第8回 岩谷宏の訳詞

「ロッキング・オン」創刊2号の1972年10月号は、創刊号よりは整理された内容になった。デザイン、レイアウトは、改善が図られた。表紙には渋谷の友人・小林明が描いたジャニス・ジョプリンのイラストが使われ、ロック雑誌らしくなっている。レイアウトは、創刊号の作業を横から見ていた橘川幸夫が真似て行い、結果的に渋谷を満足させる出来になった。また、投稿も集まり始めたが、創刊号の内容には内部でも批判があったため、掲載は厳選するようになった。渋谷は、1979年版『メディアとしてのロックン・ロール』で「この号は僕としては非常に愛着のある号で、今読んでも当時の記憶がよみがえって楽しい」と書いており、売れゆきも「第2号は創刊号の数倍のペース」だったという。

 編集長渋谷陽一、編集者橘川幸夫、監督岩谷宏と目次にクレジットされた同号で目立つのは、詞、詩の比重が大きいことだ。ロック雑誌だからロックを論じた原稿が多くを占めるのだが、橘川幸夫は、「夏黙」と題してなぜか短歌30首を寄せている。しかも「突然にローリングストーンズ聴きたくなりたし吾の転がる斜面知らねば」のようなロックとの関連がすぐわかる歌の方が少ない。

 橘川は『ロッキング・オンの時代』で「当初から僕には、ロック雑誌というものが、ロックについて書いてあるものではなく、ロックによってインスパイア―された自分のことを書くべきものだと思っていた」と述懐している。「欲望を飼いならすがごとくの堕落して電話の悲鳴待ちて眠りし」などの短歌は、その種のものだろう。Mami 洋子の投稿「ミック・ミラーバンドの不思議な物語」も「インスパイアー」の一作だろう。ニコやBJ(ブライアン・ジョーンズを指す)が登場する小説で、ジョン・レノンが歌った設定の架空の詞も挿入される。

「ロッキング・オン」は第3号まで出版取次を通さず、ロック喫茶やライヴハウスにも配本されたが、売れゆきが良好だったのは、むしろ一般書店だった(長崎励朗「『ロッキング・オン』 音楽に託した「自分語り」の盛衰」。佐藤卓己編『青年と雑誌の黄金時代 若者はなぜそれを読んでいたのか』2015年所収)。詞・詩に着目する言葉重視、文学嗜好の誌面を考えれば、その売れ方は納得できる。

 創刊2号では、大久保宏「雨の日の女に関する自注」が、ボブ・ディラン「雨の日の女」の詞を片桐ユズル訳で引用し、同曲を解釈している。大久保は、創刊号でもキャロル・キングの詞を考察していた。その作法に刺激されたのか、創刊号で前身バンド、ヤードバーズについて書いた渋谷陽一は、その続きでもある「アリス・クーパー試論(II) つながれた飛行船レッド・ツェッペリン」を創刊2号に寄せた(1979年版『メディアとしてのロックン・ロール』にも収録)。ツェッペリン愛好家として知られるようになる渋谷が、このバンドを本格的に論じ始めた初期の目立つ原稿の1つだ。彼は「天国への階段 Stairway to Heaven」の詞全体の訳を掲げ、同曲収録の第4作『IV』(1971年)をリリースしたツェッペリンの現在を論じている。文中で小説家・詩人・文芸評論家の伊藤整の名に言及する渋谷の書きぶりは、それこそ文芸評論風だ。

 彼によれば、初期の『I』、『II』は、曲も構成も計算されて「音至上主義的」に作られ、ロバート・プラントは「歌を唄うというよりは、叫ぶ楽器的な役割」だった。その「実に良く出来たヘビー・ロック」を評価していた。だが、ツェッペリンは『IV』で破綻したのであり、「天国への階段」がそれを示すと渋谷はいう。バンドの中心人物ジミー・ペイジとプラントの共作であり、後にペイジ作曲、プラント作詞の分担が明確になったが、渋谷の原稿ではペイジ作詞としてあつかわれている。

 輝くものはすべて黄金だと信じる女が、「天へのきざはし」を買い求めている。だが、壁には言葉が書かれているものの、そこに確かなものはない。小川のほとりで歌う鳥、笑い声がこだまする森、ざわめく風といった光景が語られ、「きみが、もし、ものすごく真剣(はーど)にきくなら/きこえるにちがいない/音は、/きみ自身につきささるにちがいない」という結論にたどり着く。そのように物語性があってファンタジー的でもある詞だ。

 渋谷は、ツェッペリンがこれまで自己規制していた自己表現の欲求をぶつけたのがこの曲だと評する。音楽を演奏するバンドが、音楽を聴くこと/聴かれることをテーマにしているのだから、そうとらえるのは自然だろう。だが、本音をいわないことで技術的に完結した世界を構築した初期に比べ、ここには技術的な完成度はない。プラントは叫ばず、歌って表現しているが、「この曲はツマラナイ」、「一つの曲としては破たんしている。詞とメロディーとの緊張関係がないのだ」と渋谷は批判する。「これはいい詞である」であるとしつつ、「詞を唄ってきかせているだけの曲である」と語る。しかし、同時に「とにかくこれは第1歩目である」と、彼らが自己表現を始めた意義を認める言葉も記している。

 今、この原稿を読み返すと、ツェッペリンのなかでも名曲とされる「天国への階段」に対し、渋谷がかなり辛口であることに戸惑う。だが、第3回で述べた通り、彼が1971年(この原稿の前年)に『III』のアコースティック路線への失望を表明していたことを踏まえれば、否定的反応をしたのも理解できる。『IV』は全8曲中2曲がアコースティック・ナンバーであり、「天国への階段」も前半はフォーク調で中盤からエレクトリックに変わるが、ハード・ロックになるのは後半になってからなのだ。渋谷の基本的な好みからはズレている。

 しかし、同曲でツェッペリンが自己表現した意義をそれなりに認めた彼は、やがて『III』や「天国への階段」はバンドにとっての必然的変化だったと評価し直す。『I』(1969年)から第7作『プレゼンス』(1976年)までをツェッペリンの成長物語と見立てる論じ方を整えていく。その起点が、物語的な詞に触発され書いた「アリス・クーパー試論(II)」だったととらえられる。

 渋谷が原稿に挿入した詞の訳が、岩谷宏によることは、文中に明記されている。京都大学文学部仏文科卒の岩谷は、創刊4人組のなかではインテリ・キャラのイメージがあり、洋楽の歌詞を多く訳してもいた。だが、その訳し方は、一癖も二癖もあるものだった。

「天国への階段」の場合、長い曲の詞の全体を訳しているが、逐語訳ではない。もとの詞では「輝くものすべてが黄金だと信じる女がいる」と始まる部分。岩谷はその一文の前に「人はかねてから言う/「輝くもの必ずしもすべて黄金にあらず」と/しかし、この世にただひとり」と加え、女の特別性を強調する。また、「西の方を見る(I look to the west)」とシンプルに書かれた部分を「太陽が沈んでゆく方向をみつめる」とするなど、自身が原詞から想起したものや解釈をところどころ訳文に混ぜている。「それはメイ・クイーン(5月の女王)のための春の大掃除に過ぎない(It's just a spring clean for the May queen)」を「それはすべて、歴史が大掃除をやってる/その、ほうきの動きであるにすぎない」と、より大仰でファンタジー風に表現したのもそうだ。岩谷は、自身の解釈に基づいた装飾的表現を加え、原詞以上にドラマチックな詩に仕立てている。それをもとに書かれた渋谷の論が、物語性を帯びるのは当然だ。

 創刊2号で岩谷は、この和訳以外に自身のロック論3本を執筆したうえ、巻頭に「エマーソンレイクあんどパーマー訳詞集 EL&P/展覧会の絵」を寄せた。このロック・トリオの『エマーソン・レイク・アンド・パーマー』、『展覧会の絵』という初期2作から7曲を選んでいるが、こちらの訳も独自解釈が目立つ。「ナイフ・エッジ」は、原詞のフレーズを活かしながら構成を変え、やはり自身の表現を加えた。「ラッキー・マン」は「なんて幸運な男なのか」をサビにして彼が戦場で不運に死ぬまでを追う皮肉な曲だが、岩谷はサビを省き、原詞のエピソードを改変している。

創刊2号 ロック訳詩集.jpeg

 現在であれば洋楽の歌詞は、インターネットで気軽に検索できるし、自動翻訳で意味もある程度は知れる。だが、1970年代にネットはなかったし、日本盤を手にして添付された歌詞や対訳を読まなければ、それらを知るのは容易ではなかった。岩谷の特殊な意訳は、海外の情報に触れるのが簡単ではなく、著作権意識が希薄だったからこそおこなえた芸当である。それは、「ロッキング・オン」のスタッフにも読者にも好評だったらしく、同誌で彼の和訳が定番になっただけでなく、1975年にはロッキング・オン社の初の単行本として岩谷宏『ロック訳詩集 世紀末解體新書』が刊行された(「エピタフ叢書第一回」と銘打たれたが、第二回以降が刊行された形跡はない)。同書のまえがきには「原詩にほぼ忠実にやったものが多いですが、中には、こっちの百パーセントの創訳もあります」と明記されている。だが、私が目を通したところ「ほぼ忠実にやったもの」は、逆に少ない。

 先の「天国の階段」訳における「歴史が大掃除をやってる」もそうだが、岩谷のロック論や和訳にみられるのは、この音楽ジャンルを歴史の転換の象徴として評価する傾向だ。『ロック訳詩集』のジョン・レノン「SCARED」訳には「旧人類の総体に対する憎悪が結局ぼくのいのち取りになる」、アニマルズ/グランド・ファンク・レイルロード/一九七五スウィーパーズ「INSIDE LOOKING OUT」訳にも「旧人類とは/自分が閉じこめられていることを/自覚できない人達」というフレーズがある。暗黙のうちにロック以後を新人類と規定しているのである。彼の原稿や詩には、そうした新旧の対立図式が散見された。彼が初期「ロッキング・オン」でカリスマ的存在になったのは、自分を新の側と自認する/したい読者が支持したからだろう。

 一方、自ら「創訳もあります」と断った通り、『ロック訳詩集』には大胆な意訳が少なくない。赤ん坊の死を題材にしたアリス・クーパー「DEAD BABIES」では、急性肺炎の幼女が12の病院で診察を拒否され死んだとする新聞記事の文章を載せ、キング・クリムゾン(本ではロバート・フリップとされている)「STARLESS」では「ロックのレコードもますます売れるし/この訳詩集だって多少は売れるだろうし」と原詞とは関係ない露悪的なことを書いている。そんな乱暴な茶目っ気も、岩谷が人気を得た一因だったと思われる。

 興味深いのは、この岩谷の本のなかに松村雄策による訳詞が数編含まれていることだ。第7回で触れたように松村は、創刊号でビートルズの"創訳"めいたことをしていたし、嗜好からして『ロック訳詩集』でジョン・レノンやポール・マッカートニーを訳したのは理解できる。あっけにとられるのは、彼が日本の日本語で歌うバンドまで訳したことだ。「ハートにタッチしたい」と婉曲的に表現していたタイガース「君だけに愛を」については、「性器」、「精液」、「セックス」などの言葉を使った性愛ソングに変換している。また、ジャックス「からっぽの世界」の訳では、僕の吐き出した煙が原詞には登場しない「鏡」に入りこみ、もう1人の自分がせきこむ寓話的な内容を書いている。岩谷も(彼の訳詞から論を紡いだ渋谷も)松村も、原詞が英語か日本語かにかかわらず、アーティストは本当はこう思っているはずだと、裏づけが薄いまま想像したことを書いていた。霊が憑依するというイタコのような作法だ。そうした姿勢が、初期「ロッキング・オン」の有名企画を生み出すことになる。