第2回 「ヤバい宗教に洗脳されちゃったね」と言われるようになりました  (後編)

 洗脳されていない証明ができず、どんどん疑心暗鬼に

『潜入 旧統一教会』が出版されて半年が経過したくらいで、私の中である心境の変化が生じました。

 友人や知人たちに「大丈夫? 旧統一教会に洗脳されちゃっているんじゃない?」と心配をされると、「そんなわけないじゃん」と豪快に笑い飛ばしたり、「わかる? 一緒に入信しない?」なんて冗談で返したりしていたのですが、次第にそれができなくなりました。

 このように心配をされているうちに、頭のどこかに「オレ、本当に大丈夫だよな......もしかして知らない間に洗脳されちゃっているなんてことは......」という不安が頭によぎるようになり、これまでのように心からの笑顔や、冗談がでてこなくなったのです。

 なぜこんな風になってしまったのかというと、旧統一教会に批判的な先輩ジャーナリストにある一言を言われたからでした。この先輩は私が今回やってきた取材や、世に投げかけた主張は「あり」だと認めてくれる一方で、こんな苦言を呈したのです。

「旧統一教会の内部に食い込むために、信者に寄り添うことは悪くない。でも、君は優しいところがあるから、取材をしているうちに信者に同情したり、感情移入したりするようになっちゃってるんじゃないの?」

 ギクッとしました。実はそれは自分自身も薄々気にしていたことだったからです。

 日本全国の旧統一教会信者にたくさん会って話をしているうちに、彼らが直面している問題や境遇に対して「気の毒だな」「なんとかしてあげたい」と思うような心が強くなっている、と自分でも確かに感じているのです。

 出版後、全国の現役信者の皆さんから「私の話も取材もしてほしい」という申し出が多く寄せられるようになりました。そこに加えて、各地の信者の有志が主催する講演会やシンポジウムに呼ばれることも増えてきました。気がつけば、実際に会って話をした信者は100人を超えました。ちょっとした会話をしただけの信者も含めれば、その倍以上にのぼります。

 これだけ多くの信者たちの話を聞いていれば、私も人間ですのでどうしても「情が移る」部分が出てきてしまいます。しかも、意外に思われるかもしれませんが、信者のみなさんは「いい人」が多いのです。

 マスコミ報道だけを信じている人からすれば、旧統一教会信者はとにかく頭の中は文鮮明氏の教えで一杯で、命じられるままにカネ集めをするように洗脳をされた印象を受けていることでしょう。

 しかし、実際のところは「信仰の力で世界平和を実現できる」という途方もない目標を信じて、地域の社会貢献貢献や国際協力などに頑張っている篤志家がかなりいますし、そういう献身的な活動をしているだけあって、一般市民よりも他者への慈しみの心の強い「いい人」たちも多いのです。

 著書の中でも宣言していますが私は「無神論者」なので正直、彼らが信仰している内容についてはまったく共感できません。話をしていても「かなりぶっ飛んでいるな」と戸惑うこともあります。しかし、そういう信仰の部分を除けば、日々を善良に生きている普通の「いい人」が圧倒的に多いのです。

 ......というようなことを言えば言うほど、読者のみなさんは「うわっ、やべえよ、こいつ」とドン引きをしていくことでしょう。実際、周囲の人々や仕事関係者に、このような話をすると、ほとんどの人たちには、「そうやって "いい人"だと相手に思わすのが向こうの手なんだよ、すっかり洗脳されちゃっているね」と心配を通り越して、憐れみの目で見られます。

救世主? 洗脳疑惑編集者との出会い

 ただ、そんな中でちょっと違う反応をする人に出会いました。それがこの連載の担当者である、本の雑誌社の近藤さんです。喫茶店で企画の打ち合わせをしている時、話題が「旧統一教会」に及びました。そこで私は現役信者に対するこんな率直な印象を述べました。

「信仰にのめり込みすぎて、いろいろな問題やトラブルを起こしているので、洗脳されていると誤解をされているけど、基本的には好きなことに純粋にのめり込んでいる普通の人々ですよ」

 ほとんどの編集者は「なるほど、窪田さんはそう思っているんですね。いやあ、興味深いなあ」なんて感じで適当に話を合わせて、別の話題に移るものですが、近藤さんの反応は意外なものでした。

「そういう人が洗脳になってしまうんだったら、私も洗脳されているのかもしれません」

 実は近藤さんは「ヨッちゃん」の愛称で知られるギタリスト・野村義男さんの追っかけをもう40年以上も続けているというのです。近藤さんは自嘲気味にこう続けました。

「ライブツアーの遠征などもありますから、これまで追っかけに注ぎ込んだ総額で中古の家ぐらいは買えると思います。自分で稼いだお金でやっていることですので誰にも文句は言われませんが、30を過ぎても、40を過ぎても追っかけをやめない娘を母は完全に異常だと思っていました。今ではそれなりに受け入れてくれてますけど」

「お母さんからすれば、娘はヨッちゃんに洗脳されちゃった、と思っていたんですかね?」

「ええ。実際はちょっと違いますけど(笑)。でも、そう思われないようにかなり努力もしましたよ。例えば、彼が旧ジャニーズ事務所のアイドルだった頃、追っかけといえば、『ブスで、デブで、バカでモテない女性が現実逃避でやっている』みたいな偏見の目で見られることが多かったんです。だから"そう見られないようにしなきゃ"と勉強も頑張ったし、お化粧とかファッションにも気を使いました。ヨッちゃんが自分のファンを恥ずかしく思わないようにって」

「確かに何かの夢中になっている人を嘲笑するようなムードってありますもんね。でも、若い時に追っかけをしていてもどんどんやめていくと思うんですけれど、ここまで続けるとはすごいですね。何か理由があるんですか?」

 私の素朴な質問に、近藤さんは少し考えてから、屈託のない笑顔でこう答えました。

「ファンを辞める理由もなく、辞めないできたら40年続いていた、ということもありますが、ヨッちゃんのライブは私の心の拠り所なんです。常に1か月、3か月先のチケットを持っていれば、仕事やプライベートでつらいことがあっても『次のライブまでは頑張ろう』って思えます。ライブ中は目の前のヨッちゃんのことで頭がいっぱいだから、日常の些末なことは忘れられる。一時でもつらさを忘れられる場所があることに救われた時期もありました。友だちとか顔見知りも増えて、彼女たちと会えるのもライブの楽しみです。ここまできたらもう私の人生そのものですから」

 この言葉を聞いて私は「あれ? なんか最近もこんな話を聞いたような」という"デジャブ"を覚えました。そう、旧統一教会信者です。彼らに「マスコミに叩かれたり、家族から反対されたりしても信仰を続けたのはなぜですか?」という質問を投げかけると、こんな答えが返ってくることが多いのです。

 この宗教が心の拠り所になっている。信仰があるので困難が乗り越えられた。つらいことが忘れられた。一緒に信仰を続ける仲間もたくさんいて、自分の人生の一部になっている、あるいは自分の人生そのものだーー。

 アイドルのファンと宗教の信者を一緒にするんじゃない、というお叱りが飛んできそうです。もちろん、両者はまったく違います。ただ、その対象を心から愛して、夢中になるほどのめり込み、これこそが自分の「生き甲斐」だとかたく信じているところに関しては同じではないでしょうか。少なくとも、私には思いっきり重なって見えたのです。

 そのような感想を近藤さんに伝えると、「私、旧統一教会信者と同じなんですか......」とちょっと困った顔をしましたが、すぐに気を取り直して、こんな疑問を投げかけてきました。

「でも、確かにアイドルとかスポーツ選手とか好きな人を追っかけている人と、宗教にのめり込んでいる人の"違い"ってなんなんでしょうかね。例えば、ホストクラブとかにハマって破滅してしまう女性もいるじゃないですか。あれも洗脳なんですか?」

「専門家の中には、あれは"恋愛商法"というやつで洗脳の一種だってことを主張されている方もいますよね。まあ、でも、実際にハマっている女性の中にはそんな話じゃなく、自分の意志で好きな男の夢を叶えるために貢いでいるんだって主張をしている人もいますから、難しいですよねえ......」

 そう自分で言いながら、私の頭の中では「洗脳」というものが、いよいよよくわからなかくなっていきました。

洗脳とは何か? 答え探しの旅へ

 アイドルやメイド喫茶のメイドにも経済的に破綻するほど貢いでしまう「推し」がいますが、こういう人を「洗脳された」と呼ぶことはほとんどありません。一方、ホストや宗教にのめり込んでいる人は当たり前のように「洗脳された」と言われます。単に「生き甲斐」や「癒し」として、自分の稼いだお金で無理なくホストクラブや教会に通っている人であってもです。

 どこまでのめり込むと「夢中になっている」が「洗脳された」に変わってしまうのでしょうか。そこには何か明確な線引きはあるのでしょうか? そもそも誰かを、何かを、好きになってのめり込んだり、強烈に信じたりすることは、人から後ろ指を差されるような悪いことなのでしょうか? 

 というよりも、洗脳、洗脳、とみんな気軽に使っていますが、人間の心というものは、そんなに簡単に操ることができるのでしょうか?

 このような疑問を口にしたところ、近藤さんからこんなありがたい提案をいただきました。

「そのあたりはぜひ私も知りたいです。そこでどうでしょう、窪田さんのように周囲から"洗脳された"と言われている人たちや、洗脳の専門家に会って話を聞いて、洗脳とは何なのか、に窪田さんなりの答えを見つけていきませんか?」

 私は二つ返事で「ぜひやらせてください」と頭を下げました。「洗脳」というものが何なのか、ということがわかれば、最近、私の中に芽生えてきている「もしかして知らない間に洗脳されちゃっているんじゃないの?」という不安に対する「答え」も見つかるかもしれません。

 こうして、「ヤバい宗教に洗脳されちゃったね」と周囲から言われる「洗脳疑惑ライター」の「洗脳とは何か」を見つけていく旅が始まりました。