京在住、情景こそ関西だが、その中で動きまわるのは、どこの誰かと問いかけたい関西人不在の観光小説。ぜひ関西人抜きで、古都を探訪したいというならともかく、関西出身の私には物足りなく、舞台だけを拝借したように感じた。「神経衰弱」の「おれ」が大学の研究室を離れ、奈良の女子高で一学期間だけ教えるところから話は始まるが、鹿が話しかける? 京都の狐に大阪の鼠、頭で考えたドタバタした笑いの連続に、ひとりで突っ込みまくり、どうしても乗り切れないまま読み終えた。

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ダーティ・ワーク
ダーティ・ワーク
絲山 秋子 (著)
【集英社】 
定価1315円(税込)
2007年4月
ISBN-9784087748536
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評価:★★★★
 今までご縁がなく、絲山作品を初めて読んだが面白かった。7編の連作短編集は、一作ごと、読み手のふところにぽんと投げ渡したような終わり方をする。それが読んでいくうちに、登場人物それぞれの孤独な世界が繋がり、膨らみを持ち始める。タイトルのダーティ・ワークとはどういう意味だろう。ローリング・ストーンズの曲からとったらしいが、文中にも「汚れるのはめちゃくちゃ汚れるけど、汚い仕事じゃないんだ」という台詞がある。大人になることと「社会」に適応することが同義だと決め付けられても、そこから少しずつ踏み外していく人間たちは、それでも自分に忠実にしか生きていけない。そんな人間同士が、いつか離れたり、でもどこかで繋がっていたりする。生きていくというのは結局そういうことだと、視界が晴れ渡るような解放感を味わった。

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めぐらし屋
めぐらし屋
堀江 敏幸(著)
【毎日新聞社】
定価1470円(税込)
2007年4月
ISBN-9784620107110
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評価:★★★★★
 蕗子さんは、亡くなった父の遺品の中から「めぐらし屋」と題したノートを見つける。めぐらし屋とはなんぞや? そんな疑問を蕗子さんと一緒に考えて行く。手がかりを訪ね、そして思索をめぐらしていくのだ。読み進むうちに、蕗子さんがどういう人で、両親の関係がどうで、父の晩年の生活がどんなふうであったかなどが、なんとなく解ってくる。あくまで、なんとなくであり、人の心の中を覗き見るような書き方はされず、そんな節度のない好奇心を、やんわりと窘められた気分になってくるから不思議である。体が弱く不器用な蕗子さんが、父との思い出を回想し、全く知らなかった父の横顔を知るにつれ、一歩「あたらしいこと」を始めようとする。日々を丁寧に暮らし、思いをめぐらすことを決してやめず、それでいて答えを無理に出さない強さは、生きていく難しさや潔さに通じる。古い日本の映画を観るような、凛としたたたずまいを持つこの小説のような世界を生きるには、どれほどの露払いが必要なのかと、そんな考えをめぐらしながら読むのも、また楽しいものだった。

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湖の南
湖の南
富岡多惠子(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年3月
ISBN-9784103150053
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評価:★★★★★
 なぜ今、大津事件なのだ、と思いながら読み始めた。時代背景のためか、漢字とカタカナで書かれた部分も多く、決して読み易くは無いし、特に興味のある事件でもないのに、次第にその不思議な世界に引き込まれていった。歴史の中から一人の男がよみがえる。その人物自体は決して重要な人間ではないが、ロシア皇太子暗殺未遂事件を起こす。13歳で明治維新、16歳で廃藩置県、20代で西南戦争を体験した犯人、巡査・津田。その不運な男は、武士の自尊心をずたずたにされ、親族にも問題を抱えていたことなどが解り、「小胆」の為「狂人」のようになることはあったが、結局のところ決定的な動機は掴めず、ただ、時代に翻弄された生真面目な男が浮かび上がってくる。一方、現在大津に住む作家自身の話もあり、「タビト」という男性から度々手紙が送りつけられてくるのだが、それがなにやらストーカー的で、内容も薄気味悪い。通いの家政婦のやり方をみて、自分はもう「昔風」だと言う作家は、タビトが津田的人物なのかどうかの判断や、現在がどういう時代で、何が今生み出されつつあるのかという不安の中に、読み手だけを残し、目の前で幕をひいてみせた。いや、お見事、と言うべきか。

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楊令伝
楊令伝
北方謙三(著)
【集英社】 
定価1680円(税込)
2007年4月
ISBN-9784087748581

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評価:★★★
 これは非常に困った。北方『水滸伝』の続編だが、その19巻もある前作を読んでいないため、この小説だけの感想になってしまった。それで良いわけがないのだが、とにかく読んだ。物語は「梁山泊」陥落の後。権力に立ち向かう漢(おとこ)たちの戦いが、今再び始まろうとしていた。こう書いているだけでも、判官贔屓の血は騒ぐ。中国の壮大な大地に、日本人の精神をはめ込んだ多国籍小説は、狭い島国に生きる人間を解放し、血糖値を一気に押し上げる。上手い作家と言うのは読み手に無理な努力を要求せず、この作品から物語が始まったかのように充分楽しめた。それでも前作を読んでいないのは、不誠実だとまことに申し訳なく思っている。

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星新一 一〇〇一話をつくった人
星新一 一〇〇一話をつくった人
最相葉月(著)
【新潮社】
定価2415円(税込)
2007年3月
ISBN-9784104598021
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評価:★★★★
 実は、星新一作品をあまり(ほとんど)読んでいない。その数少ないものすら記憶が曖昧で、ショートショートの神様という冠だけが鮮明に残っている。そのため私にとって、この評伝を読むことに意味を見出せないまま読み始めたが、予想外に様々なことを考えさせられる貴重な読書体験になった。先ずはその生い立ち、のちに上場製薬会社を立ち上げることになる父と母の代から掘り起こし、祖父が人類学者で解剖学者、祖母が森鴎外の妹であることなどが語られ、星新一が御曹司だったことを知る。それなら何故作家になったのか、その謎が著者の徹底的な取材による説得力で、ミステリのように解き明かされていく。財界人、純文学そして日本SF黎明期のそうそうたる作家たちとの交友と軋轢、それは単なる事実の羅列に留まらず、星の足元や心情を照らし出していく。外では人気作家であると同時に、文壇における低い評価に鬱積した思いを抱え、内では晩年まで過去の作品に手を入れ続けるなど創作に対する執念を燃やす。本を閉じたあとも、「人を信用しない人」星新一の波乱の人生を思いながら、「創造」=小説と時の流れについてなど、多くの考えが駆け巡った。

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双生児
双生児
クリストファー・プリースト(著)
【早川書房】 
定価2625円(税込)
2007年4月
ISBN-9784152088154
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評価:★★★★★
 うわあ〜凄すぎる。急いで読むのは勿体無いのに、面白くて一気に読んでしまった。慎重に、用心深く読まないと後で足許をすくわれると知っているのだが、逆にあまり物語に寄り添いすぎても、思い違いを深めることになる。途中までは、『奇術師』より断然読み解き易いと思っていたのが大きな勘違い……一卵性双生児のJ・L・ソウヤー、ジャックとジョー、「人生の岐路」の度に二人は激しく対立する。第二次世界大戦中に活躍した英空軍爆撃機の操縦士でありながら、同時に良心的兵役拒否者であることは可能なのか? 語り手が変わるごとに、時空は歪みを増し、それはチャーチル、ルドルフ・へスという歴史上の人物たちも巻き込んでいく。目まぐるしく変わるゴールポストは、本当はどこにあるのかと考え続けたが、結局最初からずっとそこに「並んで」あったことに気づくのは、全てを読み終えた後だった。大森望氏の解説は更に様々な仕掛けを解き明かし、それが嬉しいのか悔しいのかが悩みどころだが、もう一度読み返してもきっと楽しめると言う確信はある。

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黙示の海
黙示の海
ティム・ボウラ(著)
【東京創元社】
定価2100円(税込)
2007年4月
ISBN-9784488013264
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評価:★★
 あれっ?と思い、子供の本棚を捜してみるとボウラーのカーネギー賞受賞作『川の少年』があった。ああ児童文学なのかと思い読み始めたが、かなり厳しい展開だった。児童文学が、あまり人生を否定的に捉えると、これからという時に気持ちを挫いてしまう。かといって、あまりに作家が過去を(子供時代を)美しいものとして描くと、現実との間に溝が出来る。この作品では困難があっても立ち向かう、そういう姿が描かれているが、あまりに大きく得体が知れない「黙示」そのものに困惑してしまった。15歳のキットが両親と航海に出てから、ずっとおかしなことが続いていた。結局船は難破し、やっとたどり着いた島には、奇妙で異常なほどの敵意を持つ島民たちがいた。そこから凄まじいサバイバルの幕開けとなるのだが、タイトルからも想像できるように、敵の正体がかなり暗示的で、「黙示をとめること」の意味を絞り込めず、理不尽さと戦うという目的より、その過程における暴力の印象が勝ってしまった。

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ウォンドルズ・パーヴァの謎
ウォンドルズ・パーヴァの謎
グラディス・ミッチェル(著)
【河出書房新社】
定価2310円(税込)
2007年4月
ISBN-9784309801049
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評価:★★★
 読み終えて仰け反った。そうじゃないかと、薄々思っていたのだが、もしかしてミス・マープルのパロディ? セント・メアリ・ミード村に住む、世間知らずだが温厚で愛される老嬢、そうなめてかかると、あっと驚く推理力を発揮するポアロと並ぶクリスティ作品の名探偵ミス・マープル。本作の主人公ミセス・ブラッドリーは全く正反対、精神分析学者で、ずけずけと辛辣にものを言い、笑うと見える彼女の歯は「冷酷な猛獣のよう」であり、「他人の神経にさわる」その存在感たるや無視できるものはいない。肉屋の鉤にぶらさげられた「首なし死体」の謎をめぐり、ミセス・ブラッドリーのみならず、不審に動き回る村民たちも存分にその個性を発揮し、イギリスらしい辛辣かつユーモアあふれる会話も楽しめる。そして何より驚愕の結末…1929年の作品だと確認して、イギリスの女性作家は昔から……尚更その勇気に敬意を表する。

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