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マジック・フォー・ビギナーズ
ケリー・リンク(著)
【早川書房】
定価2100円(税込)
2007年7月
ISBN-9784152088390
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
川畑 詩子
評価:★★★★☆
話上手な人の語りを聞くような面白さ。しかも決して安っぽくなく、どことなくエレガントですらある。
「石の動物」。郊外のマイホームを手に入れた時から、一家は調子が狂い始める。壁を塗り替え続ける妻。朝まで続く残業の連続。うさぎの大量発生。悪夢の中をもがいているようなもどかしさ。「しばしの沈黙」で登場する果樹園の中の家もそんな雰囲気に支配されている。妻が、地下室や屋根裏で何かひたすら作業をしている。このお話は、話の中にまたお話がある入れ子構造で、いっそう強く、方向感覚を狂わされる感じだ。
その他には「猫の皮」や「妖精のハンドバッグ」のように、民話的で、スケールの大きなほら話が楽しめる作品もあった。
ラストはいずれも、道に迷ったような心細さを感じた。ピカピカの電灯に四六時中照らされたコンビニにも、奇妙な空気は存在しうる。暗闇は無くとも、現代には現代なりの不思議な物語があり得るのだ。
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神田 宏
評価:★★★☆☆
バルデツィヴィルレキスタンという祖母がかつて住んでいた国が丸ごと入ったハンドバッグ。ゾンビが訪れるコンビニ。死者との離婚協議。そういった荒唐無稽の物語が、パズルのピースの一つのように日常にはめ込まれた不思議な世界を描いた短編集。アメリカの典型的な地方都市を舞台に、異界がすぐそばにぽっかり穴を開けたかのような、不気味さが漂う、しかもそれが、本当に世界を構築するには必要な異界のように感じさせるところが著者の巧さなのだろう。異質を内包するこの世界の混沌とした不気味さ。
しかし、最近、翻訳本の新刊に、こうした幻想的なものが多く正直、食傷気味である。やや消化不良を起こしたかのような読後感が残った。
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福井 雅子
評価:★★★☆☆
15歳の少年ジェレミーが、大おばから相続した電話ボックスに電話をかけていると、誰もでないはずの電話にある晩、大好きなテレビ番組の主要キャラクターがでて、彼女の願いを受けてジェレミーは「本を3冊盗んで電話ボックスに持っていく」ための旅に出る──という表題作を始め、展開の読めない奔放な9作品を集めた短編集。
ファンタジーあり、SFあり、ホラーありで、この先何が起きるのか予測させない、あるいは予測をあえて裏切る方向に物語は進んでゆく。荒唐無稽ではある。ただ、予測を裏切るストーリーなら何でもよかったわけではなく、この展開は著者がこだわりを持って創作したものであることが感じ取れる。それが、センスとか才能と呼ばれるものなのかもしれないが、その結果、荒唐無稽なストーリーは決して馬鹿馬鹿しくはならない。ハチャメチャでもなぜか納得できる作品なのである。
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小室 まどか
評価:★★★★★
なんと素敵なお話の詰まったバッグをみつけてしまったのだろう! この短篇集の性質は、ある意味、一話目の「妖精のハンドバッグ」に集約されているといえるかもしれない。あるときは日常をよそおい、あるときは不思議な国に誘われ、またあるときは恐ろしい世界に脅かされる――。作者のイメージはゾフィーそのもの。すなわち「世界最高の嘘つき」である。
いい歳をした大人が、まるで子どもが眠りにつく前のお話をせがむように、キラキラと目を輝かせて、夢中で物語の世界に落ちていってしまう。ファンタジーなどという言葉では表現しきれない不思議な魅力を、訳者は登場人物の奇妙な他者性と物語世界がじわじわと醸し出す現実味に帰しているが、こればかりは体感してみないとわからない。ひねた大人さえ予期できない物語の行き先、迷わず飛び込んでみるべきである。
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磯部 智子
評価:★★★★☆
ステレオタイプに陥り身動きが取れなくなったアメリカの小説の定型を打ち破り、新しい展開をみせる書き手の一人……だと分かってはいるのだが、そう簡単に読みこなせる小説ではなく、感想を書くのが難しい。一回読んだぐらいでは、これは一体なに?というものも多い。祖母と孫娘の関係、田舎への引っ越し、夫婦の危機、TVドラマなどが入り口になり、そんな日常と同じ地平にいながら(いるつもりで)読んでいると、どこまで連れてこられたのか全く解らなくなってしまう。『大いなる離婚』の書き出しは「昔々、妻が死んでいる男がいた」。これは生者と死者の間の離婚問題であり、そもそも生者が死者と結婚する習慣は「つい二十年前」に生まれたばかりだと言う。彼らの間には「死んでいる子供」が三人もいるため、事はより厄介であり、彼らは霊媒を通じて離婚の話し合いを行う。ここで、あっけにとられるのは、この奇想の意味がパロディではなく、全く新しい現実を作り出していること。リンクはアメリカの家族の理想像と型にはまった反抗など起こりうる同じ問題を、違う時空で描いていて、そこは納得の行く結論を求めてジタバタもがいてもどうにもならない新しいアメリカのように思える。この魅力あふれる不思議な世界は、是非読んで確かめて欲しいと言いたい。
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林 あゆ美
評価:★★★★★
一読して、ケリー・リンクの描く世界にどっぷりはまった。このおもしろさを、どの言葉で表現できるだろう。
ファンタジイは往々にして長編になる。世界観を緻密に描いてこそリアリティと深みをもつジャンルだ。しかし、リンクは、摩訶不思議なファンタジックな世界を描くために、濃密な言葉を軽やかに使い、短い作品でも長編を読んだ充足をもたらす。
「妖精のハンドバッグ」は、代々の家宝であるハンドバックの持ち主ゾフィアおばあちゃんの話。バッグの中には妖精が住んでいて、ゾフィアおばあちゃんは定期的に図書館の本をバッグにいれて妖精たちに手渡す。その中では時間の流れがちょっと遅い。浦島太郎の玉手箱みたいに、一晩をバッグの中で過ごすと、外の世界では20年経っている。こういうハンドバッグは現存する。だから、物語に書いてあるように「こんな話を信じないように」という言葉を信じてはいけない。「ザ・ホルトラク」には、人間だけでなくゾンビ御用達のコンビニが出てくる。「大いなる離婚」では生者と死者が結婚したり離婚したりする。どの話も日常と非日常が混在し、不思議に共存していて、たまらない魅力になっている。
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