『デカルトの密室』

  • デカルトの密室
  • 瀬名秀明 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込820円
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評価:星3つ

「犬が人を噛んでもニュースにならない。でも、人が犬を噛んだらニュースになる。」ということわざがある。ではこの関係を、人とロボットに置き換えてみると、こうなる。「人がロボットを壊してもニュースにならない。でも、ロボットが人を殺したらニュースになる。」だから、マイケル・クライトンの小説を原作とした『ウェスト・ワールド』や、ウィル・スミス主演の『アイ、ロボット』など、ロボットの殺人は映画などで取り上げられてきた。最も有名なのが、スタンリー・キューブリック監督作『2001年宇宙の旅』だろう。ロボットの殺人を取り上げた本作にも、『2001年〜』は登場する。世界的な人工知能コンテストに参加するためメルボルンを訪れていた尾形祐輔は、プログラム開発者の中に、10年前に亡くなった天才科学者・フランシーヌ・オハラという名前を発見する。そして何者かに拉致された祐輔を救うため、ロボットのケンイチは、フランシーヌを射殺する。だがこの事件には裏があって…というミステリータッチのSF。複数の「ぼく」が語り手を務めることで、読者はいくつもの視点から、何度も物語を見直さなければならない。かなり頭を使うし、論理的なことも出てくるので、軽くは読めない。

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『どちらでもいい』

  • どちらでもいい
  • アゴタ・クリストフ (著)
  • ハヤカワepi文庫
  • 税込714円
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評価:星2つ

短編が難しいのか、彼女の作品が難しいのか、読み終わった後で考え込んでしまった。もともと短編が嫌いではないので、たぶん、感情表現を書かない彼女の作風に戸惑ったのだろう。読み手がその空白部分を自分で想像できる、という楽しみ方もあるが、もう少し情報が欲しいと感じた。例えば、何人かの会話と独白で成り立っている表題作だが、喋っている人を特定する情報もなく、「ばらばらの会話がどうつながるの?」と悩んだ。だが、具体性を排除したために、「どこかの誰かに起きたこと」として切り離して読むのではなく、「自分にもあり得る事」として共感する人もいるだろう。また、息子が恋人を連れてきて、三人で暮らす事になる『母親』では、「女ふたりで食事をするとき(p128)」娘が「悲しげな、打ちひしがれたような目(同上)」をする、と書かれている。息子との間に問題があるのか、それとも母親との暮らしが嫌なのか。どっちだろう、と考え始めた途端に物語は終わってしまう。ここからいくらでも想像したい人にはたまらないし、「もうちょっと確信の持てる何かないの?」と思える人には不満が残る。かなり好き嫌いがはっきり分かれる作品。

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『ちなつのハワイ』

  • ちなつのハワイ
  • 大島真寿美 (著)
  • ピュアフル文庫
  • 税込546円
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評価:星5つ

大島さんの作品が扱っているのは、一貫して「家族の崩壊と再生」。そして再生のために、或いは傷を癒すために、ヒロインは旅をする。『香港の甘い豆腐』では、高校生になりたての彩美が父に会うため香港に旅立ち、『水の繭』では奔放な瑠璃が家出を繰り返す。本作のヒロイン、ちなつもやはり旅に出る。行き先はハワイ。でも彼女はまだ小学生で、一人で旅行はできない。家族と一緒だから、自分をじっくり見つめ直したりはしないが、代わりに家族を別の側面から見るようになる。手助けをするのは、菅沢にいるはずのおばあちゃん。日本にいるはずの人が海外にいて、しかもそれが、ちなつにしか見えないとくれば、その正体は、皆さんご想像の通り。でも、「な〜んだ、子供だましじゃない」と興ざめはしない。「海外でも仕事、仕事のお父さん」「家族の幸せにこだわるお母さん」という両親の年に近いため、自然と彼等の心情に寄り添えるからだろう。読み終わった後、あなたも、誰かに「マハロ(ありがとう)」と言いたくなるかもしれない。

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『凍える海 極寒を24ヶ月間生き抜いた男たち』

  • 凍える海 極寒を24ヶ月間生き抜いた男たち
  • ヴァレリアン・アルバーノフ (著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込714円
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評価:星4つ

海の中の綺麗な魚達が泳ぐのは見たい。でも、深く潜れば潜るほど圧力がかかる中で、流されずに動かなきゃならないダイビングは怖い。水は生命の源だが、反面、恐ろしい力で生命を奪ってゆく。優しさと、厳しさを併せ持つ水。でも、水に限らず、自然はその両面を持っている。それでも、人間は、厳しい自然に挑まずにはいられない。本書の著者、アルバーノフも、そんな自然に挑戦した一人である。1912年8月28日、聖アンナ号は23名の乗組員を乗せ、ロシア・サンクトぺテルブルクを出航した。過去一度しか成し遂げられていない、北東航路横断を行うためだ。しかし出発から2ヶ月たらずで、船は浮氷に閉じ込められてしまう。こうした状況に置かれた集団にお定まりの如く、内部で対立が起きる。航海士アルバーノフは、残留を主張する船長と決別し、脱出計画を実行に移す。「この足の下にもう一度硬い大地を感じられたら、それだけで私はどれほどしあわせだろう。(p71)」という言葉は実感がこもっていて、つい頷いてしまった。救いのロシア船を見つけたのに、第一次世界大戦の勃発により、敵船と間違われてしまう。そんな笑えない実話をはじめ、「これドラマにすると面白い」と思わせるエピソードがいっぱいだ。

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『DRAGONBUSTER 01』

  • DRAGONBUSTER 01
  • 秋山瑞人 (著)
  • 電撃文庫
  • 税込578円
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評価:星3つ

王の一族とはいえ十八番目の娘で、周囲から期待も注目もされていない月華(ベルカ)。腕は立つが、青い目をしているため差別されている若者・涼孤(ジャンゴ)。月華には、財産も、面倒を見てくれる者もいるが、その身分ゆえに自由に行動が出来ない。涼孤には財産もなく天涯孤独だが、自由に町を歩ける。そして二人とも、剣術には真剣。お互いの持ってないものが相手にはあり、お互いが惹かれているものが同じ。ほうら、二人が恋に落ちる条件が揃った!でもまだ本作では、ラブラブにはほど遠い。男の子より女の子の方が早熟だから、月華がいくぶん意識している感じではあるけれど。お互いの境遇をまだ知らないから、これから関係がどれだけ変わるかは未知数。大人っぽい姐さんタイプの女性、腕自慢の相棒、若い頃は凄腕だった姫の守役など、傍役達も、それぞれの背景がわからない。まだまだ隠し球がありそう。「次の巻でラスト」らしいので、もどかしい思いは、そこで解消されるだろう。ところで、「ジャンゴ」という名はマカロニ・ウェスタン『続・荒野の用人棒』のフランコ・ネロ演じた同名の主人公と関係が?

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『昭和電車少年』

  • 昭和電車少年
  • 実相寺昭雄 (著)
  • ちくま文庫
  • 税込924円
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評価:星3つ

駅のホームで、一番端に陣取って、カメラを構えている人達を、たまに見かける。だが、やっぱり列車は止まっているのを眺めるより、乗っている方が楽しい。子供の頃にブームだったブルートレイン、今は殆どないディーゼルカー、『青い光の超特急〜時速250キロ〜』なんて、歌にもなった新幹線。そして、海外に行った時は、バスよりも飛行機よりも、一番手近な交通手段として重宝した列車。それほど生活に欠かせない存在なのに、語り尽くすほどの情熱も、知識も持っていない。そんな列車について、ウルトラマンシリーズで有名な、実相寺監督が綴ったのが本書である。「十八時間もかかる寝台列車の旅が好き」(p28)と語ったり、交通博物館への熱い思いを綴った文章を読んでいると、「人って好きなものの前では子供みたいに素直になるんだな」と思った。宇宙人がなぜか列車の中で会話している「宇宙の仇は、長崎で」なんて一篇は、「監督、遊んでるな」と微笑ましく思った。電車の形式の説明や、その頃の周りの様子なども描かれているので、鉄道ファンや、監督と同世代の人達にはとても懐かしいだろう。

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『子どもたちは夜と遊ぶ(上・下)』

  • 子どもたちは夜と遊ぶ(上・下)
  • 辻村深月 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込770円
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評価:星4つ

四年間のアメリカ留学が副賞である、学部生対象の論文コンクール。最優秀賞は、秀才肌の狐塚か、天才肌の浅葱か、どちらかと思われた。遊び人タイプの恭司。結果が気になる月子。ところが選ばれたのは「i(アイ)」という謎の人物。そして二年後、就職を控えた彼等の周辺で、連続殺人事件が起こる。犯人は一部上巻で明示されているので、「いつ事実が判明するのか?」「残りの犯人は誰?」という二つの謎が、物語を引っ張る。但し、似たような設定の漫画や映画があるので、ミステリファンなら、犯人の正体については見当がつくかも。でも、そちらの謎が解けてしまっても、今度は彼等の恋愛の行方にハラハラ。自分よりも広い肩幅と、大きな手を持ち、いつも自信満々の発言ばかりしている男。「この人には、助けなんか要らないんじゃない?」と思っていた彼の背中が、不意に、世界で一番弱くて小さく見える。そして、その背中を自分の小さな手で守ることが、この世で一番大事に思える。そんな経験をした女性なら、登場人物の独白「ああ、この人はこんなに弱くてかっこ悪いんだ。(中略)そばにいたいと思ってしまった。(下巻p347)」に共感できるのでは?

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岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。
感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」
よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。
子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

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