WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年8月の課題図書 >望月香子の書評
評価:
読んだ本についての感想・意見を書かせてもらっていて、困ったなぁと思うのは、こういう小説に出会ったときです。小説を愛していて自由に書くことの悦びを知っている著者だからこその本書。
舞台は桜ヶ丘高校の図書室。本の貸し出しを行う「図書部」。野球やサッカー、バレー部などの運動部と同じくらい汗する「部活動」をしている文化部なのです。かなりの個性が炸裂している高校生たちが繰り広げる日常には、面白くも、見えないところでなにかひやっとするものを感じます。口に出して言えないこと、そもそも本音とは何か、言葉を発するときには、皆、演技をしているんじゃないのか…。様々な思考が日常生活を駆け巡ります。
高校生活の描写がいちいち面白くて、ちょっと甘酸っぱい気分にさせられます。お菓子を食べているような、美味しいおまけのような物語。
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ココスペースという内装会社で働く8人の、会社での普通の日々の物語。この「普通」というのがあなどれません。それ、あるある! と膝を打つような気持ちになる、日常での口に出せない感情が、独特のユーモアで描かれています。このセンス、すごい。
慶応卒だから、あだ名がケーオーのちょっと抜けてる営業マン、自分もあだ名で呼ばれたい営業リーダー。男前な顔なのに、全てが古臭い施工管理部…。
相手への心の中でのつっこみの、個性の炸裂さに、読みながら吹き出してしまうことしばしばでした。
読むと元気になれる仕事小説というのは、高度な筆力が必要に思います。それを飄々とやってのけたかのような文体、かなり癖になります。
評価:
タイトルの「ボックス」とは、ボクシングする、ボクシングしろ、という意味だそうです。その名の通り、高校生が突き進む、ボクシングに賭けた青春小説。
ひょんなことからボクシングに興味と関わりを持つようになった高校教師の耀子は、ボクシングに対する知識も興味も、ど初心者。その視点からボクシングを見られ説明を受けられるので、ボクシングを全く知らなくても、ぐいぐい読めます。
ボクシング部の鏑矢、優紀など、登場人物の真っ直ぐな人柄がとても魅力。その性格ゆえにトラブルも生まれますが、彼らが光り輝いて見えます。
特にラストが印象的で、その箇所を何度も読み返してしまうほど。高校生のボクシング小説に収まらず、夢が叶うのと、自分の幸せはイコールなのかを考えさせられました。
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隣家でおきた幼児殺人事件をきっかけに、平凡に見える若夫婦のある秘密が、取材を続ける記者によって、明るみになってゆく…。
その秘密「ある事件」と、被害者と加害者の真実の行方を追うのに必死に読み進めていきましたが、その真実に驚嘆するよりも、そこに描かれる人間の心理の襞を飲み込むように読めました。
人間の気持ちが、通常の軸から逸脱してしまう瞬間を、くっきりと描写しています。著者独特のラストと、タイトルを関連付けて考えてしまったり…。
渡辺という事件を追う記者が、渋さと影を持っていて妙に気になる存在でした。効いています。
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文庫の新刊を多くても10点出す、言うところ「中」の出版社の新人営業マン井辻くんの成長記録。書店さんと出版社営業の知られざる努力と想いが、元書店員という経歴の著者から綴られています。書き手と編集者から手の離れたところで、本を売るため並べるために、こんなにも必死さと熱意がかけられているんだなぁ、としみじみ。
ポップ、文学賞のエピソードもさすがのリアルさ。毎日のように行っている書店さんが、違う角度から見えます。読後に書店さんに行くと、いつもより本の陳列や平台具合が気になったり。
「ハートフル・ミステリ」ということですが、ミステリ要素は少なくとも、じんわりと充実感のある読後です。
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舞台は、破滅した世界。生き残った父親と幼い男の子。少ない荷物と一緒に、暖かい南を目指し、歩いてゆく…。
一寸先は闇とは、このことです。親子の行く先に、どんなことが起こるのか、それを考えるとページをめくるスピードも速まる緊張感。救いの見えない状況の中、唯一の救いは、父と息子の会話です。純真でまっすぐな心の持ち主である息子と、自分が鬼となっても息子を守ると決めた父親のやりとりが溢れています。ですが、心温まるということはなく、相手を思いやる分だけ、かなしく怖くなります。状況が状況なので当たり前かもしれません。
著者の作品は過去に映画の原作となったこともあり、本作品も映画化決定のようです。小説よりも映画になってのからのほうが、より魅力を発揮すると感じる物語でした。
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前世で殺人を犯したことを、前世療法によって知った10歳の少年ジーモン。難病を背負ったジーモンの担当看護師カリーナは、恋人の弁護士シュテルンと、その証拠の現場へと向かう…。その事件と、シュテルンの失った存在の出来事が奇妙に絡み、物語は唖然とするほどの仕掛けと衝撃と共に進んでゆきます。
シュテルン、カリーナ、ジーモンらの、人間的な魅力があるから、物語と分かっていても、極度の怖がりのわたしも恐ろしい場面を読み進めて行けたといっていいほどです。シュテルンとカリーナの強さと勇敢さ、ジーモンの優しさが、恐怖と同じ分量、胸に来て、その意味でも恐ろしいほどよくできた構成です。著者の、テレビ・ラジオ局のディレクター、放送作家という経歴あってこその作品では、と思うほどです。
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