第十七回 女の100年、まだ旅の途中(後編) 対談ゲスト:斎藤美奈子さん
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【対談ゲスト:斎藤美奈子さん(文芸評論家)】
黒船以来の伝統!? 日本は外圧でしか変われない
斎藤 企業の人権意識が大きく変わりつつあるのを知ってます? 人権デュー・デリジェンス(人権DD、注1)っていうのがキーワードなんですが、論拠となっているのが2011年に国連で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」。ジャニーズ問題、故ジャニー喜多川氏の性加害が顕在化した2023年に、国連の「ビジネスと人権」作業部会の調査団が来日して注目されたりしたんですけど。
平山 はい。
斎藤 仮に社内で人権に抵触する事案、たとえば深刻なセクハラとか過労死事件とかが発覚したとしますよね。以前なら、社内で処理すればすんだかもしれないんだけど、人権DDの観点からいえば、その時点で企業はすみやかに調査を実施し、評価を下し、再発防止策と予防策を策定し、それらの情報を外部にも公開しなければならない。しかも、こうした人権問題は、その会社だけじゃなくて、例えばメーカーなら原料の調達先から製造、流通、販売に至るまで、すべてのサプライチェーンに適用される。うかうかしてはいられません。
平山 そうなんですね。
斎藤 中居正広の性加害関連で、フジテレビの人権侵害問題が起きた時、一斉に企業が広告を引き上げたじゃない? あれは広告を出稿している企業の責任も問われかねないからですね。今の企業は、原料の調達先とか工場が海外にあることなどを考えればわかる通り、どこもグローバル化しているから、国際社会の目を無視できない。そういう流れに一番疎いのが日本のメディアかもしれない(笑)。
平山 確かにそうですね(笑)。
斎藤 日本のメディアは日本の中だけで一応完結するので鈍感です。ビジネスと人権に関してはガラパゴス。新聞社の人に「人権デュー・デリジェンス教育ってやってる?」って訊いたら「さあ、やってないと思います」(笑)。出版社もやらないんじゃないですか。
平山 でも、実際に広告を引き上げられたら死活問題ですよね。
斎藤 そう。単に企業イメージが悪くなる程度の問題じゃないんだよね。下手すると取引を切られる可能性がある。
平山 そうか、それでフジテレビ問題もジャニーズ問題も企業が動いたんですね。当時、フジテレビのCMがACばかりになってましたよね、あとは初めて知るような小さな企業とか。
斎藤 そうそう。フジテレビ問題の時は、300社以上が広告を引き上げた。
平山 驚くほどの素早さでした。フジテレビの前にあったジャニーズ問題も2023年にBBCがドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」(原題:"Predator: The Secret Scandal of J-Pop")を報道して、やっと表沙汰になりましたものね。
斎藤 1999年に「週刊文春」がジャニー喜多川の性虐待を報道した時には、無視を決め込んだのにね。ジャニーズも前代未聞の事件でしたけど、フジテレビの場合は会社ぐるみの関与が疑われて、企業体質まで問題になったわけだから、波紋が大きかったよね。
平山 そう考えると、昭和100年の呪いが遅ればせながら解けてきたのか......。
斎藤 昭和の頃の認識は、もはや明治とあまり変わらないほど「昔」ですね。平成は過渡期でしたね。人権問題、ジェンダー問題でいうと、平成元年、1989年から30年、方向性としては前を向いたけど揺り戻しも相当あった。あまり元号で分けるのも意味ないけど、令和になってようやく「何が問題でこれからどうしたらいいのか」という混乱から抜けて出口が見えてきた感じなんじゃないですかね。
平山 そうですね。思ったんですけど、戦後すぐはGHQから言われ、1970年は国際婦人デーがあり、今回は国連の人権デュー・デリジェンスがあり、すべて外から言われて動くんですね、日本は。逆に言えば外から動かすしかない、解決したい問題は国際社会に投げたほうが早いということでしょうか。
斎藤 それはもう黒船以来の伝統で。外圧を理由するのが早い。
平山 そうですね。島国の運命かもしれない。今後は戦略的にSNSとかを駆使して問題を世界に明るみにする、と。日本国内だけで言っているとまた「なんか言っているよ」って封じ込められるけど、それこそ日本外国特派員協会の記者会見を開くとか。
斎藤 独自路線でやると、外が見えなくなって、たとえば戦争をやるわけですよ。100年前がそうだったわけじゃん。国際情勢を無視して「俺らはこれで行くんだ」って。それでいうと今もヤバい。「中国に負けるな」みたいなことを言ってる人がいっぱいいるでしょ。台湾有事への認識を問われて首相自らが「中国の台湾侵攻が武力の行使を伴うものであれば、存立危機事態になり得る」ってわざわざ言うとかさ。日中関係は、これでこじれたわけですよね。迷惑千万。ところが「高市よく言った」とか「習近平に一泡吹かせてやれ」みたいな人がけっこういる。それは戦争への道なんですよ。日本が独自の道を歩むと戦争になりがち。
平山 そうですね。外圧は大事。逆に言えば監視されてるってことですよね。
斎藤 そう。相互監視の時代だから。
「部長、それはセクハラですからね」と言える社会になっただけでも前進
平山 30代以下くらいの若い人はコンプライアンスに関する意識が違うなと感じることは多いですね。男女平等の意識もあるし、コンプライアンスの意識も高い人が多いような気がします。
斎藤 全然違うよね。世代による差は大きいですね。
平山 すごく大きい。政治家もそうですし、企業でも。だけど、わからない人は一生わからない。
斎藤 まあね(笑)
平山 でも人の気持ちは変えられない。意識を変えろというのは難しい(笑)。
斎藤 でも、たとえばコンプライアンスの意識が低い中高年男性でも「なんだかわからないけど今はこっちについておかないとヤバいかも」っていう気持ちはある(笑)。それが第一歩じゃないかな。おじいさんたちと喋っていると「このわからずや!」って思うじゃない。でも、そこで逃げずに反論しておけば、その時は決裂しても彼らは家に帰ってから考える。
平山 なるほど。
斎藤 偉そうなことを言っているけど、帰ってお風呂の中とかで「あれは俺がおかしかったのかなぁ」とか思ったりするから、その場で説得できなくても、あきらめる必要はない。今はこういうことを話題にしやすくなったっていうのはある。かつては思っても飲み込んでいたことが、少し言いやすくなったじゃないですか。
平山 確かに。ちょっと冗談ぽく「それってセクハラになりますよ」って声かけができるようになった。
斎藤 そうそう。「部長、それはセクハラですからね」って言えるじゃない。「それ、アウトですから」。彼らは「いや~困ったな」みたいな感じで誤魔化すだろうし、「こいつ絶対わかってないな」って思うけど、一応部長もちょっとやばかったかなって思うわけ。
平山 道のりはまだまだ遠い(笑)。
斎藤 御社はどうですか?
編集者 (本の雑誌社は)5人しかいなくて、そういう問題は全然ないです。どちらかというと女性が強いから(笑)。
斎藤 出版社は割とそういうところが多いですよね。まあ、裏に回れば、いろいろあると思いますけど。あとは東京と地方の差は大きいですよね。
平山 それは本当にそう思います。SNSを見ていても、東京で、特にこの業界にいると当たり前だと思っているいろんなことが、地方に行くとまだまだ当たり前じゃないんだって思います。「誰のおかげでごはんが食べられると思ってるんだ」と夫に言われたとか、義母や義妹に嫌味を言われるとか、昭和の風景が普通にある。
斎藤 そこを見誤らない方がいいよね。地域差はあまりにも大きい。
平山 でも、そういう人もSNSで繋がって、やっぱりおかしいかもしれないって思い始めている感じはありますね。我慢する必要なんてないんだ、と。
斎藤 法律は全国一律ですからね。法律が機能していないケースも多いと思うけど、情報格差は以前より小さい。情報が欲しい人は手に入れられる状況にはなっている。
平山 あとはYoutubeのおすすめ動画とかで偏った情報に触れないようにしないと(笑)。
斎藤 本当ですよ。動画を2、3本見るだけでアルゴリズムでのおすすめで全部同じジャンルばっかり流れてくるようになる。私はこれが好きだと思われているのか?って。
平山 アルゴリズムが裁判の加害者的存在になったりするのかなと思うんですけど、どうでしょうか。オススメ動画のせいで重大な事件を起こす可能性もありますよね。そういう場合、プラットフォームの責任はどこまで問われるのだろうかとときどき気になります。
斎藤 差別的な表現や誹謗中傷には一定の網がかけられたほうがいいと思うけど、でも表現の規制は難しい。
平山 表現の自由を規制することはできない。でも、アルゴリズムというシステムを導入した責任はあると思うな。とはいえ、AIが成長していくと、どこまでが人間の責任になるかという新たな問題も出てくるかもしれないですね。
文芸作品のトレンドは多様性と「シスターフッド」
平山 ちなみにこの「本の雑誌」は新刊書評が多く載っている雑誌ですが、昭和100年の文芸の変遷についてはいかがでしょうか。昔はそれこそ斎藤さんが『妊娠小説』(注2)で書かれたような女性の描かれ方がありましたが、今でも『妊娠小説』的なものはあるんでしょうか。
斎藤 あることはあるけど、あまり見なくはなったよね。今の文芸界の特徴は女性作家が圧倒的に活躍していること。国際的にも人気があるのは女性作家で、村上春樹1択の時代は終わった。物語内容のトレンドで言うと来ているのはシスターフッドだよね。
平山 そうですね。柚月麻子さん、村田紗耶香さん、川上未映子さん......。シスターフッドって「仲良し」というより、「社会を生き延びるための連帯」に近い感じもしますよね。
斎藤 女性同士のいろんな形の共生。イギリスのダガー賞を受賞した王谷晶さんの『ババガヤの夜』も、バイオレンス✕シスターフッド小説ですよね。 柚木麻子さんの『BUTTER』もあれは木嶋佳苗事件がベースだけど、犯人の女性と取材している記者の関係である種の友情みたいなものが芽生えていく。
平山 確かにそうですね。
斎藤 それがここ5、6年のトレンドですね。もうそれしかないのかっていうぐらいシスターフッドものが多い。今は恋愛というか異性愛が書きにくい。キスして押し倒して恋愛が始まるっていうのはどうなの、と作家だって思うだろうし。
平山 もうそういう時代じゃないですもんね。ジェンダーも多様ですし。
斎藤 BLが流行しているように、男性同士、女性同士の恋愛も新しいテーマとして浮上している。雑な言い方ですけど、多様性の時代を反映していると思います。
平山 男性作家で元気な人っていうと、ぱっと思いつくのは朝井リョウさんでしょうか。
斎藤 ですね。『イン・ザ・メガチャーチ』みたいに、朝井リョウだって女の子を主人公にしていますし。
平山 芥川賞候補作にアセクシュアルが出てくる作品もありましたしね。
斎藤 芥川賞や直木賞の候補作には、ジェンダーがからんだ作品が頻繁に入ってきますね。
平山 多様性っていわゆる「みんな違っていい」という理想形ではあるけど、現実には分断や孤立も生んでいますよね。だからこそ今、シスターフッドのような繋がりが求められているのかな。
斎藤 それもあるし、男同士の絆、いわゆるホモソーシャルな社会に対する批評的、批判的な意味もあると思いますね。
これからの100年。まだ道半ばのわたしたち
平山 ここまで、日本での人権問題への外圧やSNSによる情報量の地域格差の解消、コンプライアンスの意識の世代間格差、文芸作品におけるシスターフッドのトレンドなど、いろいろな話をしてきましたが、声を上げる側だけじゃなくて、黙ってる側も許されなくなった時代という気がします。今って、100年後に振り返った時にどういう転換期として語られる時代になると思いますか。可視化された結果、人は幸せになっているんだろうかと。
斎藤 100年後も幸せな方向になっていてくれないと困りますよね。でも、これまでの100年を振り返れば、やはり人権を尊重し、個々人の生き方を認めようという方向に流れてはいる。現状だけを切り取れば、ムカつくことの方が多いし、特に人権問題で日本は国際基準に大きく遅れをとっていますけど、諦めたら負けなので。
平山 諦めたら負けというのは本当にそうですね。
斎藤 そう思わないと、やってられないでしょ。
平山 おっしゃる通りです。今回、
注1 人権デュー・デリジェンス (人権DD、human rights due diligence)。企業が自社の事業活動やサプライチェーンにおいて生じ得る人権への負の影響を特定・評価し、それを防止・軽減し、対応状況を継続的に検証・公表する一連の手続を指す。2011年に国連人権理事会で支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」において、企業の人権尊重責任を実行するための中心的手段として位置づけられている。
注2 『妊娠小説』 日本近代文学の中に「望まれない妊娠」を物語の転機として用いる作品群に着目し整理・分析した画期的な文学評論。斎藤美奈子の1994年筑摩書房から刊行された最初の単著で、文芸評論家としてのデビュー作である。一般読者にも届く文芸批評のモデルとなり、1990年代以降の女性文学論やフェミニズムの観点から文学作品を読み直す批評として広く参照された。
斎藤 美奈子(さいとう みなこ)
文芸評論家。1956年、新潟県生まれ。児童書の編集者を経て、1994年『妊娠小説』(筑摩書房)でデビュー。2002年『文章読本さん江』(筑摩書房)で第1回小林秀雄賞受賞。近著に『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)、『ラスト1行でわかる名作300選(中央公論新社)。その他の著書に『モダンガール論』(文春文庫)『戦下のレシピ』(岩波現代文庫)、『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)、『挑発する少女小説』(河出新書)、『出世と恋愛ー近代文学でよむ男と女』(講談社新書)など多数。
