古書みすみ 2/3

2月26日(金曜)

 朝8時、東京古書会館にたどり着くと、そこにはもう人の気配が満ちている。金曜日には毎週、「明治古典会」という古書交換会が開催されており、深澤さんは経営員として働いている。経営員とは、交換会を運営するスタッフである。集合時間は朝の9時だけれども、経営員の9名は8時過ぎにはもう到着していて、ゆるゆると仕事を始めている。

 古本屋の仕事がこんなに朝早くから始まると知っている人は、世の中にどれだけいるだろう。この時間に東京古書会館に到着しようとすると、満員電車に揺られることになるのだろうか。

「昔は混んでましたけど、コロナになってからはだいぶ空いてます」と深澤さん。「昨日も、座れはしないけど、立っているのは数人ぐらいで。最初の緊急事態宣言のときはほんとにガラガラでした。あのとき、電車も座席を一個空けて座るみたいな、変な風潮がありましたよね。友達と電車に乗って、立ったまま話をしていたら、『お前ら、コロナが感染るだろ!』って怒られたこともあって。マスクもつけてたし、騒いでいたわけでもなかったのに、いきなり怒られてびっくりしました。ツイッターとかでそういう体験談を読んではいましたけど、こんなこと、ほんとにあるんだって。水曜日と金曜日にしか遠出しないので、外の世界の様子がわかるのはその2日だけです」

 深澤さんは水曜日の東京資料会と金曜日の明治古典会で経営員をしている。だから、水曜と金曜は「古書みすみ」の定休日だ。つまり、深澤さんは交換会が休みになる日以外は毎日働いていることになるけれど、仕事が大変だと感じることは滅多にないという。

 古書交換会が開催される3階と4階では、経営員の皆で準備が進められている。カーゴには「出品」と書かれた札を貼られた本の束が積まれている。札には「市会」「月日」「氏名」を記入する欄があり、それぞれ「明治古典会」「2月26日」「××書店」と出品者名が書かれている。このまま出品すると誰が出した本かわかってしまうので、経営員は出品明細書という資料と照らし合わせ、入札用の封筒がついていることを確認したあとで札を剥がし、くしゃっと丸めて床に捨てる。何かの拍子で札が外れてしまったのではなく、確認済みだとわかるように、あえてくしゃっと丸めて捨てる。

 フロアの一角に、まだビニール紐で縛られていない本の山があった。通常、古書交換会に出品される品物は、古書店主が自分で仕分け、市場に運ばれてくる。ただ、大量の買い取りがあったときなど、自分のお店では捌き切れない量の本を入荷した場合、その本を古書会館に搬入し、いくらか手数料を支払って、仕分けを市会に委ねる場合もあるのだという。

「ほんとに量が多いときだと、自分の店でやるよりも、市場でやったほうが広くて作業しやすいんですよね」と深澤さん。こうして市会が仕分けを任されるときは、ベテランの経営員が高価な本を抜き、それは1冊だけで出品するように手配する。残りの本を、他の経営員たちが仕分けして、入札されやすそうな口にまとめ、ビニール紐で縛ってゆく。今回は量が多かったこともあり、昨日のうちから仕分けが行われていたのだという。

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「お、『ボブ・ディラン全詩集』だ」。本を仕分けていた「十和堂」さんが言う。「これなんか、1冊でも行けそうだけどね。アカデミー賞かなんか獲ったとき、結構売れたらしいんだよね」

「アカデミー賞じゃなくて、ノーベル賞ですよ」。隣で聞いていた深澤さんが笑う。「でも、私も、1冊だけで出てて、札が入ってるのを見たことあります」

 体を回転させながら、本をビニール紐で縛り、トン、と本を揃える。入札用の封筒に、品名と番号を記入する。封筒には複写用紙が付いていて、複写用紙は剥がして一箇所に集めておき、封筒のほうは本の束に挿しておく。

「十和さん、これ書いたの誰かわかる?」

 複写用紙を手に、北澤里佳さんが上村さんに尋ねる。封筒と物とが一致せず、誰が仕分けたのか探しているようだ。

「おーい、竜!」。十和さんは「ボヘミアンズ・ギルド」の夏目竜さんを呼び、「これさ、誰の字かわかる?」と尋ねている。

「このへんやってた人だと、二手(舎)さんじゃない?」と竜さん。

「いや、二手ちゃんの字じゃないな。汚さで言うと竜なんだけどな」

 出品される本がカーゴからテーブルにどんどん積まれてゆく。今日は大量の出品があり、テーブルだけでは足りなくなってくると、「ヨーカン、出しちゃおう」と、バックヤードから臙脂色の起き台を運び出す。床に直置きするわけにもいかないので、このヨーカンと呼ばれる箱を部屋の端に並べて、そこにも本を積んでいく。

 空調の音が低く響く。2月の終わりだというのに、暖房ではなく冷房がつけられている。経営員の仕事は力仕事で、冷房をかけていても汗ばむほどで、半袖で作業している人の姿もある。

 経営員は皆、揃いの紺色のエプロンをつけている。胸元には、たとえば「明治古典会/北澤書店/北澤里佳」といったふうに、店名と名前が刺繍されている。自分でお店を開業する前に入会したこともあり、深澤さんのエプロンにはまだ名前が入っていない。花粉が飛び始めているせいか、あちこちからクシャミの音が聴こえてくる。「ボヘミアンズ・ギルド」の夏目竜さんは、エプロンのポケットに箱ティッシュを入れている。

「実咲ちゃん、西脇順三郎全集っていけるかな?」

「どうなんだろう。全部揃ってるんですか?」

「全13巻らしいんだけど――俺、この数字は読めねえんだよな」

「私も読めないです」。ふたりの手元にある西脇順三郎全集には、アラビア数字ではなく、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺとローマ数字で関数が表記されている。こんなふうに言葉を交わしながらも、手を休めるなく、作業を続ける。11時22分、ピンポンパンと音が鳴り、アナウンスが流れる。

「明治古典会の北澤さん、明治古典会の北澤さん。一回受付までお越しください」。アナウンスを聞くと、北澤さんと深澤さんはエレベーターに乗り、1階まで降りてゆく。受付に行ってみると、お弁当が運ばれてきたところだ。

 明治古典会は、幹事と経営員にお昼のお弁当が出る。ちょっと豪華なお弁当で、それが慌ただしい一日の楽しみになっている。お弁当を用意するのは、一番新入りの深澤さんの仕事だ。今日のお昼は、北澤さんの友人であり、神楽坂で「くすだま」という居酒屋を営むご夫婦に、今は飲食店も厳しいだろうからと特別にお弁当を作ってもらったそうだ。

「こっちがお肉系で、こっちがお魚のお弁当です」。差し出されたお弁当は、かなり豪華な内容だ。肉系のメインは豚の生姜焼きで、魚系のメインは鯖の塩焼き。メインの他にも、おかずは盛りだくさんだ。

「すごい、どっちもシュウマイが入ってる」

「ハンバーグも両方入ってるよ」

「ホタルイカの沖漬けと、ポテトサラダもある。めっちゃ美しそう」

「どっち選ぶか迷うね」

 やっぱりお肉系がいいかな。でも、8個ずつしかないから、隠しておくとバレちゃうな。北澤さんは残念そうに言いながら、会議室に弁当を並べる。「私たちがお弁当について話していたこと、書かないでくださいよ」と笑いながら、4階の仕事に戻ってゆく。

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 てきぱき働く深澤さんに、「今日はやる気すごいね」と経営員の誰かが言う。また別の誰かが「毎週取材してもらったらいいんじゃない?」と言う。一瞬の間が流れると、「ごめんごめん、怒った?」と、茶化したふたりが申し訳なさそうに謝り、「やさしい」と深澤さんは笑みを浮かべる。

「明日、皆の態度がいつもと違ってたらどうしよう」。昨日の夜、深澤さんはそんな不安を口にしていた。今まで一度も怒られたことがないけれど、皆が急に厳しくなってたらどうしよう――と。その心配を聞いた時点で、会の雰囲気のよさは伝わっていた。普通は逆で、普段は厳しく接してくれる人が、取材が入ることで優しく接する場合が多いだろう。和気藹々と作業が続き、どうにか古書交換会が会場時刻を迎える正午までには出品作業を終えることができた。ホウキで掃除をしていると、少し早めに到着した古本屋さんたちが、さっそく品定めを始めている。ここから開札が始まるまでのあいだは、短い休憩時間となり、会議室でお弁当を食べる。食事を終えたあと、何人かは会議室に残って談笑している。

「最近、一人暮らし始めたんですよ」

「家賃、いくらだっけ?」

「×万です」

「そんないいとこ住んでんの?」

「え、××さんはいくらですか?」

「俺、学生時代に住んだのは家賃5万円の寮だったから。メシは3食ついてるし、風呂とトイレもあるけど、2畳しかない寮だったから、『いつかここを出て、もっといい部屋住んでやる』と思ってたんだよね」

 明治古典会は古くから続く古書交換会だ。経営員として働いているメンバーも、老舗の3代目や4代目が多く、自分で独立して古本屋になったのは深澤さんの他にはひとりだけだ。

「最初に経営員になったのは、東京資料会なんです」。深澤さんは言う。「2019年の夏、ちょうどサンカクヤマの社長が経営員を辞めるタイミングだったから、『じゃあ交代で入れば?』と言ってもらえて。資料会は自分で独立してお店を始めた人のほうが多いんですけど、そこで働いているうちに、自分で古本屋を始めた人の話だけじゃなくて、継いでいく人の意見も聞きたいなと思うようになったんです」

 東京資料会は学術書や行政資料などが並ぶ会であるのに対し、明治古典会には明治時代の初版本や直筆原稿、書画や蒐集品が並ぶ。美術書が好きなこともあり、入会できないかと相談したのは、2019年の冬のこと。コロナの影響で東京古書会館も閉まり、晴れて入会が叶ったのは去年の夏だ。

「明治古典会の経営員だと、同い年が二人いるんです。夏目君と紅谷さん。夏目君は古本屋になってまだ2年目ぐらいらしいんですけど、美術専門店の息子だから、すごく詳しくて。紅谷さんも、扱ってるものがすごく面白くて、あのふたりは同い年として尊敬できるし、頼りになります。2代目、3代目の人たちは、在庫も資金もある状態から古本屋を始めるから、スタートラインは結構差があるなとは思うんですけど。夏目君も紅谷さんも、お父さんもまだバリバリ現役でやってるんですけど、ふたりとも雇われてる息子感がないんですよね。私だったら、もっと親に甘えちゃうと思うんですけど、自分の意志で継いでいる感じがして。それはほんとにすごいなと思うし、自分とはまったく違う古本屋の話を聞けるのが面白いです」

 お弁当を食べ終えると、皆、古書交換会が開催されるフロアに戻る。経営員も入札は可能だから、気になる本があれば札を入れる。1秒の狂いもなく、13時半ぴったりに、「時間になりましたので、開札を始めます」とアナウンスが流れる。まずは4階の開札だ。経営員には茶色いお道具箱と、紙、セロハンテープ、それに輪ゴムが配られる。間違いのないように、お道具箱の上で封筒を開け、札の金額を見比べて、一番高い金額と入札者を紙に書き、本の束にテープで貼り出す。札を封筒にしまい直すと、封筒の表にも一番高い金額と入札者を記し、次の山を開札する。

 お道具箱の使い方に、性格が滲んでいる。北澤さんは、輪ゴムをお道具箱に何本も通して、そこに封筒やセロハンテープ台を固定し、整理整頓が行き届いている。輪ゴムはまったく使わず、ぐしゃぐしゃのまま開札を進める人もいる。開札の終わった封筒は、「小宮山書店」さんが回収してまわる。開札が始まって10分ほど経つと、「発声を始めます」とスピーカー越しに声が聴こえてくる。「池袋モンパルナス5本口、××円で、××さん」と、どの山を誰がいくらで落としたのか、ひとつひとつ読み上げられていく。

 入札された札には、少なくともふたつ金額が記されている。

 1万円未満の金額を書く場合、金額をふたつ書くことができる。これを「2枚札」と呼ぶ。5000円と8000円と書いたとして、他の入札者の札が5000円未満であれば、下値の5000円で落札できる。ただし、6000円と書いた札が入っていると、上値の8000円で落札することになる。金額に応じて書ける金額は増え、1万円以上10万円未満であれば3枚札、50万円未満であれば4枚札、100万円未満は5枚札と上がっていき、1000万円以上の8枚札が最大の札となる。

 経営員は、誰がどの品にいくらの金額を書いたのか、すべて知ることができる。「これに皆、いくら入れるんだろう?」と気になる品があれば、それを自分で開けてみることができる。

「経営員になったばかりのころは、とにかく間違えないようにってことしか考えられなかったですけど、札を見ると勉強になります。自分が『すごく良い口だ』と思って、それなりの金額を書いて入札したのに、他の人は全然安い値段しか書いてなかったり、自分には売り物になると思えないような口に10万円以上の金額が書かれてたり。まだ知らないことがたくさんあるので、勉強になりますね」

 開札が始まると、多くの店主たちが、自分が入札した口を確認している。自分が落札できなかったとしても、誰がいくらで落札したのかチェックしている。印象的なのは、隅から隅までくまなく見てまわっている店主もいたこと。その店主たちのお店の名前は、さきほどから何度もスピーカー越しに聴こえてくる。つまり、たくさん落札できている。入札した数がそもそも多いのかもしれないけれど、そんなふうにくまなく落札金額をチェックしていくことで、この山はいくらなら落札できそうか、感覚が研ぎ澄まされてゆくのだろう。

「ただいま4階の開札が終了しました」。時刻は14時53分、このアナウンスで短い休憩時間となる。深澤さんはロッカーフロアの給湯室からお水とお茶を運んできて、テーブルに並べている。開札時間ぎりぎりまで、店主たちが品物を吟味し、札を入れている。4階よりも3階のほうが貴重なものも多く、静かな中にも白熱した空気を感じる。

「時間になりましたので、開札を始めます」。そうアナウンスが流れると、15時10分、3階の開札が始まる。

「お前の字、6と8が区別つかねえんだよな」

「漢数字で書きましょうか?」

「いやいや、そういうことじゃない。なんか、見ようによっては8が4にも見えんだよな。今度うちの娘がやってる練習帳やるよ」

「屈辱だなあ」

 そんなふうに軽口を叩きながらも、手をとめることなく作業は続く。今日は直筆原稿もたくさん出品されており、開札が済んだ品物はOPPで包まれる。早朝から働きづめだというのに、誰ひとりとしてサボっている人はいなかった。やはり、歴史ある明治古典会の経営員である以上、サボるわけにはいかないという気持ちもあるのだろうか?

「たしかに、明治古典会は老舗の古本屋さんが多くて、格式が高い感じもあると思います」と深澤さん。「もっと出品数が少ないときだと、高い値段で入札された本があったら皆で見にいくとかもあるんですけど、サボっていても帰りが遅くなるだけなんで、基本的に皆、ちゃんと仕事をしてると思います」

 16時を過ぎると、開札も終わりに近づく。開札が終わった棚を移動させて場所を作り、そこに長机とパイプ椅子が運び込まれてくる。今日は月末特選市で、最後にフリ市が開催されるのだ。フリにまわされるのは貴重な品物である。老舗の店主たちも姿を現し、少しぴりっとした空気を感じる。経営員がパイプ椅子を終えると、皆、思い思いの椅子に陣取る。店主たちには番号が書かれたプラスチックの札が配られる。

「なんでこんな近くに来るんだよお」。目の前の椅子に座った店主に、別の店主が冗談めかして言う。「プレッシャーかけにきたんだよ」。言われたほうの店主も、笑いながら返す。「いざとなったら、これでパシッと行っちゃうよ?」。そう言いながら、札をパシパシと手元で叩き、フリが始まるのを待っている。

 ハの字型に長机が並べられ、そのあいだに演台が配置される。演台に、今週振り手を務める紅谷大鷹さんが立つ。紅谷さんから見て左側に深澤さんが立ち、セリにかけられる品物を掲げている。さらに左側にテーブルが置かれ、記録係が落札者と落札金額を書き記す。その反対、紅谷さんの右側には、つかさ書房・中野さんと二手舎・東方さんが札を持って座っている。ふたりは自分でフリに参加している――のではなく、代理で札を挙げている。フリに出品される商品にも置き入札用の封筒が置かれており、この時間まで会場に残れない場合、そこに札を入れておくと、このふたりが代理でフリに参加してくれるのだ。

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより特選フリ市を始めさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」。紅谷さんの挨拶に、会場から拍手が起きる。「さっそく行かせていただきます。有元利夫作品集、表紙、ドローイング入り。こちらは2千円から!」。すぐに会場から「9万円!」と札があがる。別の場所からさらに声が出る。どちらかが札を下げない限り、ここからは自動的に金額が上がり続ける。紅谷さんはふたりを交互に指しながら、金額を上げてゆく。片方が札を下ろしたところで、その一つ手前の金額で落札となる。木槌をカン!と叩き、「××万円で、××さんです」と告げ、次の品物に移る。

「会員さんたちからすると、金額が上がれば上がるほど盛り上がるんです」。会が終わったあと、深澤さんはそう語っていた。「でも、商品を掲げている側からすると、自分の手元にあるものがどんどん高くなっていくから、怖いんですよね。一回、200万ぐらいまで行ったときはもう、手を離したくなりました」

 みるみる上がっていく金額に、固唾を飲む。フリ市が始まってみると、どこに座るかも大きなポイントだということがよくわかる。一番後ろに陣取れば、誰が札を上げ続けているか把握できる。反対に、最前列に座り、後ろの人には見えないように小さく札を上げ続ける人もいる。勢いよく掲げる人もいれば、腕を組んだままひょこっと札を出す人もいる。そこに人柄が滲み出る。競争相手を諦めさせようと、ポンと高い金額を言う人もいる。置き入札のときには、一見すると(、、、、、)なごやかな空気にも見えるけれど、フリだとむきだしの真剣勝負だ。代理で札を上げているふたりも、重圧を感じているのだろう、札を下るときには悔しそうな顔になる。41点の品物がセリにかけられ、30分ほどで特選フリ市は終了となる。

「今日は41点でしたけど、80点ぐらいフリに出ることもあるんです」。深澤さんが教えてくれる。「今日の紅谷さんともう一人がひと月ごとに交代で振り手をやるんですけど、数が多いときはふたりが途中で交代して、ひとり40点ずつ振ったりすることもあります」

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 フリが終わると、店主たちは三々五々に去ってゆく。車で来場していた人や、落札した数が少ない人は自分で運び出しているけれど、組合が手配するルート便に配送を任せている店主も多い。落札された品物を、落札者ごとに整理してカーゴに積むのも、経営員の仕事である。通路はカーゴで塞がっているので、時に机を乗り越えながら、本を運んでゆく。本を何度も積み降ろすのもかなりの重労働で、経営員になってすぐのころは筋肉痛になっていたけれど、「重くても積めばいいだけなので、もう慣れました」と深澤さんは笑う。ビニール紐を掴み、タン、と本を積み上げる。素人目にはなかなか大胆な運び方に見えるけれど、角が潰れたりすれば落札者からクレームが入るわけだから、どの程度までなら大胆に扱っても大丈夫なのか、加減を心得ているのだろう。今日の交換会に出品された数は850。850冊ではなく、850口である。それだけの数を1日で捌くとなれば、そろそろ運んでいたのではとても追いつかないだろう。あらためて、ここが市場なのだと感じる。

「たしかに、古本屋って言うと文化系のイメージがあると思うんですけど、意外と力仕事だし、市場に入ってみたら体育会系な感じで、部活っぽさもあります。中学・高校のときは部活の雰囲気が苦手で、「皆で協力して頑張ろう!」みたいな感じが嫌だったから、高校のときは帰宅部だったんです。でも、市場に入って、やっと変わりました。いろんな年代の人がいるってことも大きいと思うんですけど、皆で同じ仕事をやるのって面白いんだなって思えるようになったんです」

 本をすべて運び出し、掃除を終えたのは18時半。「二日間にわたって、ありがとうございました」。主任の「水たま書店」さんが、今日の出品点数と取引額が報告する。今日一日でそんな金額が動いたのかと驚く。

「以上、お疲れさまでした」。挨拶が終わり、散会となった。古書会館を出ると、台車を押して歩いてくる人の姿があった。月曜日に開催される中央市会に出品する古書店主が、もう品物を搬入している。今日のような古書交換会が、月曜から金曜まで毎日開催されている。膨大な量の古書が搬入され、落札され、搬出されてゆく。それが毎日のように繰り返されている。

 駅に向かう途中に、床屋があった。店内にはお客さんがおらず、店員さんがぼんやりテレビに見入っている。その画面には、「緊急事態宣言一部解除へ」とテロップが表示されていた。

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