『20世紀の幽霊たち』

  • 20世紀の幽霊たち
  • ジョー・ヒル (著)
  • 小学館文庫
  • 税込980円
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評価:星4つ

 これがデビュー作とは聞いてびっくりである。「ホラー」をキーワードに短編を集めてはいるが、怪奇ものあり、幻想ものあり、アメリカ現代文学調のものや純文学風のものもあって、タイプの違う短編がよりどりみどりだ。「こんなのも、あんなのも、ちょちょいのちょいっと書けちゃうよ!」と言って、ジョー・ヒルが自身のずらりとならんだ才能の引き出しを順番に開けて見せてくれたような印象の短編集だ。しかもそのひとつひとつが、完璧ではないにせよかなりのレベルなのである。読者としては、今後の作品に期待せずにはいられない。
 この本自体がものすごく面白いというわけではなかったが、驚きの才能を目の当たりにしてワクワクすることは確かだ。その才能をうまく活かしたオリジナリティーあふれる新作の登場に期待!

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『ブライトノミコン』

  • ブライトノミコン
  • ロバート・ランキン (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込1,554円
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評価:星3つ

 なんとまあ、見方によってはアホらしいとも言える話を、大まじめに六百ページも書いたものである。ナンセンスなシチュエーションと、はちゃめちゃな登場人物が織り成すコメディタッチの物語は、ばかばかしいけれど実は結構面白い。
 とは言え、最初から手放しで笑えるわけではなく、実を言えばこの作品の空気に馴染むまではやや退屈に感じていた。ところが、この独特のリズムに慣れてくると、いつのまにか話に引き込まれて、時折ニヤッとしながら読んでいる自分に気づく。「爆笑コメディ」というほどではないが、こういうのもアリかなと思わせてくれる。爆笑ではないが微妙に面白い……そんな笑いが好きになれそうなら是非!

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『掠奪の群れ』

  • 掠奪の群れ
  • J・C・ブレイク (著)
  • 文春文庫
  • 税込860円
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評価:星5つ

 あたりまえのように車を盗み、銀行強盗だってへっちゃら。捕まりそうになれば躊躇なく罪もない人たちを撃ち殺す。そんなとんでもない無法者たちが、なぜかかっこいい。冷静に考えればとても受け入れられないようなとんでもないヤツらを、応援したくなるのはなぜだろうか。それはたぶん、彼らが社会的なルールや体裁や慣習やその他もろもろのしがらみからあまりにも「自由」であることへのあこがれと、自由の代償としてふりかかるたくさんの困難や痛みを正面から受け止めて屈しない「強さ」への賞賛からだろう。仲間を想う気持ちの暖かさも、読者の心にあたたかい光を灯す。
 シンプルで力強い文章が、荒々しく無骨で誇り高い男たちを際立たせ、読者をぐいぐい引き込んでいく。実在したギャングたちの実話をもとに描いた作品ということだが、このかっこよさなら本人たちが読んでも大喜びするに違いない。

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『私たちがやったこと』

  • 私たちがやったこと
  • レベッカ・ブラウン (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星4つ

 詩集を思わせる短編集だ。ここに収められた短編はどれも、リズムのよい美しい響きの文章からなり、静かな愛を幻想的に表現している。喜びも悲しみも、抑制が効いた静かなトーンで語られ、とにかく文章のリズムが素晴らしい。吟味された言葉をひとつずつ紡いでできた文章は、ひとつひとつ大切に選んだビーズをつなげて作ったブレスレットか何かのようなイメージだ。男女の燃えるような愛よりも、同性愛の静かに求め合う愛を題材にした作品が多いせいもあるが、ギラギラした感じが全然なく、むしろ透明感さえ感じさせる。
 内容的には「面白い」という評価にはならないかもしれないが、とにかくリズムのよい文章の美しさを堪能したい。象徴としての言葉を受け取って、そこからイメージをふくらませる……そんな楽しさが味わえる作品だ

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『チェンジリング・シー』

  • チェンジリング・シー
  • パトリシア・マキリップ (著)
  • ルルル文庫
  • 税込620円
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評価:星2つ

 漁師の娘ペリと海に心を奪われている王子キールが出会い、やがて海の底の国と王子にまつわるの過去の秘密が明らかになっていく、という幻想ファンタジー小説。
 ファンタジーは大好きだからワクワクしながら手に取ったのだが……馴染めなかったというのが正直な感想である。幻想ファンタジーなのだから、現実離れした設定や展開はアリなのだ。そうではなく、登場人物の感情の流れや行動がいまひとつ理解できない。「は?」「なんで?」ととまどうことが多く、感情移入できないのだ。マキリップの空想する世界に、自分が全然入って行けていない感じだ。その理由のひとつは、細部をくわしく描写せずにイメージを喚起させるようなマキリップ独特の表現方法に慣れていないせいかもしれない。「〜だから〜は〜した」というような直接的な表現はあまりなく、色やイメージを語る言葉がふんだんに使われるのだが、慣れていないせいか頭の中でうまくイメージが作れなかった。また、翻訳がやや読みづらく、それも入り込めない理由のひとつだったかもしれない。一度読んでみたいと思っていた作家だっただけに、あまり楽しめなくて残念に思った。

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『ムボガ』

  • ムボガ
  • 原宏一 (著)
  • 集英社文庫
  • 税込560円
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評価:星3つ

 中年アマチュアバンド「コレステローラーズ」がひょんなことからアフリカの小国で大スターになり……という出だしから、ドタバタ喜劇小説かと思って読み始めたのだが、どうしてどうして、外国人労働者差別の問題と中年オヤジの生き方をめぐる葛藤という大きなテーマを正面から書いた真面目な小説だったのだ。
 ノリと勢いだけで突っ走れる勇気はないが、かといって夢をあきらめることもできない宙ぶらりんの中年オヤジたちの葛藤が、妙にリアルで可笑しい。会社を辞めるときの同僚の反応や社内の様子など、細部にまでリアリティがある。そして、離婚届の用紙などリアリティを演出する小道具の使い方が上手い。夢が遠くなってしまったと寂しさを感じている年代の方々に勇気を与えてくれそうな作品である。

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『李世民』

  • 李世民
  • 小前亮 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込1,000円
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評価:星3つ

 のちに唐朝第二代皇帝となる李世民を主人公に、群雄割拠の中国を描く歴史小説。李世民はもちろんだが、覇権を争う諸国の将軍たちにもそれぞれの物語があって、それがある程度踏み込んだところまで描かれているため、物語に厚みがあり、また多角的に一時代をとらえたスケールの大きな作品に仕上がっている。
 しかし、それゆえに本は厚く、登場人物はとても多くなり、著者に負けないほどの興味と熱意がある読者はいいのだが、何の予備知識もなく読み始めた読者は途中で置いていかれそうになるかもしれない。熱意あふれる意欲的な作品であることは間違いなく、読者をその熱さにシビレさせる佳作なのだが、その熱意ゆえかやや欲張りにあれもこれもつめこみすぎたように、ふつうの読者である私には感じられた。
 何はともあれ、この作品の李世民はとても男前! 彼の活躍を読むだけでも十分に楽しめる。

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福井雅子

福井雅子(ふくい まさこ)

1967年生まれ。神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。本屋さんが大好きなのであっちこっちで書店に入り、いつも時間を忘れそうになります。好きな本のジャンルは、基本的にはノンフィクション。でも乱読の楽しさを覚えてしまい、掘り出し物を求めていろいろなジャンルに手を伸ばしています。絵本やファンタジーも大好きで、最近は図書館に行くと子どもの本のコーナーにいる時間が長い! 好きな作家は、沢木耕太郎、司馬遼太郎、三浦しをん、池澤夏樹、椎名誠、浅田次郎、森絵都など。素晴らしい本にはたくさん出会っているものの、「感銘」となるとやはり司馬遼太郎の『竜馬がゆく』と沢木耕太郎の『凍』か……。

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