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メタボラ
桐野 夏生 (著)
【朝日新聞社】
定価2100円(税込)
2007年5月
ISBN-9784022502797
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
小松 むつみ
評価:★★★
沖縄に行ったこともなければ、ワーキングプアと呼ばれる若者たちの生態も良く知らない。もしもこのメタボラがその実態を真実に近く描いているとすれば、どちらも、沖縄もワーキングプアも、なんだか未来が見えず、溜息ばかりが繰り返されるような疲弊感と閉塞感にあがいている。 桐野氏の作品に明るい未来なんて感じたことはあまりないが、それにしても、出口のない迷路をさまようような長編に、読後にはやり場のない疲労感が残った。
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神田 宏
評価:★★★★★
ジャック・ケルアック『路上』。ジム・ジャームッシュ『ストレンジャー・ザン・パラダイス』。ロードノベル、ロードムービーと呼ばれる作品に描かれた根無し草的放浪を続ける若者たち、古くはヘミングウェイのニック・アダムスのようなロスト・ゼネレーションと呼ばれる若者の刹那的な、時に生き急ぐかのような焦燥感に満ちた生き方。そんな作品に日本で出逢えないことには半分諦めていた。が、本作品はそんな諦念を吹き飛ばすような、おそらく初めて(私が知る範囲で)日本を舞台にした日本語による本格ロードノベルだ。舞台は沖縄。放浪するは根無し草的バックパッカーたち。ヤンバルの森の暗闇を彷徨う記憶を失った「ギンジ」に出逢った宮古出身の「ジェイク」。「おいら、だいず、驚いたさー。ほら、夜の山ってはごいから、何かに出くわすんじゃないかって、おっかなびっくり歩いているわけさー」と運命的に出逢う二人。「ギンジ」は失われた過去から、「ジェイク」は自由を求めて故郷から逃げる。こうして二人の生き急ぐかのような放浪が始まった。文無しの二人が身を寄せるのはコミューンめいたゲストハウス。そこにはバックパッカーたちがたむろしていて、怠惰に暮らしているのだった。やがてホストとなった「ジェイク」。ゲストハウスの主人の選挙活動を手伝う「ギンジ」。二人の道がわかれはじめるが、「ギンジ」の身の毛のよだつような過去の闇が甦り、ホスト=「ヨルサクハナ」(夜咲く花)の闇が「ジェイク」の心を穿つ。二つの闇があのヤンバルの闇のように逃げおおせないものとして二人を結びつける。更なる逃避を企てるべく輝く海へと急ぐ二人だったが……
「ギンジ」と「ジェイク」二人は現在に甦ったケルアックとニール・キャサディなのだ。
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福井 雅子
評価:★★★★★
過去を失った青年と過去から逃げている青年が沖縄で出会い、それぞれが新しい自分になるためにもがき、逃れられない過去と過酷な現実の間で苦しむ。
また今回も、すさまじい救いようのなさである。現在の日本社会の病巣をこれでもかとばかりにえぐり出し、いつもながらの上手すぎるストーリーテリングで、若者たちをとりまく過酷な現実を恐ろしくリアルに描き出している。追い詰められた挙句、些細なきっかけで自殺を決行してしまう自殺志願者たちや、搾取され続けて社会の底辺を漂流するしかない若者たちの姿は、実に説得力がある。上手いからよけいに怖く、どうしようもなく哀しくなる。沖縄が抱える地元と移住者の問題なども織り込まれ、ただの舞台ではなく物語を動かす原動力の一つとして沖縄という土地がうまく使われていることが、作品に厚みとリアリティをもたらしている。沖縄のまばゆい太陽の光の下で、救いようのない暗い現実が一層強調されて、余計に哀しく感じられた。
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小室 まどか
評価:★★★★★
記憶を失い、何かから逃れようと走る「僕」が、理解不能な宮古訛りで話す「昭光」と出会う悪夢のように重苦しいジャングルから一転、二人が明るい未来を思わせる開けた海岸にたどり着き、これまでの自分を捨て、「ギンジ」「ジェイク」として生きることにする冒頭が圧巻。
表題は、都市を新陳代謝によって成長する生物体ととらえる建築運動、「メタボリズム」に由来するらしい。のんきで心癒される楽園の裏に開発やら基地やら移住者やらの問題を抱える沖縄、誰も深く関与してくることなく孤立した住居やビルが立ち並ぶ東京、曇天に覆われたさびしい過疎地に工場が作られる柏崎――ギンジの旅路をたどると、人が都市や建築を作る一方で、土地が人格の醸成に一役買う側面もあると感じる。
何も持たず、過去すらないことに苦しむ一方でその影に怯えるギンジと、恵まれた環境にありながら一番ほしいものは手に入らず、過去を捨てて気ままに暮らしたいジェイクが惹かれあうのは、新しい自分を希求している点では同じ、陰と陽のような関係だからだろう。新陳代謝によって古い細胞が剥がれ落ち新しい細胞が生まれても、「自分」は持続する。二人に象徴される「自分殺し」をしつつ漂流する若者たちの姿を遠慮なく抉り出しながら、突き放したような幕切れを迎えるのは、そんな残酷な事実にまともに対峙する時間を与えるためかもしれない。
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磯部 智子
評価:★★★★
イタタタな日本の風土にグッと根ざしていて、ひたすら身につまされた。帯には自分探しならぬ〈自分殺し〉の旅とある。舞台は沖縄、記憶喪失でナイチャーの〈僕〉が、宮古島出身のアキンツ(昭光)と出会う。アキンツも何やら訳有りらしく、その彼に僕は「ギンジ」と言う名前をつけてもらい、新生児のように全くゼロの状態から「今」を生き始めるが、そこは、社会の底辺や隙間で浮遊する若者たちがうごめいていた。彼らを惹き付けるボランティア団体の「教祖」や、政界入りを目論むゲストハウスの経営者など、すぐ隣にも居そうな胡散臭い人間が、次から次へと登場する。身元保証が無い人間が雇用されるのは、厳しい肉体労働やタコ部屋のようなホスト稼業。この状況で底をうったと思ったのも、ギンジが記憶を取り戻すまでだった。ここから彼のもっと過酷な人生が語られる。ワーキングプア、それはもう本人次第などといった段階ではないところにまできているのか。日本と言う泥舟に、お前も一緒に乗り合わせているのだと、読み手を絡め取り離さない、底なし沼のような小説だった。
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林 あゆ美
評価:★★★★
冒頭から597頁まで一気読ませる吸引力は、今月読んだ本の中でピカイチ。
〈僕〉は山の中でひとり逃げていた。何から逃げていたのかもわからない。記憶もなくしていた。山で出会ったアキンツ(のち、ジェイクと名乗る)からギンジという名前をもらい、アキンツと共に山から下りる。無一文ゆえ、綱渡り式になんとか毎日を過ごし、小金を貯めて一般社会にとけこんでいく。アキンツの物語、ギンジの物語が並行して語られ、現在に交わる。沖縄を舞台に、アキンツの宮古の方言たっぷりに。
親離れ、子離れ、自分探し、生きていくうえでのキーワードがてんこもりに展開されていくのに、しがみつくように読んだ。わかりたくないけれど、それぞれの事情ある人生に納得してしまう。だれもかれもこうしかなかったという道のりが切なく痛い。
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