WEB本の雑誌今月の新刊採点【文庫本班】2007年7月の課題図書 文庫本班

夜愁(上・下)
夜愁(上・下)
サラ・ウォーターズ (著)
【創元推理文庫】
税込924円
2007年5月
ISBN-9784488254056

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  荒又 望
 
評価:★★★★☆
 終戦前後のロンドンに暮らす男女を描いた群像劇。彼らがこれまでに辿ってきた道のりが、時をさかのぼりながら綴られていく。
 主人公は、人。いや、たいていの小説はそうなのだが、改めて強調したいほど、人が濃密に描かれている。ひそやかではあるけれど、ずっしりくる。正直なところ、始めのうちは退屈気味だった。しかし、それぞれの過去が明かされる中盤から、加速度的に緊張感が増していく。彼らが背負っているもの抱えているものが残酷なまでにえぐり出されていて、目を背けたくなる場面もある。それでも物語から離れられず、圧倒されるままに読み終えた。この過去が、淡々と描かれていた現在につながっていたのだと気づき、もういちど最初から読み返したくなった。巧みな構成だ。
 「ひどい仕事だろう? 埃だらけだ。前の戦争とは違う。あの時は泥だらけだった。次の戦争はどうなるかね。灰だらけかもしれないな」―爆撃を受けた家屋の被害状況を調べる建築家がこう言う。ほんのちょっとした場面なのだが、不吉な予言のように思えて、なぜか心に焼きついた。

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  鈴木 直枝
 
評価:★★★☆☆
 人物相関図に苦慮した。映像だったらもっと楽しめただろうにと思う反面、第二次世界大戦後のロンドンの夜更けの湿度や埃っぽさや閉塞感は、やはりページを捲るごとに、共感し感情移入できた部分も多いと思う。
 1947年のロンドンに始まり時を遡り1941年年のロンドンで終わる。身を粉にして市中を駆け回る消防隊員、自分は洗練されていないという劣等感を持つ福祉局員、本当は弁護士秘書になりたかった受付嬢、魔術師になりたかった元囚人、同じ牢屋で過ごし今は新聞記者をしている者…平和、今よりも少しだけ上の幸せ、爆弾の心配をしない夜、安心して新聞をよむことの出来る朝、彼等が望むのはそんな有り体の日々だった。けして明るい小説ではない。だからこそ、「ああなんてすばらしい気分なのかしら。実行が可能だと知っただけで」「あの娘はチャンスに賭けたかったのよ。決めるのはあの娘で私たちじゃない」という人々の夢に満ちた言葉が心を惹く。秀逸と思うのは刑務所看守の優しさだ。夜半の見回りの時、囚人たちを起こさないように静かに歩き、悩みの大きさに寝付けない囚人を分別できる。皮肉にも、刑務所が、その人間のいちばんいい時と悪い時を見ることができるらしい。
 時間を経て繰り返し読みたい書に出会えた。

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  藤田 佐緒里
 
評価:★★★★★
 第二次世界大戦後の世界って、どんなんだったんだろう。爆弾がバンバン落ちてきて、人がたくさん死んで、焼け野原になった世界のところどころで、人はどうやってどんなふうに生きていたんだろう。私は、どうやって世界が今の状態にまで回復したか、ということはもちろんなんだけれどそれよりも、どうやって人々がそれを通り越えてきたのだろう、ということの方を知りたいような気がします。
 『夜愁』は、第二次世界大戦後の1947年ロンドンが舞台。それこそ、私の想像にも及ばないような世界に生きる人たちをガッツリ描いたストーリー。この小説の主人公は5人くらいいて、それぞれいろんな悩みを抱えている。たとえば、屋根裏で一人で暮らしているケイは孤独にさいなまれているし、ジュリアと同棲しているヘレンは嫉妬に心を焼かれている。戦争が終わったばかりで、戦争があったから結びつきあったような主人公たちなのだが、今と悩みは何ら変わらず、それぞれが今と同じようにそれぞれの心に振り回されながら生きていた、ということが炙り出されている。とても夜の雰囲気の強い作品で、その主人公たちの背景に流れている空気感のようなものがまさに「夜の哀愁」という感じでした。圧倒的な言葉の綴り方の上手さには感嘆するほかありません。  出しているのは創元推理文庫なんだけれど、あえてジャンルに分けるとミステリではないのかも。でもちょっとした謎のようなものが散りばめられていて、上下巻の分量でもどんどん読めてしまう、やはりさすがはサラ・ウォーターズ! という一冊でした。

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  藤田 万弓
 
評価:★★★☆☆
戦時下のロンドン。戦時下、さらに群像劇であるということからにぎやかで激しい調子を予想すると、そこに広がる静謐さに驚く。
日本語タイトルはこの本全体の雰囲気をよくあらわしていると思う。特徴としては時間軸が逆に進んでいくこと。
だんだん過去に遡っていく。戦時下の物語は日本のものでもたくさんあるものの、この静けさはどうしても英国の香り漂うように感じる。それにしても同性愛の描写がじつに正面からなされている。本書はミステリーではない。時間が遡ることで発掘感はあるけれど謎解きというものではない。この静けさの中読み留まらなかったのはこの同性愛のシーンに惹きつけられたからかもしれない。裏を返せばそれがなければ途中で放棄しかねないほど慎重に書かれているということだ。しかし最後までついつい読み進めてみれば最後に至った後、また始めに戻ってみたくなる。さすがはブッカー賞最終候補。

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  三浦 英崇
 
評価:★★★☆☆
 自分の人生を振り返ってみると、おそらく18歳くらいが頂点で、後はただひたすらダメになっていく一方な気がします。だから、現在を起点にして、その要因になっている過去、という風に遡っていくと、昔の方が輝かしく見えて仕方ない故に、思い出している内容は幸福なのに、見ていて非常にもの悲しい、という事態に陥りがちです。この小説を読んでいると、同じような、いたたまれない想いに駆られてなりません。

 第二次世界大戦の終焉から2年後を起点にして、次第に遡り、終章は戦時中、というこの作品の構成は、時代背景こそ、平和を取り戻していながら、登場人物たちはかえって、戦時中の方が生き生きしているように見えます。「昔は良かった」に収束するのは安易ですが、人間、大きな不幸に見舞われている時の方が、かえって他者を思いやり、助け合って生きていけるのではないか、と思うことしきりです。

 戻れるものなら、今すぐ「あの日」に帰りたい。

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  横山 直子
 
評価:★★★★★
たった数年で、こんなにも人生の状況が変わってしまうのか…と大きなため息をついた。
舞台はロンドン、第二次世界大戦中からその後の数年間。
時代の流れに翻弄されたいくつもの人生、物語は現在から過去へ、ゆっくりとさかのぼって展開していく。

上巻、下巻と読み進むうちに、登場人物たちにはこんな過去があったのか、こんな出会いがあったのかと知るたびに、また上巻から読まずにはいられなくなる。
出会いが偶然であれ、一目ぼれであれ、その始まりを目の当たりにすると、しみじみ人生の不思議に驚かされる。
みんなそれぞれがが今いる場所で、時にはなげやりになりながらも一生懸命生きる姿に胸を打たれる。

「あなた、幸せじゃないの?」
「幸せ?」
「わからないわ。でも幸せな人なんている? 本当に幸せな人、って意味よ。みんな幸せなふりをしているだけじゃない」
このセリフにガツンときた。

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