WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年7月の課題図書 文庫本班

充たされざる者
充たされざる者
カズオ・イシグロ (著)
【ハヤカワ文庫epi】
税込1470円
2007年5月
ISBN-9784151200410

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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
 「わたし」ことピアニストのライダーが、ある街に到着した。危機に瀕するこの街を救うため、ライダーは「木曜の夕べ」なる会合に出席する、はずなのだが―。
 ひとたびページを開くと、言葉が洪水となって押し寄せる。淀むことなく途切れることなく流れ続ける言葉、言葉、言葉。この言葉たちは、いったいどこへたどり着こうとしているのか。
 出会う人出会う人、皆がライダーに滔々と語り続ける。雄弁を通り越して、ただひたすら、だらだらと。ライダーも辛抱強く耳を傾けるが、やがて苛立ちがつのり、怒りを爆発させる。そして場面が転換し、新たなる人物が語り始める。それが永遠に繰り返される。どこへも到達しない螺旋階段を、上っているのか下っているのかさえわからないままに何周も何周も走っているかのようで、頭がぐらぐらしてくる。
 900ページの耐久レース。読んでも読んでもゴールが見えない。読めば読むほど迷路にはまり込む。稀有な酔い心地を、どうぞご堪能あれ。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★☆☆☆
 村上春樹、よしもとばなな、カズオ・イシグロ…その作品を読むことなしで即買いに走る作家はさほどいない。しかし今回は疲弊を余儀なくされた作品だった。
 圧巻される壮大な物語かと思えば三谷幸喜の「THE有頂天ホテル」を思わせる行ったり来たりのすれ違い劇。そのじれったさはお笑いに近い。だって世界的ピアニストだ。コンサートに請われて訪れたはずなのに、事前のリハどころか練習もままならない。世界を変えてくれそうな彼だからこそ、期待することも大きいのか単なる自己中の集まりなのか、今何をすべきかの優先順位がつけられない人々なのだ。また、それに答えてしまう彼の人の良さ。「何やってんの!」ダメダメの滑稽ぶりがかえって最後まで読者を引っぱったかもしれない。あれだけ大騒ぎをしたコンサートだったのに、終わってみれば…という結末よりも旅の途中のピアニストに、ひょうきんなほどに縋ってしまった市民。求めていたものは、世紀を揺るがす演奏でも確かな調律をしたピアノでもない。全948ページ1.400円。たっぷりの待ち時間が予想される旅のお供に。
 貴方も誰かを捕まえて自分の人生に引きずり込もうとするかもしれない。持っているでしょう? 誰かに充たして欲しい何か。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★★
 『わたしを離さないで』の素晴らしさにはしばらく言葉を失ったほどでした。もう、す、すげえ…としかいえなかった。カズオ・イシグロに対してはもはや、ファンですらなくて、信仰のレベルです。そんなカズオ・イシグロの復刊・問題作がこれ『充たされざる者』。新刊採点文庫本班にこんなに高い本が送られてくるとは思わなかった。笑 1400円、約950ページの文庫、初めて見ました。
 世界的に有名なピアニスト、ライダーがある町へやってくる。〔木曜の夕べ〕という演奏会のための来訪だったはずなのに、なんだかのらりくらりとしている関係者たち、それからどうでもいいような悩みを持ちかけてくる町の人々のせいで、結局はっきりとした予定も決まらないまま様々な場所へ連れ出されているうちに幾日もの日がその町ですぎていく。そして何百頁ものそんな生活を読み経て演奏会の日にようやくたどりつくも、またそこでもライダーの予定どおりには事が運ばない。
 世の中のどうにもならない不条理を描いたという作品だが、カズオ・イシグロの落ち着いた言葉の持つ雰囲気はその根底に流れる怒りとか苦しさ、傷のようなものを見事に隠し通していて、それでもその不条理をここまでの頁を割いて描き続けたその姿勢のようなものが、それだけで崇拝したいと思える本当の意味での大作だと思います。
 問題作だという意見もわかる気もする。でも、この作品が復刊され、私も手元において読むことができたことを非常に喜んでいます。

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  藤田 万弓
 
評価:★★★★★
カズオ・イシグロは上品な作家だ。英国上流社会、そして日英関係を流麗な文体で描く。それは読むものをうならせ、感嘆の声をあげさせる。しかし彼は同時に無謀な実験を重ねる作家でもある。本作からは彼の上品な面など構わないほど実験性にかける野心が伺える。「カフカ」の字が帯になかったとしても両者を読んでいればすぐにこの世界はカフカをモチーフにしていることがわかる。その悪夢的で論理の通じない、延々と繰り広げられる会話から次々に矛盾をはらみながら展開する世界。イシグロはカフカの描けなかったことが描けている。人々の過去と喪失感だ。カフカが徹底して不条理を書いたのに対しイシグロはこれまでの作品でも扱われていたテーマをここにも見せている。延々と続く途方もない話。要約すらできないその世界に私は得も言われぬ興奮を覚えた。文庫にして939ページを、もう一度読み返したいと思うのだから相当の不条理感だといえよう。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★☆☆
 千ページの分厚さに圧倒され、文庫本にあるまじき重量に手首を痛めながらも、なんとかかんとか読了する。
 こいつは確かに評価の分かれる小説です、万人受けしそうにはありません。
 世界的なピアニストのライダー氏、リサイタルを開くべく訪れた街で彼を待っていたのは、いやがらせしているとしか思えない人たちのお悩み相談の数々。お人好しのライダー氏は寝る間を惜しんで彼らの依頼に答えてゆきます。
しかし、読み進めるほどに何だかおかしい。読み手の僕が錯乱気味なのか、それとも小説の中の人々が病んでいるのか、はたまたこれこそが作者の意図なのか?
鍵を握るのはライダー氏以外で登場する年代の違う三人のピアニスト達。
 僕は強迫観念に駆られて一気に読んでしまったから失敗したが、案外貰い物のウヰスキーのようにチビリチビリとやると味が出てくる小説なのかもしれません。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 俺が質問してるのに、何でお前は俺の話をさえぎって、自分の話を当然の如く語り始めますか? しかも俺も無駄に人がいいもんだから、ついつい聞いちゃって、何かやらされちゃう破目に陥ってますが。で、何を聞いてたかも忘れて、更に今の状況に対して疑問が生じて、質問しようとして(ふり出しに戻る)。

 目的は次々降りかかるのに、一向に解決できず、徒労感だけが蓄積していくさまを、900ページがかりで読まされるとね……一見、悪夢っぽい不条理描写なのに、現実世界でも、普段からたっぷり味わってるじゃんこれ、と思えてきてしまってなりません。誰も俺の話を聞いてくれない。みんな俺に面倒と責任ばっかり押し付けてくる。何やってんだ俺。ああもうああもう……みたいな感じで。

 読む時には、心身ともに問題のない状態で、一気に読み切れるだけの時間を確保してからにすること。この無限ループは、あなたの健康を大いに阻害する可能性があります。

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  横山 直子
 
評価:★★★☆☆
「ぷふっ!」
この半月と言うもの、『充たされざる者』を読んではやめ、読んではやめ…。
私はこの物語の主人公、世界的ピアニストのライダーとともに、行く先の告げられない旅に同行した気分だ。
そして900ページをゆうに超えた全文を読み終えた今の気分は「ぷふっ!」。
物語の最後のほうで登場したある人物のセリフなのだが、まさにこの気持ち。

同じ場所をぐるぐると歩かされている。
ライダーの前に現れる人物はことごとく自分が話すことののみに興味があるようだった。
みんなから期待されてコンサートでピアノ演奏をするはずだったのに、どうも様子がおかしい。
彼が本心から訳が分らずに質問する姿やしだいに怒りがこみ上げてくる様子にいちいち共感した。
「気でも狂ったか」とライダーが妻に訊ねるシーンでは思わず返事をしそうになった。

以前、彼の著書『わたしを離さないで』を読んでしみじみ感動にひたった私だったが、今回は「ぷふっ!」の域から抜け出せず、もぞもぞしたままだ。

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