『20世紀の幽霊たち』

  • 20世紀の幽霊たち
  • ジョー・ヒル (著)
  • 小学館文庫
  • 税込980円
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評価:星5つ

 ボリュームたっぷりで大満足、序文から作者のあとがき、訳者あとがきまで隅から隅まで楽しめてお得な短編集。
スティーブン・キングの実の息子であるジョー・ヒルは、偉大な父親と同じホラー小説という分野で七光りを跳ね返して活躍中だ。この作品集はグロテスクなものやホラーもあるのだけれど、ノスタルジックでホラーが苦手な人も楽しめると思う。
「十二歳のとき、俺の一番の親友は空気で膨らませる人形だった。」この一文から始まる作品「ポップ・アート」。小さいころは誰もがそうするように、動かない人形に話しかけて唯一の友達としていたのかと思いきや、小説の世界では本当に風船が生きて動いている。何度も風船が割れそうになって死にかけたりもしているけれど、学校でもいじめられているけれど、一生懸命に生きている友達「アート」との時間は主人公にとってかけがえのないものだ。アートがヘリウム風船を手にいっぱい持ち、空へ舞い上がって写真を撮るというゲームは物悲しくも美しい。
今まで「好きな短編は?」と聞かれて思い浮かんでいたのはレイ・ブラッドベリの「気長な分割」だったのだけれど、これからはジョー・ヒルの「ポップ・アート」と答えるだろう。
「そして、そういう物語というのは、決して一語たりとも必要以上に長かったりしないものだ。」これは短編の削除部分の掲載に当たって寄せられた文章だが、ジョー・ヒルの創作の姿勢を表すこの言葉どおりの良質な作品集である。

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『ブライトノミコン』

  • ブライトノミコン
  • ロバート・ランキン (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込1,554円
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評価:星3つ

 延々と繰り返されるおバカなコネタの数々。なんなんだこれは、と最初と惑っていたけれど、読み勧めていくうちにはまってくる。
海に落ちて記憶喪失になった主人公を、助けてくれた探偵のような謎の男・ルーン。彼は勝手に主人公をリズラと名づけ、事件の記録をするよう仲間に引き込む。ブライトンの地図に隠れた12の図柄に関わる事件を順番に解決しなければならないというのだ。
物語は後にリズラがロバート・ランキン(この本の著者)名義で本を出したという体裁をとっている。がしかし、事件と呼べるかどうかさえ疑問なめちゃくちゃな12個の騒動の記録は、辻褄合わせ、言葉遊び、前章で出てきたネタの繰り返しでてんこ盛り。特にリズラと、バーテンのファンジオの掛け合いがくだらなすぎて大好きだ。
『MOTHER2』というゲームが大好きなんだけれど、ネタはそんな感じで、細かいところに気付けば気付くほど面白い。ただし本筋もくだらない事件ばかりでテンポはよくないので、苦手な人は回り道の多さにはまる前に投げ出してしまうかも。

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『掠奪の群れ』

  • 掠奪の群れ
  • J・C・ブレイク (著)
  • 文春文庫
  • 税込860円
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評価:星4つ

 まじめな女の子にとって、優等生よりもちょっと不良っぽい男のほうがかっこよく見えるものだ。少女漫画の定番。一応(?)まじめな私はこの物語の主人公ハリーにすっかり夢中になってしまった。
明日死刑を執行されるハリーの回想から物語は始まる。若いときの最初の犯罪から、刑務所の中でも自尊心を保って周囲の賞賛を受けていく過程、刑務所で出会った仲間達、ありえないような脱走劇……。
鉤括弧の会話文無しで、ハリーの一人称で進む文章は、権力者達への皮肉も下品な冗談も最高にクール。仲間達との様子はやんちゃな少年のまま大人になってしまったよう。でも自分の信条とは相容れない犯罪者や警察官と対峙する姿は、本当の自由を知っているようでめちゃくちゃかっこいい! そしてジョンをはじめギャング仲間達との信頼関係が熱いのだ。
ジョン・ディリンジャー一味は実際にアメリカで強盗を繰り返していたにも関わらず、ファンも多く何度も映画化されているらしい。ヒーローよりもナンバー2が好きなので、ぜひともジョンではなくハリーが主役の映画を撮って欲しい。
さて、まじめな女の子がまじめである所以は、悪い男に憧れるだけで本当についていくわけではないところだ。ハリーの恋人として生きるメアリがハリーと同じくらいとってもかっこよく思えるのは、自分がそうなれない憧れのせいかもしれない。

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『私たちがやったこと』

  • 私たちがやったこと
  • レベッカ・ブラウン (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星4つ

 ひとつひとつを抱きしめたくなるような、小さくて繊細でいとおしい短編集。
表題作は、二人が常に一緒にいるために、目をつぶした音楽家と耳をつぶした画家のお話。周囲にはばれないように、足りないところは補い合って生きていく二人だけの生活スタイル。美しい愛の物語になるのかと思いきや、互いに依存しあう生活に時々ふっとよぎる疑問や出てくる綻び。巻末の訳者あとがきに、「原文では『私』も『あなた』も男性だか女性だかわからないような書き方になっている」とあり、著者はレズビアンの作家として有名らしい。だが、同性だとか異性だとかにかかわらず付きまとう恋愛の美しさと怖さを描いた素晴らしい作品。
中篇「よき友」は、(おそらく)エイズに感染したゲイの友達との別れを体験する女性のお話。後半ずっと静かに涙を流しながら読み進め、読み終わった後も身動きをすることが出来なかった。
とてもいい映画を見た後は、場内の明かりがつくのがもったいないような、映画館から出て様々な音や光が氾濫する世界に戻りたくないような気分になる。この短編集も同じで、一つを読み終わったあと、そっとそれが胸の中に広がりきるのを待ってからでないと、日常に戻れなかった。
小川洋子さんが帯の推薦文を書いているが、小川さんの小説のような静かで美しい、でも少しだけ歪んでいるような愛の世界が好きな人におすすめ。

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『チェンジリング・シー』

  • チェンジリング・シー
  • パトリシア・マキリップ (著)
  • ルルル文庫
  • 税込620円
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評価:星2つ

 小中学生の時はティーンズハート、コバルト、ホワイトハートなどなど読み漁っていたけど、高校大学でそれらとは完全にお別れ。ところが今年になって「携帯小説」というものを読み始めた。様々なランキングサイトというものがあって、細かくジャンルで分かれた中で簡単な内容とアクセス数による人気ランキングがわかるようになっている。夜中などに無性にファンタジーが読みたい!!という気分になるとアクセスしてみる。馬鹿にして読まず嫌いをしていたけれどたまに面白いものを見つけることもある。ただでお手軽に読める携帯小説が出てきて、ライトノベルの新しいレーベルに需要はあるのかしら…と思っていたけれど、このルルル文庫、毎月海外のファンタジーを翻訳して出しているよう。
海で父親をなくし、海をうらむ主人公ペリは、魔法を使う老婆が昔住んでいた家に1人で住む。そこで海に憧れ、自分の居場所に思い悩む王子と出会う。
海の中のもうひとつの国、神秘的な王子、現実に向き合えない主人公など、惹かれる部分は多いのだけれど、噛み合っているのかいないのかよくわからない会話や淡々と静かに起きる事件がどうにももどかしい。お手軽な携帯小説になれすぎたせい?
そういえばライトノベルって最初は絵のかわいさで買っていたように思う。この作品は、絵柄はとても上手で、作品の静かで幻想的な雰囲気と合っているのだけれど、動きがなくみんな同じような表情で残念。

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『ムボガ』

  • ムボガ
  • 原宏一 (著)
  • 集英社文庫
  • 税込560円
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評価:星2つ

 本の売り場担当だった時、床下仙人が爆発的に売れていた。手に取ってみたけれど、話に聞いていたような、仕事に生きるサラリーマンの姿への共感はあまり起きず読み終わった。うーん、どうにも原宏一さんは私には早すぎるようだと思っていた。
中年の親父たちのバンドが、ムボガという黒人に気に入られ仲良くなったことから、彼の母国で曲は大ヒット、一躍大スターになってしまう。じゃあ日本でもメジャーデビューだ! とそれぞれの仕事を放り出して夢に向かって走り出した親父たち4人。そこに待ち受ける現実に悪戦苦闘する親父たちの姿を農村の後継者の問題や日本での外国人労働者の問題と絡めて描いている。
ただ現実でも深刻な問題であるこれらのテーマを書きたかったというよりは、中年おやじバンドの成長に無理やりくっつけているように感じられた。キャラクターの設定としてあるだけでなく、なぜ小説の中でそれが必要だったのか。色々描きたいんだろうなあという事は伝わってきたのだが、もっとページ数を割いて深く扱ってほしかった。
ところで巻末の高野秀行さんの解説がとても面白い。物語の構造を真面目に分析するタイプ、作者の人となりを語るタイプ、過去の作品や他の作家との関連を述べるタイプと色々な解説があるが、ユーモアたっぷりにそれらすべてを盛り込んで、読んでいない人も読みたくなり、読んだ人も楽しめるのだ。

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『李世民』

  • 李世民
  • 小前亮 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込1,000円
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評価:星3つ

 中学校の図書室で、昼休みに男子が夢中になって横山光輝の『三国志』を読んでいた。高校の漢文の授業で生き生きとしだす中国史マニアもクラスに一人はいたような気がする。彼らを見ていると、中国の歴史ものって男子が必ず通る道なのかしら、と思ってしまう。私はというと人物が認識できるか心配で映画『レッド・クリフ』を見に行くかどうかためらっているほどの中国史音痴。
そんなわけなので、登場人物の漢字が読めず名前が覚えられず大変苦戦しながら読んだ。冒頭に登場人物紹介がついているので参照しながら読むのだけれど、簡単な紹介しか書いていないし、物語の中の情勢はめまぐるしく変わっていく。せめて登場人物の振り仮名が、最初だけでなく章が変わるたびについていればいいのに…と感じた。
物語は各地で覇権を争う武将達のそれぞれの活躍が描かれるので、タイトルどおり李世民の一代記を想像して読むと期待はずれかもしれない。
日本の武将達は敵の陣営に寝返るくらいなら自害をするイメージがあったから、敵方の武将が割と簡単に寝返ることになるのが意外。それが小前亮の描く李世民のカリスマ性の表れなのかもしれない。

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余湖明日香

余湖明日香(よご あすか)

1983年、北海道生まれ、松本市在住。
2007年10月、書店員から、コーヒーを飲みながら本が読める本屋のバリスタに。
2008年5月、横浜から松本へ。
北村薫、角田光代、山本文緒、中島京子、中島たい子など日常生活と気持ちの変化の描写がすてきな作家が好き。
ジョージ朝倉、くらもちふさこ、おかざき真理など少女漫画も愛しています。
最近小説の中にコーヒーやコーヒー屋が出てくるとついつい気になってしまいます。

好きな本屋は大阪のSTANDARD BOOKSTORE。ヴィレッジヴァンガードルミネ横浜店。
松本市に転勤のため引っ越してきましたが、すてきな本屋とカフェがないのが悩み。
自転車に乗って色々探索中ですが、よい本屋情報求む!

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