WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年7月の課題図書 文庫本班

雲雀
雲雀
佐藤亜紀 (著)
【文春文庫 】
税込600円
2007年5月
ISBN-9784167647049

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  荒又 望
 
評価:★★★☆☆
 第一次世界大戦期の欧州を舞台に、特異な能力を有する諜報員たちを描く。
 本作を読むには、相当な集中力と想像力が必要だ。時代背景、そのときどきの状況、登場人物の役どころや相関関係、とにかく極限まで説明が排除されている。彼らが持つ「感覚」についても、何の定義づけもないままにさらりと書かれていて、戸惑う。最初のページを開いたとたん、いっさいの導入部なしに物語が疾走する。単語のひとつひとつにまで頭を研ぎ澄ませないと、振り落とされてしまう。
 印象的なのは、ジェルジュがギゼラに寄せる想いを独白する場面。異質なほどの熱と輝きを帯びていて、心に痛く突き刺さる。といっても、触れると怪我をしそうな鋭さはここでも貫かれていて、安易な感情移入は寄せつけない。
 無彩色の表紙が、潤いを削ぎ落とした雰囲気によく似合っている。たとえていうなら近寄りがたい難攻不落の美女―というのは下世話すぎて台無しだが、とにかく、読者を選ぶであろう孤高の作品。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★★☆
「知らないわからない」ということは、人生の楽しみを半減させてしまうことを痛感した小説だ。高校での世界史は必修である。声を大にして言いたい。
 第一次世界大戦直下のオーストリアを舞台に、生きるか死ぬかの状況で生きることを切に望む若き諜報員の物語だ。悲惨さと逼迫さを極める表現の細やかさは翻訳小説を思わせるが、著者は40代の日本人。何をもってすればこの想像力と丁寧な勉強が出来るのだろう。
 戦争は金にもならない仕事だがそれでも仕事。だから、逆らわず嫌われないようにうまくやり、命じられれば黙々とこなす。と説く一方で、この世のことを何も知らない23という年齢で、騙すことや殺すことしか知らずにいることを嘆くシーンがある。どこかそれは、現代の若者にも共通してはいないだろうか。
 〜あの男は君に何かもっとましなことを教えてくれたか。たとえば理想だ。言葉くらいなら聞いたことはあるだろう〜
 本当に知るべきことは何かを問われる渾身の作品。世界史を学ぶ高校生にお薦めだ。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★☆
 佐藤亜紀さんの本を読んでまず思うのは、日本人が、しかも女性が、こういう文章を書き綴ることができるのか、ということ。カバーなどを何も見ずに読み始めたら、翻訳物だと思って最後まで到達してしまいそう。ひとつひとつの言葉の使い方や選び方なんかが日本人の作品っぽくない。でもそこが、全体の雰囲気とストーリーのバランスをとる仕掛けのようになっていて、計算しつくされたような美しさが堪能できる作品だと感じました。登場人物たちひとりひとりに愛情がこめられた青春小説、『天使』の姉妹版・連作短編集です。
 時代は第一次世界大戦期ウイーン。人の考えていることがわかってしまう、そして自分の思考を相手の思考としてその人間に押し付けることができるという特殊な(普通に考えたらありえないけれども)能力を持っている工作員ジェルジュは、諜報員としてこっそり活躍する。無謀とも思えるような危ないことを平気でやったり、やめときゃいいのに…と思わせるような面倒なことにも首を突っ込む。そんな無茶なジェルジュだが(でも文章の中では無茶だというよりも実に自然なことをしている人のように思えるのだが)、なんとなく読んでいるうちにだんだん成長していくように思えるのだ。それがすごいところで、ただの冒険SFファンタジーものではまったく終わらず、成長する主人公と進んでいくストーリーとがきちんと交差する、ものすごい緻密で完璧な作品に仕上がっているのです。
 熱狂的なファンも多い著者。『天使』も早く読まなくては、と思っています。

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  藤田 万弓
 
評価:★★☆☆☆
とんでもない知識量だ。知識と構成、その緻密さは目を見張る。
短編集とも呼べようがいくつかの章からなる長編と考えて良いのだろう。
四つの話が微妙に重なり合い、ひとつの成長を描く。
それは史実に照らし合わせてもまた重なるものであり、かつSF的な超常現象が入り込んで世界に彩りを増している。
言葉の洗練され具合が素晴らしい。はじめの戦場シーンから、その静謐で硬度の高い文章は読者をひきつける。
会話ひとつにしても通俗的なものは排除され、そのあたりは純文学と呼びうる。
ただしこれを純文学足りえさせないのはこの世界の異質性だ。エンターテインメントとしてなら一級である。
歴史ものにしてSFものだ。ただこの世界を現代日本の小説界に提示する根拠は薄いのではないか。
技術が洗練されているだけに読者に強く訴えるものが見えにくい。しかしそんなジャンルわけはどうでもよかろう。
硬質な文体と確固と屹然する世界はこの著者にしか描けまい。

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  松岡 恒太郎
 
評価:★★★☆☆
 完成度の高いこの小説が、悲しいかな僕の琴線に触れなかった理由は、不幸な偶然が重なったことに他ならない。
まず始めに、僕にはオーストリア人として生まれた過去がなかったため、物語の歴史背景にすんなり溶け込むことができなかった。
 さらに僕には、他人の思考を読み取る特殊能力がそなわっていなかったため、主人公オットーの苦悩を理解することもできなかった。
それでもせめて馬泥棒を父に持っていたならば状況が変わっていたかもしれないが、残念なことに我が家は母子家庭であった。
 海外の翻訳小説を思わせる巧みな文章で綴られた連作の短篇小説。
しかし、絵画的で描写の素晴らしい淡々とした文章は、反面感情移入しづらくもあった。
 それでも日本人作家を感じさせない文体は秀逸で、評価の低さはただただ読解力に難がある読み手の僕に問題があると理解していただきたい。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★☆☆
 「人の心が読める能力」というのは、読まれる方にとってはもちろん、読む方にも多大な苦しみを与えるものなのだ、というのは、SFやアニメ、コミックを嗜んでいれば常識であります。だから、その程度では俺を驚かすことはできませんぜ、と帯を見て、挑戦的な気分になりつつ読み始めました。

 時代は、特に明記されている訳ではないけど、散見する歴史用語からおそらく20世紀初頭。帝国主義の台頭に伴い、国家間で繰り広げられる暗闘に、否応無く巻き込まれる超能力者たち。

 各短編が、おそらく意図的にだろうけど、時系列をバラバラにして並べてある上、前作と繋げて読まないと全容が把握できない構造になっているのが、読んでて非常に混乱します。でもこの混乱そのものが、登場人物たちが時代に翻弄されていくさまとリンクしているのかもしれない、と、深読みしてみたよ(誤読だろソレは)。

 雰囲気はいいけど、読者を選ぶタイプの小説かと思います。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
まるで翻訳ものを読んでいるような気がした。
日本人が書いたとは、とうてい思えない不思議な何かがあった。
舞台はヨーロッパ。
ある特別な感覚を持つがゆえに、踏みこんでしまったもう一つの人生のゆくえ…。

はじめはさらりと読んだつもりだったが、二度、三度目になると、じわりじわりと沁みこむような心地よさのある文体だ。
例えば、母親を回想するシーン。
「母親の頭の中が、どれほどたくさんの雑多なもので一杯になっているかに、グレゴールは時々驚いた。
台所に引いた井戸水の蛇口からぽたぽた垂れる水のこと、日照りの葉っぱが黄色くなりかけている裏庭の果樹のこと…」
ここの部分を読みたいがために、本を開きたいとそう思わせる。
そういう箇所がいくつもあった。

この作品が『天使』の続編と聞けば、いくら読みたい本が山積みであろうが、いち早く読みたいと思う。ふぅ、幸せ。

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