『20世紀の幽霊たち』

  • 20世紀の幽霊たち
  • ジョー・ヒル (著)
  • 小学館文庫
  • 税込980円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 2月号課題本『ハートシェイプト・ボックス』の著者が再登場。前回はロックネタが散りばめられた長編だったが、今回一番感じたのは、「生理的な気持ち悪さ」。オープニングを飾る作品では、毎年『年間ホラー傑作選』(これが短編のタイトル)の編集を担当して、少々飽きている編者キャロルが主人公。そこに、身の毛もよだつような、けれども魅力的な作品『ボタンボーイ』が届けられる。この『ボタンボーイ』の主人公、残酷なことばかりするので、その様子を想像するだけで本当に気持ちが悪い。ああいやだこんなの、と思いつつ、この短編の結末はどうなるののだろうと気になり読んでしまった。まるでキャロルみたい。『蝗の歌をきくがよい』は、「ある朝、不安ではないが喜びに満ちた夢から目覚めると、フランシス・ケイは一匹の昆虫になっていた」で始まる。これは、「グレゴール・ザムザがある朝、なにか不安な夢から目を覚ますと、自分がベッドで巨大な虫に変わっていることに気づいた」で始まる、カフカ『変身』のパロディ。厄介者扱いされて死ぬザムザに比べると、こちらの蝗はエイリアンか変身した怪獣みたい。ああ、目の前にいたらと考えただけで気持ち悪い!

▲TOPへ戻る

『ブライトノミコン』

  • ブライトノミコン
  • ロバート・ランキン (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込1,554円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星5つ

 表紙を見ただけでなごむ。なんだこのバカっぽいマスクは。バレンタインデーに、恋人とブライトンに出かけた「ぼく」が、本作の語り手だ。ところが「ぼく」は海から落ちていきなり死んでしまう。これじゃ話が終わっちゃうじゃないか!いえいえ。名前をリズラとつけられた主人公と、ミスター・ルーンの冒険は、ここから始まる。ルーンは、またの名を、神秘の探偵、麻薬愛好家、宇宙刑事、男の中の男、オカリナに新たな力を与えし者だそうだ。宇宙刑事ってなんだそれは。空を飛ぶわけでもないのに。だったらタクシーに乗らなくてもいいじゃないか。だいたい、タクシー代や飲み代を踏み倒して、男の中の男と名乗らないように。こんな風に、キャラクターにどんどんツッコミを入れられるところが面白い。お堅いイメージのイギリスで、こういうヘンな話が出てくるんだなぁ。
そういえば、昔NHK衛星でやっていたイギリス発ドラマ『ドクター・フー』も、B級SFだったっけ。神出鬼没のキャラが出てきたり、ランキン独自のキーワードがあるところは、三谷幸喜さんのドラマに似てるかも。

▲TOPへ戻る

『掠奪の群れ』

  • 掠奪の群れ
  • J・C・ブレイク (著)
  • 文春文庫
  • 税込860円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星5つ

 ジョン・ディリンジャーという名前を聞いて、「ああ、あの人!」とすぐ分かるのは、アウトローもののファンでしょう。『俺たちに明日はない』のボニーとクライドに比べると、同時代に活躍(?)した彼の知名度は低いほうだから。さて、物語の語り手はデリンジャーの仲間、ハリー・ピアポント(実在の人物)。さては、側にいた人間の目から、ディリンジャーの実像に迫ろうという狙いか?と思ったが、主役はあくまでもピアポント。初登場時、ジョンはハリーに銀行強盗を指南してもらう若造だ。「闘わずして誰かに何かを奪われてはならない。それは自尊心を汚す行為だ(p20)」「女はつねに謎だった。昔から女は星に似ている気がした。(p263)」「これが男の生きざまだ!」なんてハードボイルドっぽい台詞がいっぱい。でも一方で、何度も「起きうることは、起きる(p110)」という言葉が作品中に登場し、通奏低音のように響き続ける。どんなに楽しみ輝いた人生にも、いつか終わりがくるのだよ、と告げるかのように。

▲TOPへ戻る

『私たちがやったこと』

  • 私たちがやったこと
  • レベッカ・ブラウン (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 「自分にないものを求めるのが愛」とは、よく言われるし、実際頷けるところもある。
「どうして私と同じように感じないの?」ではなく、「ああ、そういう考え方もあるんだな。」と相手を受け入れていくことで、豊かな人生を歩むっていい。でも、自分にもともとあるものをわざわざ傷つけて、相手にまるっきり頼るなんて、絶対しない。ところが、この短編集のタイトルである『私たちがやったこと』の「私」と「あなた」は、実行した。「私」は耳を聞こえなくして、「あなた」は目を見えなくする。それが愛だと信じて。さて皆さんは、それが愛だと思いますか?『結婚の悦び』は『私たちが〜』より、ある意味タチが悪い。『私たちが〜』の場合は、最初にびっくりする設定が出てくるので、ある程度覚悟を持って読んでいける。でも、『結婚の〜』は幸せな新婚旅行を過ごしている二人の現実が、徐々にわかってくるから怖い。「至高の愛」「究極の愛」なんて言えば聞こえはいいけど、平凡で穏やかな愛がいちばん。そういう愛も出てくるから、短編集としてはバランスが取れているのだろう。

▲TOPへ戻る

『チェンジリング・シー』

  • チェンジリング・シー
  • パトリシア・マキリップ (著)
  • ルルル文庫
  • 税込620円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 ペリウィンクルは、15歳の少女。父親を海の事故で失って以来、母が惚けたようになっているため、海が大嫌い。そんな彼女の前に、海に恋い焦がれる王子・キールが現れる。「海が好き」Vs「海が嫌い」、「王子様」Vs「貧しい庶民の娘」。全く異なる境遇で育ち、海への思いだって全く逆なのに、反発しつつ二人は惹かれ合う。うわ〜、恋愛小説の王道をいきますね。先の展開が目に見えるようです。海が嫌いといいつつも、海辺の小さな家に住み、海辺の宿屋で働いている。そんなペリウィンクルの複雑な心境が、ふってわいた海竜騒動でどんどん揺さぶられていく。そこにもう一人の王子そっくりの少年やら、年の割に悟ったような魔法使いが現れて、とってもテンポよく話が進んでいきます。「ファンタジー界の女王」「幻想の紡ぎ手」などという紹介文から、「難しい用語や、入り組んだ人間関係が出てくるのか?」と構えていたら、とっても読み易くて安心。イラストも可愛いし、マキリップを読んだことのないライトノベル読者にもウケるでしょう。

▲TOPへ戻る

『ムボガ』

  • ムボガ
  • 原宏一 (著)
  • 集英社文庫
  • 税込560円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

 いやぁ、挑戦的ですね、このタイトル。何の意味だかわからない。さっさと言ってしまうと、人の名前です。アフリカ人で、日本に出稼ぎに来ていた若者の名前。彼が、北関東の田舎町でバンドを組んでいた中年男達を、自分の故国・トポフィ共和国(もちろん仮名です)に紹介すると、あら不思議、ツアーは大成功で、日本語で書くと「なんだこりゃ」と言いたくなるような歌詞が大ウケ。さてはこれ、世知辛い現実から目をそらしたくなることの多いミドルに捧ぐ、大人のファンタジー?でも話の中身は、結構イタイ。ホテルや旅館を対象とする最近の調査で、3割が「外国人を泊めたくない」と答えていた。でも、例えば介護の分野では、安い労働力として外国人の受け入れが始まっている。この辺りの、現実社会における、外国人に対する日本人の狡さや差別意識が、本作にも、かなり顔を出しています。ほら、イタイでしょ?あり得ない事ばっかりのフィクションを、笑い飛ばせる現実に…なるのかなぁ。

▲TOPへ戻る

『李世民』

  • 李世民
  • 小前亮 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込1,000円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

 三国志が大好きなので、漢字ばかりの人名や地名を覚えるのは得意。でも、そうじゃない人は、さぞや苦労するんだろうな〜と思いつつ読みました。本作でも、登場人物が沢山いますが、まず、同じ姓の人が出てきたら「親戚か何かだな」とくくって考えてはどうでしょう?時代は随の終末から唐の初めまでを扱っているので、「遣隋使」「遣唐使」と同じ頃、と覚えてもらうといいでしょう。さて、唐の太宗・李世民を主人公にした話は、初見だったので、「随打倒」という共通の目的で立ち上がった群雄達が、時に結び、時に敵対しながら淘汰されていく様を、面白く読めました。誰がトップに立つかは、最初から決まっているわけではなく、ほんのちょっとした印象や、運だったりする。中でも、バカ弟のとばっちりを受けて次期皇帝の座をフイにする李家の長兄は、不運というしかない。でも逆に、理不尽だからこそ救われた歴史も、同じくらいにあるでしょう。

▲TOPへ戻る

岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。
感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」
よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。
子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

佐々木康彦の書評 >>