WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年11月 >『私たちがやったこと』 レベッカ・ブラウン (著)
評価:
「自分にないものを求めるのが愛」とは、よく言われるし、実際頷けるところもある。
「どうして私と同じように感じないの?」ではなく、「ああ、そういう考え方もあるんだな。」と相手を受け入れていくことで、豊かな人生を歩むっていい。でも、自分にもともとあるものをわざわざ傷つけて、相手にまるっきり頼るなんて、絶対しない。ところが、この短編集のタイトルである『私たちがやったこと』の「私」と「あなた」は、実行した。「私」は耳を聞こえなくして、「あなた」は目を見えなくする。それが愛だと信じて。さて皆さんは、それが愛だと思いますか?『結婚の悦び』は『私たちが〜』より、ある意味タチが悪い。『私たちが〜』の場合は、最初にびっくりする設定が出てくるので、ある程度覚悟を持って読んでいける。でも、『結婚の〜』は幸せな新婚旅行を過ごしている二人の現実が、徐々にわかってくるから怖い。「至高の愛」「究極の愛」なんて言えば聞こえはいいけど、平凡で穏やかな愛がいちばん。そういう愛も出てくるから、短編集としてはバランスが取れているのだろう。
評価:
<安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した>
表題作「私たちがやったこと」の一行目です。安全のために?物理的な意味での世界に対して、お互いを必要不可欠なものにすることで対応しようとしたのか。しかし、世界というのは個別のものであって、個人がひとつに繋がろうとしても、結局は亀裂が生まれるのでしょうか。
幻想的で夢の中の出来事のような雰囲気の「結婚の悦び」や淡々とした語り口で同性愛者の友の死を語る「よき友」と作品の幅があって楽しめた。特に「よき友」は胸をしめつけられるような思いで読んだ。「結婚の悦び」を動とすれば静。なのにこれが一番心に響くのは内容もさることながら、淡々と語られることも大きな要素なのかも知れません。こんなに悲しいんです、こんなに辛いんです、っていうのは逆効果になる時もある。語り手「私」を通じてありのままの現状を読むことで、読者は想像を制限されずに感情を揺さぶられるのでしょうか。
評価:
愛は愛でも、あたたかで強固な愛情物語を期待したら裏切られる。冒頭の「結婚の悦び」、「私たちがやったこと」を読んですぐ、愛がいかにもろく、狂気を含んでいるかを知らされた。どちらも独占欲と、より高い愛情を満たそうとしたための顛末だが、理想と現実のギャップに内側から食い滅ぼされるようで怖かった。
前半の二編に比べると、残りの短編たちはそんな脅迫感は少ない。不安があって、いらだちにとらわれ、静かにくずれていく人たちがいる。気がつけば、あるのは虚脱感と悲しみというような。淡々とつづられていく文章は詩みたいだけれど、そういう強烈さを持っていると思う。
その中でも、「よき友」は好きな話だ。ジムがエイズを患ってから死ぬまでの、逆らいようのない、穏やかで静かな時の流れを感じられる。マイノリティの人たちの抱える問題を追うことで、溢れるほどの愛情と優しさがぐっと迫ってきて、結末の悲しさをより深くしている。自分もみんなも仲間で、その場で一緒になって悲しみにくれるような一体感をもたらしてくれる。
評価:
詩集を思わせる短編集だ。ここに収められた短編はどれも、リズムのよい美しい響きの文章からなり、静かな愛を幻想的に表現している。喜びも悲しみも、抑制が効いた静かなトーンで語られ、とにかく文章のリズムが素晴らしい。吟味された言葉をひとつずつ紡いでできた文章は、ひとつひとつ大切に選んだビーズをつなげて作ったブレスレットか何かのようなイメージだ。男女の燃えるような愛よりも、同性愛の静かに求め合う愛を題材にした作品が多いせいもあるが、ギラギラした感じが全然なく、むしろ透明感さえ感じさせる。
内容的には「面白い」という評価にはならないかもしれないが、とにかくリズムのよい文章の美しさを堪能したい。象徴としての言葉を受け取って、そこからイメージをふくらませる……そんな楽しさが味わえる作品だ
評価:
ひとつひとつを抱きしめたくなるような、小さくて繊細でいとおしい短編集。
表題作は、二人が常に一緒にいるために、目をつぶした音楽家と耳をつぶした画家のお話。周囲にはばれないように、足りないところは補い合って生きていく二人だけの生活スタイル。美しい愛の物語になるのかと思いきや、互いに依存しあう生活に時々ふっとよぎる疑問や出てくる綻び。巻末の訳者あとがきに、「原文では『私』も『あなた』も男性だか女性だかわからないような書き方になっている」とあり、著者はレズビアンの作家として有名らしい。だが、同性だとか異性だとかにかかわらず付きまとう恋愛の美しさと怖さを描いた素晴らしい作品。
中篇「よき友」は、(おそらく)エイズに感染したゲイの友達との別れを体験する女性のお話。後半ずっと静かに涙を流しながら読み進め、読み終わった後も身動きをすることが出来なかった。
とてもいい映画を見た後は、場内の明かりがつくのがもったいないような、映画館から出て様々な音や光が氾濫する世界に戻りたくないような気分になる。この短編集も同じで、一つを読み終わったあと、そっとそれが胸の中に広がりきるのを待ってからでないと、日常に戻れなかった。
小川洋子さんが帯の推薦文を書いているが、小川さんの小説のような静かで美しい、でも少しだけ歪んでいるような愛の世界が好きな人におすすめ。
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