WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年7月の課題図書 文庫本班

水の迷宮
水の迷宮
石持浅海 (著)
【光文社文庫】
税込660円
2007年5月
ISBN-9784334742423

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  荒又 望
 
評価:★★★☆☆
 脅迫めいた1通のメールが届いた直後から、羽田国際環境水族館で次々と事件が起きる。その日は、志半ばで急逝した飼育係長、片山の命日。相次ぐ事件は、その死とつながりがあるのか―。
 長い長い1日を描いたミステリー。登場する全員が全員、なにやら裏がありそうで、怪しく思えて仕方がない。事件というには中途半端な事件が続く展開も思わせぶりで、飽きさせない。結末には賛否両論ありそうだが、ぐいぐい読める。
 職場小説として楽しむのも一興。水族館というと、人間界の汚さとは無縁な場所だと勝手な幻想を抱いていたが、ウマが合う人もいれば合わない人もいるし、けっこう(いや、かなり)ドロドロしたものがそこかしこで渦巻いてもいる。ああどこも同じなのね、とがっかりするような安心するような、妙な感慨を覚えた。
 読んでいると、あの特有の匂いや、すこしひんやりとした空気が漂ってくる気がする。そういえばもう何年も行っていない水族館が、ちょっと恋しくなった。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★★★
 起死回生を果たそうと職員が一丸となり奮闘する最中に水族館で起きた殺人事件小説。羽田水族館は変わった。「構想を万人に利益を生む事業にする」MBAを取得しアメリカで博物館学を専攻した館長が都知事から再生請負人として招聘されてからだ。1回目の死はその賑わいの最中…いや、もっと大きな夢実現のため、影で奮闘する一職員の命を突然奪った。その3回目の命日、営業中の水族館でもう一つの事件が起こる。本を読む途中で感じた「おやっ」犯人確定の伏線を読み取ったつもりがまんまと騙された。だがしかし、醍醐味は犯人探しよりも「そこでそうするしかなかった」人の心の描き方にある。目指していた事は同じだったはず。お客様により楽しんでいただける、世界に誇れる水族館。それ故に起きた事件であり、だからこそ悔しさがこみ上げ、エンディングには喝采してしまった。
 人が純粋に心地良さを求めて足を運ぶ水族館。そこでなされる業務の多様性、従事する人の日々の動きと流れ、設備へのこだわり等が展開の中に淀みなく盛り込まれ、今後水族館に行ってからの目の行き場が変わることは間違いない。何しろ、登場人物の夢実現にかける一途さがいい。そのことを端的にまとめた辻真先氏の解説も好評。夏に向け、読んでおきたい1冊だ。事件の裏には「意思」がある。人は思いで動く。良書です。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★☆☆
 私は水族館が大好きなんですが、夜の水族館は別。少し前に、夜遅く水族館をカップル向けに開放しているところがあって、そこに喜び勇んで行ったのはいいもののものすごく不気味で、とても雰囲気がいいなんて思えなかった覚えがあります。水がある場所の夜更けは、そこがいくら都会的でおしゃれな場所でもやっぱりちょっと怖いものです。
 ストーリーはそんな不気味な夜の水族館を舞台に始まります。一人の男性従業員が、夜の水族館で死ぬ。それをきっかけに、脅迫の手紙が届いたり、従業員がさらに死んだり、事件が次々と起こっていく。このミステリーはさてどこへ向かっていくのか、とはらはらしながら、でも実に読みやすくあっさりと最後まで読みました。
 人の気配を感じない恐怖、など私としては鳥肌がたつところも多かったのですが、これがまたなんとも帯の紹介文どおり、とても美しく、胸を打つものだったりするわけです。
 毎度のことながらミステリーは苦手だけれど、これもまたとても読みやすく面白い作品でした。これってもしかすると、私、ミステリーが苦手だと思っていたのは気のせいなのでしょうか。

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  藤田 万弓
 
評価:★★☆☆☆
爽やかな読後感だ。表紙の透き通るような水色の反射する水同様この話もまた澄んだ水を感じさせる。
もっとも途中、いや終盤まではその水が透き通るのかどうかはもちろんわからないしむしろ濁っているかのように思わせる展開がつづく。謎解きの会話が冗長な節があり、そこはページをはやく繰って話を追おうとするけれどそうして読みとばしたところにこそ鍵が隠されているのがミステリーの常套手段だ。つまり手法としては使い古された古典的手法を使っているといえよう。ただしこの本の特徴はともかくも最後の読後感にある。それは謎解き後のエピローグにつながるのだが架空の話だと重々承知でいながらももしかしたら本当の話かもしれないと思わせる。そしてそこにいる人間とともに現実社会の中でまた気持ち新たにやっていこうと感じてしまうのである。このような人間を描く作家に頑張ってほしい。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★☆☆
 なるほど水族館とは迷宮の如き建物である。そしてその迷宮の中でさらに一通のメールから始まる謎の事件に、水族館の職員達は迷い込んで行く。
 よく組み立てられたミステリー小説です。水族館の光と影の部分を巧みに炙り出しながら事件は進展してゆく。
周到に計画された謎のメッセージが伝えんとするものは、そして追い詰められているのは誰なのか、メッセージに踊らされながら次第に解けてゆく謎。
 ミステリーとしては更にもうひと捻り欲しい気もする作品であるけれど、背景である水族館の描写は丁寧で、エンターテインメント作品として十分遜色がないものに仕上がっている。
 それが証拠に、この小説を読み終わった僕の脳裏には、水族館の大水槽のあの切り取られた海の風景が、暫く浮かび続けていた。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★★★
 水族館が、大好きです。

 前世紀、まだゲーム屋だった頃、仕事の関係で東京近郊の水族館を軒並みハシゴしたことがありましたが、魚や水の生物に囲まれていると、仕事を忘れて、とても幸せな気分になりました。この作品は、そんな心和む場所を舞台に、事件が起こります。

 石持作品ではしばしば、ミステリなのに「誰が犯人でも嫌だなあ」と思うくらい、一生懸命自分の仕事を全うしようとする人物ばかりが登場するのですが、今回もまた……でも、ちゃんと納得できる決着なので、後味は悪くありません。

 人物の描き方もさることながら、水族館という場所を、実に緻密に描いているのが魅力的。そして、事件の動機も起こし方も、まさに水族館でなければならない必然性がありますし。見事です。

 舞台となっている羽田国際環境水族館は架空ですが、もし実際にあったら、絶対に彼女連れて行きます。もっとも、連れて行く彼女すら、現在はフィクションなんですが……

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
水族館を舞台にした推理小説である。
それも「一度死んで生まれ変わった水族館」。
ある一通のメールから始まり、次々に水槽に悪意がしかけられる。
おりしも夏休みで館内は大盛況!その非常事態に職員がどう立ち向かうか!
殺人事件が発生してからは、ページをめくるのがもどかしいほど一気に読み込んだ。

意外な犯人やそのトリックには舌を巻いた。
先日の渋谷のガス爆発ではないが、身近な危険にあまりにも気づかないで生活をしている怖さを感じヒヤリとした場面も。
そして何よりも職員一人ひとりがどれほど自分の職場である水族館を愛しているのをひしひしと感じた。
夢を繋ぐ、その大切さをも思い知る。
まさに推理小説の枠を大いに突出する感動作だ、と思った。

大きな水族館の舞台裏も十分堪能させてもらって、実に楽しかった。
それにしても探偵役となった深澤の明晰な頭脳には惚れ惚れした。
この探偵ぶりを間近に見られるのであれば、この水族館に就職さえしたいと思った。^^;
深澤さんの探偵シリーズをぜひこれからも読みたいものだ。

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