WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年7月の課題図書 文庫本班

空を見上げる古い歌を口ずさむ
空を見上げる古い歌を口ずさむ
小路幸也 (著)
【講談社文庫】
税込600円
2007年5月
ISBN-9784062757362
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  荒又 望
 
評価:★★★☆☆
 「みんなの顔が〈のっぺらぼう〉に見える」―息子の言葉に、「ぼく」は20年間会っていない兄の恭一に助けを求めた。そして再会した兄が、あの頃、あの町で起きたことを語る。
 恭一が語る昭和30-40年代は、地域全体で子供の成長を見守るような、平和でのどかで温かい時代。生まれる前、あるいはせいぜい生まれたばかりの頃なのだが、それでも胸をしめつけられるような懐かしさを感じた。「〜だったんだ」という語りの素朴な響きも、心にじんわりしみこんでくる。
 ノスタルジックな味わいに心地良くひたりながら読んでいくうちに、物語は、ミステリーへ、そしてファンタジーへと趣を変えていく。盛りだくさんで楽しめる一方、本作最大の魅力のはずだったセピア色の雰囲気がいつの間にやら薄れてしまい、全体になんとなく未消化なまま終わってしまったのが少々残念。どうやら続編があるらしいので、合わせて読むのが良いのかもしれない。
 2007年頃を舞台にした物語が数十年後に書かれるとしたら、いまの世のなかの、果たしてどのあたりに懐かしさを感じることになるのだろう。楽しみなような、ちょっとこわいような。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★★☆
 自宅の桜の木に蕾を見つけた。植栽をして5年目の朝だ。家族的幸せを感じさせる導入部を思い切り裏切ったその後の展開にしてやられた。多少のファンタジーとミステリーの要素を含みながら、昭和30年代生まれが20年前の子どもの頃を振り返り、また現代に戻って来る。物語の予想外の着地点に、驚きどころか嬉しさを隠しきれない。
 凌一には、6歳違い1963年生まれの兄がいる。訳あって兄が18歳の時以来会っていない。あの蕾を見つけた朝、凌一の息子に起きた事象をきっかけに、兄に会うことになった。物語はこの兄が幼少時代を独白する形で進行する。アポロ11号や仮面ライダーが時代を席捲していた頃、彼等が住むパルプ工場の社宅のある地域は、そこだけで学校も病院も交番も事足りるような地域だった。3交代勤務の工場町は人が絶えず行き交い、慎ましく平凡な暮らしの中に穏やかに時間が流れ子どもはそこで伸びやかに育っているはずだった。が、連続して起こる奇怪な死がこの町を襲う。が、怖くはない。きっとこの先に何かあるという期待と不安で読み進めるうちに、「いつも口ずさむ鼻歌、なんでいつもその歌なの」という表題の根幹に触れる台詞に出会いほろりとさせられた。会話の答えは是非、本文で。
 私のほくそ笑みをご覧いただけないことが残念だ。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★★
 ドタバタ・ハートウォーミング家族小説『東京バンドワゴン』を読んであっという間に小路さんのファンになりましたが、この小説はそれとはまったくテイストの違う作品です。そしてなんと言ってもこれが彼のデビュー作。デビュー作と聞いて、こんなになんでも読んでみたくなるのは何故なのでしょうか。
 人の顔が全部のっぺらぼうに見える、という人がそばにいたらどうしますか。そしてその人は、そののっぺらぼうたちにそれぞれイメージ画像を貼り付けてその相手のことを認識していたりする。恐ろしい話です。この小説では、人のことがそういう風に見えるようになってしまった息子を持つ主人公が、同じ症状をかつてから持っていた音信不通になっている兄に会いに行く、というところから始まります。
 人の顔がのっぺらぼうに見えるっていう感覚、実際には起こりえないとしても、よくわかりますよね。朝の満員電車に乗っているときなんか、乗員全員まったく同じ顔をしているみたいに見えたりする。そうなってくるともう電車の中で、乗員A、乗員B、乗員その他、なんていう役者の、安い茶番を見せられているような気がしてくる。そういう、現実にあるものの中の胡散臭さや“つくりもの”っぽさがあまりにもよく描かれていて本当に面白かった。
 でも、子どもにこんな症状が出たら、私じゃきちんと説明することができないかも。大人になりすぎてしまっていて、なんだかどうしていいかわからなくなりそうだな…。

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  藤田 万弓
 
評価:★★☆☆☆
本書に対し、のっぺりした印象を持った。全てのエピソードを大切に描こうとする作者の優しさや、繊細な感性は伝わってきた。ただ、そのせいで凹凸がなく、語り続ける主人公の兄の昔話に腰を据えていいのか、現在、彰が陥っている問題を解決するためのツールとして読めばいいのか、迷ってしまう。
温和な街で次々と起こる謎の死と、今から数十年前の兄が小学生だった頃のパルプ工場付近での、決して裕福ではない時代感の描写は、素晴らしいと思う。死体となったバンバの親父の顔に湧いたウジ虫の様子など、目に浮かぶほど気味の悪さを再現した。
この文章のよさがのっぺりしたストーリーとあまり相性がよくなかったせいか、私個人の意見で言えば記憶に残りにくい小説だった。
〈違い者〉、〈解す者〉など作者の独特な世界観の構築を後半部分で唐突に出してくるのではなく、初めからタネあかししていた方が読者も入り込みやすかったのではないかと思うと、もったいない。ミステリーとファンタジーを融合させることの難しさを実感する小説だった。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★★☆
 郷愁が胸の中を吹き抜けてゆく。
子供の頃に確かに嗅いだことのある土の匂い。夕方公園からの帰り道、誰かが後をつけて来る気がして、何度も後ろを振り返ったあの日。そんな幼い頃の風景をこの小説は不思議と呼び覚ましてくれる。
 二十年前に姿を消した兄貴。庭の桜が初めて蕾をつけた日、人の顔が『のっぺらぼう』に見えるようになった息子。記憶の狭間から呼び起こされるあの日の兄貴の言葉。
 一気に引き込まれる展開です。
兄貴の語り出す子供の頃の出来事、カタカナの町の風景は、しだいに読み手の記憶とオーバーラップしはじめる。
 当たり前の日常と不可思議な世界との境界線、その曖昧さ加減が実にいい。
そして、なんの抵抗もなく不思議な街に足を踏み入れ彷徨った後で僕は、世の中って案外そうなのかもしれないなと考えていた。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★☆
 学校の怪談をベースに、半村良作品を読んだ時に感じられる伝奇風味と、『ウルトラQ』を思わせる空想科学特撮を追加して仕上げたミステリ。って書くと、何ができたのかさっぱり分かりませんね。よく、料理だと「いろんな素材が混ざり合って、深みのある味を出している」みたいなことを言うじゃないですか。アレだと思って下さい。

 俺は今ちょうど、昭和と平成を丸18年ずつ生きてきた勘定になるのですが、俺の半分を占めてる「昭和」が、この作品を読んでると、激しく反応してきます。冒頭に書いた、ミステリ部分以外の調味料は、どれも、昭和の薫りがぷんぷんしますしね。

 そして、単なる懐古趣味に引きずられていないミステリの部分は、主人公に「人の顔がのっぺらぼうに見えてしまう」という特殊条件を被せることで、きちんと成立しているところが魅力です。

 「昭和」を子供の頃に体感していない、若い人たちへ(うわー、一気に年寄りになった気分)。

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  横山 直子
 
評価:★★★★☆
まずタイトルからして、心惹かれるものがあった。
「空を見上げる古い歌を口ずさむ」まるで詩の一部のようだ。
なんだか懐かしくて、優しくて、そうしてほろっとくる。
はたして、読みすすめていてもその感触はそのままだった。

製紙工場があるパルプ町、この町に住むある少年のひと夏のできごとが中心になって話は進む。
高熱を出して寝込んでからその後、彼にはのっぺらぼうが見えるようになってしまうのだ。

少年は社宅住まいで、パルプ町のおおかたの住人がそうだった。
共に働き、共に暮らし、共に喜び、共に悲しみ、ここでの生活は大人も子どももだいたいが顔見知りで、まるで大きな家族のようだ。
子供たちを見守る大人の目がわけへだてなく包み込むように優しく、懐の大きさをしみじみ感じられるような環境の中、少年は兄弟や同じ社宅の友達を巻き込んで、小さなそしてたまには大きな冒険を繰り返す。

不可解な事件が続く中、身近な大人たちが子どもに伝える言葉がなんともやさしい。
「思う事や願う事は力になるんぞ」
少年たちがその時には分らなくとも、じわりじわりと染みてくる。
そんな言葉がいくつもいくつも見つかった。

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