『ぼくは落ち着きがない』

  • ぼくは落ち着きがない
  • 長嶋有 (著)
  • 光文社
  • 税込1,575円
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評価:星5つ

 地味な作品ですけど、これって傑作じゃないですか?こんな部活がもし高校時代にあったら入りたかったです。
 主人公望美は図書部員。学校直轄の機関である図書委員会はもともと存在するのだが、“自発的に図書室の管理運営を行う”ことを目的として発足したのが図書部だ。さほど劇的な事件もない部活内のあれこれが淡々と綴られているのだが、著者が時折はさむ脱線、例えば“本好きティーン向け雑誌「カツクラ」(=雑草社「活字倶楽部」のことであろう)は1,000円くらいするので部費で買って回し読みしている”などのエピソードにより、妙にリアリティを伴った内容になっている。本書読了後はカバーを外してその裏を確認することもお忘れなきよう。
 長嶋有はまさにユニークと形容するのがふさわしい(おもしろいという意味でも唯一という意味でも)作家だと思う。大江賞作家という称号を手に入れたにも関わらず、飄々と人を食ったような小説を出してくるというのは、素でやってるなら味わい深いし、狙いだとしてもまた素晴らしい。

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『カイシャデイズ』

  • カイシャデイズ
  • 山本幸久 (著)
  • 文藝春秋
  • 税込 1,450円
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評価:星4つ

 ちょーっと荻原浩とか奥田英朗とかとかぶってるかなっていう気がしないでもないけど、とてもおもしろく読んだ。私の会社員生活は4年間だったが、業務そのものにはそれほどの情熱を持てなかったにもかかわらず、とても愉快な同僚たちとともに過ごすことができた。生きがいを感じられる仕事と良好な人間関係。そのどちらもなしに働く人々は多い。本書の舞台である内装請負会社ココスペースは、ほとんどの登場人物にとって両方を兼ね備えた職場である。こういう会社で働きたかったと思う人は多いだろう。
 特に興味をひかれた人物は、おちゃらけた性格だが人望の厚い高柳とオリジナリティあふれる設計の才能があるが自分の趣味に走りがちな隈元。なかなかこういう型破りな仕事のしかたはできないと思うが、スピリットとしてはこんな風に自由な気持ちを持ち続けたいものである。とはいえ、仕事ができるというのは当たり前だがやはり重要。高度成長期のモーレツ社員とは違った意味での仕事人間であることが要求される時代なのかも。

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『ボックス!』

  • ボックス!
  • 百田尚樹 (著)
  • 太田出版
  • 税込1,869円
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評価:星4つ

 最近は格闘技といえばK-1ということになっているのかもしれないが、昔は(というか自分にとっては)ボクシングだった。当時小学生だった私の家では、月曜夜7時「キックボクシング」以外のテレビ番組を見ることは許されなかった。今は亡き父がボクサーを目指して上京してきたと母から聞かされたのは、ずいぶん後になってからだ。とはいえ、娘の私にはボクシングへの興味は遺伝しなかった。こんなケンカのような行為がなぜスポーツとみなされるのかまったく理解できなかった。
 偏見に近い複雑な気持ちで読み始めた本書だがしかし、驚くほど引き込まれた。特待生でもある優等生の木樽優紀とボクシング部員で天賦の才に恵まれた鏑矢義平の幼なじみふたりを中心に物語は進む。ボクシングに入部した優紀が鏑矢の後を追いかけてめざましい成長を遂げる様子が描かれる。「才能は目に見えるものではなく、自分の中に眠るそれを掘り出すことができるかどうかは運でしかない」という内容の台詞を部の顧問沢木が語る場面がある。私たちは全員、それが開花するかどうかは別として、自分の内に可能性の種を持っている。たとえ脚光を浴びることはなくとも、ひとりひとりが唯一無二の存在なのだ。そういったことをも書ける著者の力量、只者ではないと思った。

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『さよなら渓谷』

  • さよなら渓谷
  • 吉田修一 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,470円
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評価:星4つ

 小説としてはたいへんに興味深く、誤解を恐れずに言えばおもしろくすらあった。本書はある幼児殺害事件の発覚から始まるが、重点的に書かれるのはそれではない。著者本人がインタビューで語っていることなのでここでネタを割っても問題ないとは思うが、ミステリー的な興味も備えた小説なので予備知識をいれたくない方は以下の文章は無視してそのまま現物の方を読み進めてください。
 レイプ事件の加害者と被害者。両者の間に愛情は存在し得るのか。ふたりが離れられない深みにはまっていく過程を著者は丁寧に描いており、説得力さえ感じさせた。
 しかしながら、もしこの本を性犯罪被害者が読んだとしたらどう感じるだろうか。ほとんどの場合、被害者が加害者に対して恋愛感情を持つことなどあり得ないだろう。加害者側が自らの立場を正当化しているようで不快に思われてもしかたのないところがある。あるいは幼児殺害事件についても、ほぼ完全に装置として描かれているのを不謹慎ととられかねない恐れもある。
 そういった反発を甘受してでも、極限状態の男女の姿を描くことを選んだ著者の姿勢に作家というものの業を強く感じた。

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『平台がおまちかね』

  • 平台がおまちかね
  • 大崎梢(著)
  • 東京創元社
  • 税込1,575円
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評価:星4つ

 初めて大崎さんの「配達あかずきん」を読んだのは、書店業務の内部事情を知るおもしろさもある作品だという書評がきっかけだった。それ以来著者の本はほとんど読んできているが、現時点では本領は“書店もの”だと言ってもかまわないだろう。
 本書の主人公は、書店に本を売り込む側の出版社営業井辻くん。なるほど、出版社の側から書店や本を見るとこういう視点になるのかと気づかされる。井辻くんは本を愛する心や社会人としての初々しさを持ち合わせているだけでなく、推理力もなかなかのもの。加えてお人好しなのでさまざまな謎に振り回されてしまうわけだが、そういうところがまたぜひぜひ今後も彼の活躍を見せてほしいという気にさせられる要因でもある。ついでに井辻くんの前の前に営業回りをしていて現在は編集部所属の吉野くんの出番も増えるとありがたい。あれもこれもひっくるめて続編を強く期待するものです。

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『ザ・ロード』

  • ザ・ロード
  • コーマック・マッカーシー(著)
  • 早川書房
  • 税込 1,890円
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評価:星4つ

 読み進めるのがつらくてつらくて、歯を食いしばりながら読んだ。まだ100ページ、まだ半分…と残りのページのことばかり気にして、早く終わってくれと祈りながら読んだ。
 解説によれば、著者は自分の幼い息子とテキサスのホテルに泊まったときにこの作品の着想を得たそうだ。作家というのはなんと因果な商売かと思う。私などもし自分の息子たちがこんな目に遭ったらと考えただけでも呼吸困難に陥りそうだ。
 物語の結末は、作者が未来への希望を託そうとして書かれたものだということが強く感じられるものになっている。しかし、と私は思う。ほんとうに親としての最善の策はこれだったのか。現実においてであれば私は、人間はいかなる場合であっても生き続けなければならないと思っている。しかし、本書に書かれたような世の中で果たして生き残ることが善なのか。自分は息子に「何があっても生きろ」と言えるか。どれだけ考えても答えを見つけられそうにない。

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『前世療法』

  • 前世療法
  • セバスチャン・フィツェック(著)
  • 柏書房
  • 税込1,680円
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評価:星3つ

 うーん、ちょっと期待しすぎたか…。これが初フィッェックだったのだが、おもしろくないわけではなかった。ただ、「治療島」「ラジオ・キラー」と世間では立て続けに高い評判を得ているようだったので、次なる作品である本書に対しても「どんなに素敵なお方(=作品)なのかしら!」とまだ見ぬ想い人に恋い焦がれる「シラノ・ド・ベルジュラック」のロクサーヌのごとき心持ちが生じてしまったのである(「シラノ〜」読んだことないのに適当なことを書いているわけだが)。
 しかしながら、この本が受けるというのはわかる気がする。感心すべきことではないと思うが、現代において過激で扇情的なフィクションというものはとてももてはやされるからだ。本書でも、ドイツの裏社会での人身売買や小児性愛といった題材が(もしかしたら真実に近い形で)生々しく描写されている。なんとか人間の嗜好がフィクションという領域にとどまることを願う。著者が真に書きたかったのは、生まれたばかりだった息子の死から立ち直れずにいる主人公シュテルンが窮地を乗り越えていく過程で人間らしい心を取り戻していく様子や、不治の病に冒されながら周囲への優しさを失わない少年ジーモンの姿だったと思いたい。

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勝手に目利き

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『ヴァン・ショーをあなたに』 近藤史恵/東京創元社

 近藤史恵という作家は、まったくもって侮れない存在だ。一見すると地味なので気づかれづらいが、実に多岐にわたった作風の小説を著している。ただ正直に言ってしまうと、そのどれも自分のストライクゾーンを微妙に外れていた。にもかかわらず妙に心に残って新作が発表されるとこまめに目を通していたが、前作「タルト・タタンの夢」に続いて本書を読み、私は確信した。このシリーズにたどり着くために私はこの人の本を読み続けていたのだと。
 下町のフレンチ・レストラン“パ・マル(「悪くない」の意)”に持ち込まれる(本書では店を飛び出して舞台を別の場所に移した短編もあるが)謎の数々。料理の腕前同様鮮やかに問題をさばいてしまう三舟シェフには脱帽の一言。近藤さんの作品には苦みの残る結末のものも多いが、「ブーランジュリーのメロンパン」などは不覚にも落涙させられる優しさがにじんでいる。三舟シェフのビジュアルが、脳内でお笑い芸人笑い飯の西田氏に変換されてしまうのがやや難だが。

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松井ゆかり

松井ゆかり(まつい ゆかり)

 40歳(1967年生まれ)。主婦で3児(小6・小3・幼稚園年長の男児)の母。東京都出身・在住。
 好きな作家は三浦しをん・川上弘美・村上春樹・伊坂幸太郎・蘇部健一・故ナンシー関。
 影響を受けた作家ベスト3は、ケストナー・夏目漱石・橋本治(日によって変動あり。でもケストナーは不動)。
 新宿の紀伊國屋&ジュンク堂はすごい!聖蹟桜ヶ丘のときわ書房&くまざわ書店&あおい書店は素晴らしい!地元の本屋さんはありがたい!
 最近読んだ「桜庭一樹読書日記」(東京創元社)に「自分が買いそうな本ばかりに囲まれていたらだめになる気がする」という一節がありました。私も新刊採点員の仕事を させていただくことで、自分では選ばないような本にも出会ってみたいです。

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