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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年7月の課題図書ランキング

みずうみ
みずうみ
いしい しんじ(著)
【河出書房新社】 
定価1575円(税込)
2007年3月
ISBN-9784309018096

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  小松 むつみ
 
評価:★★
 すべての根源としてそこにある水は、けして湧き水のように冴えわたる冷たさではない。生あたたかい。川のように流れるのではなく、静かにたゆたっている。その中で時代も場所も異なる3つの世界の物語が交差する。生命と自然の象徴としての、水のイメージが全編をつつみこむ。眠気に誘われるほどの退屈さ、いや、心地よさである。  いしいしんじは、現代の宮沢賢治になろうとしているのかもしれない。  宮沢賢治がいささか苦手な私には、正直手に余るが。

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  川畑 詩子
 
評価:★★★★★
 読みながら、水があふれるイメージが常に頭を離れなかった。全3章。それぞれの章は、明らかに共通のモチーフがあるのだが、つながりはとてもゆるいように感じる。そのゆるさが心地よく、しかもどこか不安な気持ちにさせる。心地よくて少し寂しい旋律を持った変奏曲のようで、何度も繰り返し読みたくなる作品だ。
 風景を見るときのような感覚を、文章でもって再現しようとしたのかとも思う。「聞き手には最初からすべてが与えられ、そこに話の細部もあらかじめ含まれて」いるように聞こえる声や、それに似たエピソードも印象的だったので。しかし、この本については何かと解釈をつけたくなるのだが、気をつけないと。なにしろ「みずうみ」の村では、分かった風な口をきくと透明な体の老婆に口の端をつねられてしまうのだから。

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  神田 宏
 
評価:★★★★
 幻想的で寓意に満ちた不思議な物語。湖畔の村に住む「ぼく」は「眠り小屋」で眠り続ける兄に、湖に語りかける「エーウーアー オーエー」「レーイ、レーイ」。やがて、(コポリ、ポコリ)と透明な水と共に溢れ出す、遠くの国の風景や出来事。吐き出された水は滾々とあふれ出し、やがてその水が引くと鳥かごやらアコーディオンやらがらくた然としたものが残される。そんな不思議な世界を描く第1章。第2章ではタクシーの運転手が口からやはりがらくた然としたものをごとりと吐き出し、体から「アウイー オーエー」という音と共に水が滾々と溢れ出す。娼婦との性交を通じて男の体は水となって膨らんでゆく。そして作家本人と思しき「慎二」とその妻「園子」そして友人の「ボニー」と「ダニエル」の体験を描く私小説めいた第3章。ここでも(コポリ、ポコリ)と水の音が響く。そして水だけでなく「木彫りの鯉」や「帳」、「ジューイ」と呼ばれる動物などがすべての章を通じて現われる。水というメタファーを通じて記憶や時間を遡行する不思議なそして心の深層に訴えかける作品である。

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  福井 雅子
 
評価:★★
 不思議な物語である。第1章では湖のほとりの村で、月に一度コポリコポリと湖の水があふれだすのにあわせて、家族に1人いる眠り人の口からも水があふれ、遠い昔の風景や出来事を語りだす。第2章では体から水かあふれだすタクシー運転手の話、第3章ではある夫妻の妊娠と死産の話が綴られてゆく。
 共通するのは「水」。それも潮の満ち引きのようなダイナミックなリズムに左右されつつ変幻自在、胎児を守る羊水であり生命の源でもある「水」である。何かを強く訴えるような書き方ではなく、3つの趣の違うストーリーが淡々と語られるため、解釈はいろいろだと思うが、満ちたり引いたり時には思いがけないものが浮かんできたりする「みずうみ」は、人間の「意識」のメタファーのように感じられた。第1章の素晴らしく独創的な世界と、時々挿入される水の音が作り出す不思議なリズムが、とても魅力的である。

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  磯部 智子
 
評価:★★★
 前作『ポーの話』もそうだったが、いしい作品は寓話で綴られ、どこか作家にたどり着けないもどかしさがあった。直接書けない何をどう置き換えているのか、ポーでは「うなぎ」が象徴的につかわれていた。三章からなる本作では、全く別々の物語でありながら、貫通するひとつの「みずの流れ」を感じる。先ず第1章の、みずの中で「眠りつづけるひと」は、永遠に母親の胎内、羊水という安全地帯で守られる人の様であり、月に一度「コポリ、コポリ」とあふれ出す湖水にも、彼らの口から語られる風景や出来事にもそれぞれ「何か」を見出すことが出来る。第2章は、体から水が溢れ出すタクシー運転手の話。何れも強い生命力への渇望を感じ、最後の第3章、作家自身を思わせる、松本に住む「慎二」「園子」夫婦の話に至ると、これまでは無かった、むしろたじろぐほどの具体性を一部に持ち始める。この小説が作家の転機になるのかどうかは判らないが、作家が読み手と「イメージを共有するだけ」の関係から新しい展開、実感としての喪失と再生を問いかける一歩を踏み出す、そんな可能性を期待させる小説だった。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★
 コポリコポリという不思議な擬音が効果的に物語に沁みていて、いしい節で語られるふつうの生活にある異世界の輪郭になっている。
 人気サイトである作者の「ごはん日記」(新潮文庫におさめられている)でも、つねに独特のことばと音で日常が綴られているが、本書はその日記がぎゅうっと小説語に変換されたように思えた。
 眠り小屋で眠り続ける二番目の兄さんが出てくる第一章、伸び縮みする時間の中で働くタクシー運転手の第二章、第三章では作者と同じ名前の慎二が登場する。ひとつひとつは独立しているけれど、コポリコポリという音でつながっている。日常から少し離れた世界がごく自然にリアルに存在し、物語が存在感をもって読み手の前にあらわれる。第三章はいままでの、いしいワールドと違う角度からの視点がみえた気がした。

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