年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月のランキング>福井 雅子

福井 雅子の<<書評>>
※サムネイルをクリックすると該当書評に飛びます >>課題図書一覧
Self-Reference ENGINE 正義のミカタ―I’m a loser メタボラ 生還者 きみのためのバラ みずうみ 古本暮らし 囚人のジレンマ 20年後 百歳の人―魔術師

正義のミカタ―I’m a loser
正義のミカタ―I’m a loser
本多 孝好(著)
【双葉社】
定価1575円(税込)
2007年5月
ISBN-9784575235814
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★
  酷い「いじめ」にさらされ続けた亮太が、大学に入ってひょんなことから入部することになったのは「正義の味方研究部」という奇妙な部だった。学内の悪を懲らしめる仕事にやりがいを感じる亮太だったが、次第に違和感を抱き始める。
 いじめやリストラが横行し、もはや真面目にこつこつ努力しただけでは乗り越えられない社会的格差の壁が確立しつつあるこの国の現状を提示してみせ、「それでもあきらめたり自暴自棄になったりせずに頑張ろうよ」というメッセージを発する青春小説なのだが、正義の味方研究部の先輩たちの活躍がコミカルで面白く、明るく楽しく読める。だが、この本が奥深いのは後半、主人公がその先輩たちのやり方に違和感を抱き始めるところからだ。人間は、みんなが正義を振りかざして正しい道を切り開いていけるほど強いわけではないし、間違えることだってある。この作品は、弱いところもあり間違えることもあるふつうの人間でもやり方はあるんだよ、と語りかけてくる。押し付けがましくなく、隣でそうっと励ましてくれるようなやさしい感じに、ほっと心が和む。

▲TOPへ戻る


メタボラ
メタボラ
桐野 夏生 (著)
【朝日新聞社】 
定価2100円(税込)
2007年5月
ISBN-9784022502797
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★★
 過去を失った青年と過去から逃げている青年が沖縄で出会い、それぞれが新しい自分になるためにもがき、逃れられない過去と過酷な現実の間で苦しむ。
 また今回も、すさまじい救いようのなさである。現在の日本社会の病巣をこれでもかとばかりにえぐり出し、いつもながらの上手すぎるストーリーテリングで、若者たちをとりまく過酷な現実を恐ろしくリアルに描き出している。追い詰められた挙句、些細なきっかけで自殺を決行してしまう自殺志願者たちや、搾取され続けて社会の底辺を漂流するしかない若者たちの姿は、実に説得力がある。上手いからよけいに怖く、どうしようもなく哀しくなる。沖縄が抱える地元と移住者の問題なども織り込まれ、ただの舞台ではなく物語を動かす原動力の一つとして沖縄という土地がうまく使われていることが、作品に厚みとリアリティをもたらしている。沖縄のまばゆい太陽の光の下で、救いようのない暗い現実が一層強調されて、余計に哀しく感じられた。

▲TOPへ戻る


生還者
生還者
保科 昌彦(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103044710
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★★
 山奥の旅館で土砂崩れに遭って生き埋めになり、4日後に救出された7人の「奇跡の生還者」たちが、ひとり、またひとりと謎の死を遂げるサイコ・サスペンス。
 私の苦手な怖いものシリーズ……とおっかなびっくり読み始めたが、怖いけれど続きが気になってどんどんページをめくり、気づいたら一気に読み終えていた。巧みなストーリーテリングと、ミステリーと言っても過言ではない構成に、読者は作品の中の闇に一緒に引きずりこまれていく。ラストの展開には個人的にはやや拍子抜けしたが、ここまで作品を引っ張ったストーリー構成は十分評価できると思う。ただし、閉所恐怖症または「閉所」や「闇」にトラウマを持つ人には絶対にお薦めできない。それどころか、書店で手に取ることもやめたほうがいいと忠告したくなる。理由は、表紙が一番怖いから!

▲TOPへ戻る


きみのためのバラ
きみのためのバラ
池澤 夏樹(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
2007年4月
ISBN-9784103753063
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★
 メキシコの駅のホームでトランクに腰掛けてたたずむ混血の美少女との出会いを描いた表題作をはじめ、世界中の旅先で遭遇する8つの小さな出来事を切り取った短編集。
 旅に出て日常生活から離れたところで出会う人や物や物語が、時として鮮烈な印象を残すことがある。あるいは雲間に差し込む一筋の光のように、旅の途中で突然「大切なものは何か」が見える瞬間がある。本書はそんな出来事を切り取った短編集である。一見ありふれたエピソードのようだが、旅人の心に残るように読者の心にも鮮やかな印象を残す。そして、旅先の風景を描写する、池澤夏樹ならではの哲学的とも言える視点が、物語に重厚で深みのある味わいを加え、かけがえのない邂逅を美しく描き出している。旅先で撮影したスナップ写真をもとにエッセイを綴った、フォトエッセイ集のような印象を残す本である。

▲TOPへ戻る


みずうみ
みずうみ
いしい しんじ(著)
【河出書房新社】 
定価1575円(税込)
2007年3月
ISBN-9784309018096

商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★
 不思議な物語である。第1章では湖のほとりの村で、月に一度コポリコポリと湖の水があふれだすのにあわせて、家族に1人いる眠り人の口からも水があふれ、遠い昔の風景や出来事を語りだす。第2章では体から水かあふれだすタクシー運転手の話、第3章ではある夫妻の妊娠と死産の話が綴られてゆく。
 共通するのは「水」。それも潮の満ち引きのようなダイナミックなリズムに左右されつつ変幻自在、胎児を守る羊水であり生命の源でもある「水」である。何かを強く訴えるような書き方ではなく、3つの趣の違うストーリーが淡々と語られるため、解釈はいろいろだと思うが、満ちたり引いたり時には思いがけないものが浮かんできたりする「みずうみ」は、人間の「意識」のメタファーのように感じられた。第1章の素晴らしく独創的な世界と、時々挿入される水の音が作り出す不思議なリズムが、とても魅力的である。

▲TOPへ戻る


古本暮らし
古本暮らし
荻原 魚雷(著)
【晶文社】
定価1785円(税込)
2007年5月
ISBN-9784794967107
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★
 何よりも本が好きで、散歩は古本屋巡り、生活費を切り詰めても本を買い、心の針がふりきれるような本との出会いを求めて「愉しく、辛く、幸せな古本暮らし」を送る荻原魚雷が徒然に綴る古本エッセイ。
 著者が古本暮らしで出会った数え切れないほどの本の中から、いろいろな作家の言葉が引用されていて、読み進むうちに、著者は現代の我々がいる世界ではなく、かつて文壇を賑わせた作家たちのいる世界の住人のような気がしてくる。さしずめ、時空を超えてやってきた古本屋巡りの案内人というところだろうか。文章は本への愛情が満ち溢れ、そこに描かれた古本屋巡礼を日課とする生活は、質素ながらも幸福感が漂う。古本屋巡礼生活と聞いて「うらやましい!」と思う本好きの方は、このエッセイにもきっと共感できるはず。是非一読を。

▲TOPへ戻る


20年後
20年後
オー・ヘンリー(著)
【理論社】
定価1260円(税込)
2007年4月
ISBN-9784652023716
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★★
 「20年後の同じ日、同じ時間にここで会おう……」親友と交わしたその約束を果たしにやってきた男を待っていたものは? という表題作をはじめ、9つの短編を収録した珠玉のショートストーリー集。
 オー・ヘンリーといえば、言わずと知れたショートストーリーの名手。でもその作品が生み出されたのが19世紀後半から20世紀初頭にかけて、日本で言えばやっと江戸時代が終わって明治維新を迎えた時代であるという事実を知れば、驚く人は少なくないのではないだろうか。それくらい、古さを感じさせない「生きた作品」ばかりである。上品でウイットに富んだ極上のユーモアに触れ、百年たっても読み継がれるホンモノの力を感じることができる一冊。和田誠氏の挿絵も、軽妙なタッチの文章にマッチしていて、親しみやすいイメージを生み出している。

▲TOPへ戻る


百歳の人―魔術師
百歳の人―魔術師
オノレ・ド・バルザック(著)
【水声社】
定価3150円(税込)
2007年4月
ISBN-9784891766368
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

 
評価:★★★
 バルザックが若かりし頃に書いた流行小説で、バルザックの全作品の中でもやや異色の作品。謎めいた不死身の老人を軸に怪奇、幻想を盛り込んだゴシック風の物語。
 ゴシック調の時代がかった雰囲気を楽しもうと読み始めたが、物語としても十分に楽しめる内容だった。構成が入れ子状になっていてややわかりにくい部分もあるが、翻訳が新しいため、とても読みやすい。大衆小説的筋書きながら、人物の描写やストーリーテリングに才能の片鱗が感じ取れ、たとえこれがバルザックの作品だと知らずに読んだとしても、大衆小説として読み捨てられるには惜しいという思いは確かに残るだろう。作品の完成度は決して高くないように思うが、後の大作家につながる才能のきらめきを拾いながら読む楽しみがある作品。

▲TOPへ戻る


WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月のランキング>福井 雅子

| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | お問い合せ |

Copyright(C) 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved