『デカルトの密室』

  • デカルトの密室
  • 瀬名秀明 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込820円
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評価:星4つ

「チューリング・テスト」や「フレーム問題」など、人工知能の分野での専門用語が飛び交う本作ですが、物語の中でちゃんと説明が入れられているので、用語に対して戸惑うことはありません、しかし、作品中での議論の内容がちょっと難しく感じました。明確な答えが最後には得られるのだと思い、頑張って読んだのですが、結論も私の頭ではやはりよくわからないのでした。それでも、話は「人間や機械にとっての〈私〉とは何か」といった興味深い内容なので、わからないまでも惹きつけられるのです。
 本作は謎解きがメインではなく、脳に閉じ込められた自己意識(これがタイトルの意味するところです)のことがテーマです。哲学書はいつも途中で読めなくなるのですが、デカルトを読めば、本作に対する理解度も上がるのでしょうか。
 完璧に理解しようとすると難しいですが、ロボットのケンイチの言動にうるっときたり、驚きの展開など、単純に楽しめる小説でもありました。

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『どちらでもいい』

  • どちらでもいい
  • アゴタ・クリストフ (著)
  • ハヤカワepi文庫
  • 税込714円
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評価:星3つ

著者のように故郷を離れざるをえず、他国語で小説を書く状況は想像出来ませんが、そういったことが作風にも影響しているのか何とも暗い作品の多い短篇集でした。筋のあるものよりも著者の絶望や喪失感を表したような作品が多く、「私は思う」での「人生がこんなもの、つまり無同然のものでしかないなどということ」といった文章や表題作「どちらでもいい」なんかを読むと、「諦観」という言葉が頭に浮かびます。しかし、「斧」のようなショートショートらしい作品を読むと人生に絶望し切っているとも思えない。人生をこういうものだと受け入れて前向きに進もうとする意味での「諦観」を、収録作「復讐」での「一体いつになったらわれわれは、死んでいった仲間のために泣くことを、そして復讐することをやめるのか?」という文章に感じたのですが、やはり誤読でしょうか。

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『ちなつのハワイ』

  • ちなつのハワイ
  • 大島真寿美 (著)
  • ピュアフル文庫
  • 税込546円
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評価:星3つ

「みんな必死でがんば」らないと楽しく食事も出来ない状況って、とても哀しい感じがします。家族同士では気楽に過ごしたいものですが、気を使わないが故にそれが喧嘩の原因になったりもするのかも知れません。喧嘩ばかりの両親と高校受験を前に悩み多きお兄ちゃん。そんな状況を小学生のちなつは「普通の家族」ではないと感じているようですが、家族の歴史の中にはそういう時期もあるのだと思います。それは振り子のようなものではないでしょうか。悪い時期もあるけれど、振り子の糸が繋がっている限り、また反対側にも振れる時が来るのです。お兄ちゃんは勉強のできるキャラだからと決めつけるちなつに「おんなじキャラで、ずっと、ってのは、生きている人間には、どだい無理な話さ」と諭すおばあちゃんにはそれがわかっているからこそ、家族を心配してハワイまでやってきたんですね。
 根っからの悪人なんていないんですよ、何かしらの理由があることを家族だからこそわかってあげなくちゃいけないんだな、と本作を読んで感じました。

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『凍える海 極寒を24ヶ月間生き抜いた男たち』

  • 凍える海 極寒を24ヶ月間生き抜いた男たち
  • ヴァレリアン・アルバーノフ (著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込714円
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評価:星4つ

漂流記というものは、基本的には生還してこそ世に出るわけです。ですから、漂流記を読んでいて思うのは、何百何千万人もの生還出来なかった漂流者たちのこと。同じような遭難状況で、一方は生還して自分たちの体験を世に伝え、一方は「行方不明」という言葉でくくられて忘れ去られてしまう。両者の間にあるのは「死」という絶対的な壁。人知れず、どこかで生き残っている人もいるかも知れませんが、生還出来ない人がほとんど死んでいると考えると、私にとっては読んでいて恐怖を感じずにはいられないジャンルなのです。
 本作は、氷に閉じ込められ身動きのとれなくなった船から脱出し生還した、航海士アルバーノフの日記を元に書かれています。自然の前に人間の力などあまりにも無力であることを痛感します。しかし、無力であるにもかかわらず、生き残るために自然に立ち向かう人々。読みはじめには絶対に無理と思われた脱出劇の成功は、私たちに生きる勇気を与えてくれるような気がします。

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『DRAGONBUSTER 01』

  • DRAGONBUSTER 01
  • 秋山瑞人 (著)
  • 電撃文庫
  • 税込578円
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評価:星3つ

 普段は冴えない道場の下働きの青年涼孤(ジャンゴ)。その実体は恐るべし剣の達人。人知れず剣を振るう彼の姿を偶然目撃した卯王朝、第十八皇女月華(ベルカ)。そして歴史から抹殺された67年前の事件の真相は?と男の子的には非常に興味をそそられる内容なのですが、本巻ではその謎がほとんど明らかになっておらず、次巻とあわせてひとつの物語なので、本巻だけを読んで評価するのはちょっと難しいです。本巻は面白かったですけど、次巻で全貌が見えた途端に「何じゃ、そら」ってなるかも知れませんしね。しかし、読みやすく語彙も豊富な文章で、設定も好く、次巻ではバトルが始まるとくれば面白くならないはずがなく、続きの次巻はもちろん買いですし、「龍盤七朝」シリーズ、要注目です。読了後は、作中で芝居を途中で切り上げた辻芝居の一座に、「話はこれからではないか!そんな中途半端なところでやめるなあっ!」と言った月華の気持ちになりました。

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『昭和電車少年』

  • 昭和電車少年
  • 実相寺昭雄 (著)
  • ちくま文庫
  • 税込924円
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評価:星3つ

 著者の電車愛を感じる、非常に微笑ましい内容ではあるのですが、前半は関東地区の鉄道の話題が多く、ちょっとついていけないところもありました。逆に後半は西日本の話が多かったので、関東の人はついてこれない部分もあったのではないかと思います。
 鉄道のことを知らないと読めない、というほどマニアックな本ではないのですが、「あのマンモス電気機関車EH10」とか「そんな横須賀線の車両は、もちろんモハ32である」って、「あの」とか「もちろん」とか言われても、そんなこと知りません。こういうところは笑いましたけどね。
 そんな中、JR東日本の209系が「乗客のマナーに期待しない」コンセプトにつくられている、というような興味深い話もありました。座席を占領する人がないように、座席を強制的に数席づつ区切ったのです。残念なことですが、人の善意に期待して何かをする時代ではないようです。
 私自身は鉄道に全く興味がないのですが、いろいろと勉強になる内容でした。

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『子どもたちは夜と遊ぶ(上・下)』

  • 子どもたちは夜と遊ぶ(上・下)
  • 辻村深月 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込770円
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評価:星4つ

 殺人の内容や、序盤から正体が明らかな「θ(シータ)」のトラウマ、その他諸々に目新しさや驚きはないものの、見せ方がうまいので、そういったことがマイナス要素になっていません。それに、人物と人間関係の描写がとても素晴らしく、特に月子と紫乃の関係は非常に深い。我の強いもの同士なのに、紫乃の前では自分を殺す月子。この関係性の裏にある月子の真意にはとても納得出来るものがありました。
 また、大ネタの「i(アイ)」の正体については主要な登場人物に均等にそして順番に嫌疑の粉をふりかけていて、フーダニットについての楽しみも失うことなく最後まで読むことが出来ましたが、最後の方はバタバタしちゃった感もあり、もっと掘り下げて欲しい部分とかもありましたので、そこは本当に個人的ですが、残念でした。上下巻千ページ以上ありますが、非常に読みやすい文章で、分量の多さを感じずに読めました。

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佐々木康彦

佐々木康彦(ささき やすひこ)

1973年生まれ。兵庫県伊丹市出身、大阪府在住の会社員です。
30歳になるまでは宇宙物理学の通俗本や恐竜、オカルト系の本ばかり読んでいましたが、浅田次郎の「きんぴか」を読んで小説の面白さに目覚め、それからは普段の読書の9割が文芸書となりました。
好きな作家は浅田次郎、村上春樹、町田康、川上弘美、古川日出男。
漫画では古谷実、星野之宣、音楽は斉藤和義、スガシカオ、山崎まさよし、ジャック・ジョンソンが好きです。
会社帰りに紀伊国屋梅田本店かブックファースト梅田3階店に立ち寄るのが日課です。

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