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9月26日(月)

 昨日、浦和レッズがセレッソ大阪に手も足も出ず、まあ手を出したらハンドで反則なのだが、0対4と大敗を期し、先週起きたことはすべて忘れてしまった。

 それにしても、ついひと月ほど前にリカルド・ロドリゲス監督自身が「私が浦和レッズに来てから一番いい時期を迎えている」と言うほど連勝大勝していたはずが、一気に急下降、今季最悪の試合をしてしまうとはどういうことか。セレッソ大阪との相性もあるだろうし、ACL後に選手やクラブスタッフがコロナに感染しコンディション不良もあるかもしれないが、それにしてもジェットコースターにも程があるのではなかろうか。

 日曜日に負けると、心の回復ができず、まったくやる気が起きないまま週が始まってしまうのが何よりもつらい。それでも気を取り直して出社し、かたやヤクルトスワローズがセ・リーグ連覇を果たし大喜びしている事務の浜田におめでとうの声をかけ、週末に読んだ奥田英朗『リバー』(集英社)の感想を話す。これだけは浦和レッズの大敗でも忘れないほど、すこぶる面白かったのだ。宮部みゆきの『模倣犯』や横山秀夫の『64』と双璧をなす犯罪小説であり、比類なき群像劇。奥田英朗あっぱれ。

 梅屋敷の葉々社さんに、追加注文いただいた「本の雑誌」10月号を納品にあがると、ちょうどそのときいらしていたお客様が、なんと群さんが本の雑誌社で働いていた頃からの読者の方であり、しかも先月刊行した向井透史『早稲田古本劇場』もお読みいただき、「すっごく面白かった」と感想をお聞かせいただく。

 営業に行った先で、自社の本が買われる瞬間を目撃することすら30年間の営業生活でほとんどないというのに、まさかお店で読者と出会え、しかも感想を直接聞けるなんてことは、これまでまったくなかったのではなかろうか。

 そうしたコミュニケーションが起きる可能性を演出しているのは、間違いなくここ葉々社の店主小谷さんの力であろう。ここにいるだけで不思議と知り合いが増えていくような気がする。

 牟田都子『文にあたる』(亜紀書房)を購入する。

9月17日(土)

  • 旅は旨くて、時々苦い (わたしの旅ブックス)
  • 『旅は旨くて、時々苦い (わたしの旅ブックス)』
    山本 高樹
    産業編集センター
    1,320円(税込)
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 実家に車を走らせ、母親を乗せ、父親の入院手続き。当然ながらコロナ感染により面会はならず、受付で荷物を預けて帰宅。

 ビールを買ってきて、昼から飲む。

 人は必ず死ぬ。
 自分はできるかぎり面白い本と楽しい雑誌を作り続け、できるかぎりたくさん売る努力を重ねていきたい。それが僕の生きるということ。

 山本高樹『旅は旨くて、時々苦い』(産業編集センター)読了。旅で味わってきた食べのものとそこですれ違った人々の記憶が綴られている。シシカワブやタコス、ザムザム・コーラなど世界各地の食事にありつくと口の中によだれがじわっと広がり、佇む雑踏や移動するバスからの風景をまるで自分が目にしているかのように思える文章が素晴らしい。絶品の紀行随筆。

9月16日(金)

 リニューアルオープンした西荻窪の今野書店さんへ。地下1階にあったコミックが1階にあがり、すべてがワンフロアで済む無駄なく回遊楽しい本屋さんに様変わり。お客さんいっぱいで活気がすごい。

 三鷹に移動し、こちらはオープンしたばかりの本屋、UNITEさん初訪問。板張りの床と棚が美しく、並べられている本が、崇高なものに見えてくる。アパレルではよくあるけれど、ここではもっと本の値段が高くても購入されるのではなかろうか。

 どんどんと増えていくいわゆる"独立系書店"。それはお店ができればできるほど、いわゆる通常流通の本屋さんと同じ"本屋"でありながら、なんだかどんどん距離が離れていくように思われる。

 版元である私から見ていると、いわゆる通常流通の本屋さんが新幹線で、独立系書店さんは、各駅に停まる鈍行列車のよう。自分たちが作っている本が果たしてどちらの乗客になるのかしっかり考えねばならない。

 母親から電話が入る。

 父親をショートステイで預けていた介護施設がクラスタとなり、父親が高熱を出し救急車で運ばれたというではないか。のちにそれはコロナ陽性と診察され即入院となるのだが、いやはや踏んだり蹴ったりというか、折れたり罹ったりで、7月から悪い流れが続く。

9月15日(木)

 終日、会社で原稿読みと企画立て。たまには落ち着いて考える。
 眠くなる一方で、あまり向いてないことに気づく。

 昼、編集の前田君と洋食屋のマミーへ。メンチカツセットを食す。ここは神保町の宝。

9月14日(水)

 『レジデンス』(角川書店)読了。いやあびっくりした。代表作の『ひと』(祥伝社文庫)をはじめ、これまで何気ない思いやりや優しい言葉の積み重ねで人生が変わっていく様子を描き続けた小野寺史宜が、まさかこんな性や暴力や犯罪が中心の作品を世に出すとは。小野寺史宜が宜史寺野小にひっくり返っちゃうくらい驚く。

 デビュー前の第2回野性時代青春文学大賞候補作「湾岸宮殿」(2006年)を全面改稿した作品らしい。

 それでもやっぱり小野寺史宜の作品なのだった。

9月13日(火)

 朝イチで西荻窪の今野書店さんへ。本日は棚の入れ替え。なかなか見学することのできない作業に興味津々。

 それにしても久しぶりに乗った通勤時間帯の埼京線は激混みで疲労困憊。笹塚時代は毎日これに乗って通勤していたのだが、もはや京浜東北線の楽ちんを覚えてしまったので、身体も心もついていかず。通勤で埼京線を利用している人は、週休4日でいいんじゃなかろうか。

 昼、いったん会社に戻り、創元社に「読書週間フェア」のPOPを届ける。

9月12日(月)

  • 本の雑誌472号2022年10月号
  • 『本の雑誌472号2022年10月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    770円(税込)
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  • イリノイ遠景近景 (ちくま文庫 ふ-54-2)
  • 『イリノイ遠景近景 (ちくま文庫 ふ-54-2)』
    藤本 和子
    筑摩書房
    990円(税込)
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  • 旅は旨くて、時々苦い (わたしの旅ブックス)
  • 『旅は旨くて、時々苦い (わたしの旅ブックス)』
    山本 高樹
    産業編集センター
    1,320円(税込)
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「本の雑誌」2022年10月号搬入となる。

 昼、G出版社A社長と「げんぱち」でランチ、「Folio」でコーヒー。

 その後、浜本が密着取材をしている改装作業初日の西荻窪・今野書店さんを訪問。スタッフのみなさん総出で、棚から本を出し、段ボールにしまっている。地下一階を教室とイベント施設にする予定で、売り場としては90坪から60坪に変身をはかるという。

 帰宅時に三省堂書店池袋本店さんに立ち寄り、久しぶりに心落ち着け、本を買い求む。

 金原ひとみ『デクリネゾン』(ホーム社)
 小野寺史宜『レジデンス』(KADOKAWA)
 藤本和子『イリノイ遠景近景』(ちくま文庫)
 山本高樹『旅は旨くて、時々苦い』(産業編集センター)

 娘からLINE。ドイツは13度らしい。

9月11日(日)

  • 語学の天才まで1億光年
  • 『語学の天才まで1億光年』
    高野 秀行
    集英社インターナショナル
    1,870円(税込)
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    honto

 正午。府中の辺境スタジオへ。高野秀行さんのオンラインイベント「辺境チャンネル」の第14回配信。

 今回のテーマは出たばかりの『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)なので、小細工なしに高野さんの語学愛をどっぷり語っていただく。それにしても「大好き言語ペスト5」やら「語学的に魅力のある街ベスト3」なんて質問に嬉々として答えられる人がどれだけいるのだろうか。

 5時に無事配信終了し、パートナーの渡社長ともどもお疲れ様会。9時に帰宅。

9月10日(土)

 娘よりLINEのビデオ通話がかかってくる。現代のテクノロジーのおかげで、一週間ぶりに娘の姿を見ることができる。すこぶる元気そう。すこぶる楽しそう。唯一気になるのは海外に行ってたった一週間なのに、しゃべり方が早見優のようになっていること。

 実家に車を走らせ母親を乗せて、埼スタへ。2022明治安田生命J1リーグ第29節柏レイソル戦。我らが浦和レッズは、多数の選手がコロナ陽性で離脱しており、試合開催すらも危ぶまれたものの、控えのメンバーがピッチに立ち、どうにかキックオフに。

「こんなときこそ大きな声で応援して選手を後押しするんだよ!」となぜか息子から煽られ、大声でチャントを歌う。

 その甲斐あってか、開始7分、今日はサイドではなくトップ下で起用された大久保智明が、相手DFを剥がしてチャンスを作り、松尾佑介にスルーパス。それをワンタッチで松尾が決めてあっけなく先制点を奪う。怪我の功名というかコロナの巧妙だけれど、大久保のトップ下がとってもいい。その後も追加点と加え、4対1のまったく危なげなく勝利する。

 前回出場した試合で、ミスや消極的プレーをしていた知念哲也や宮本優太が覚悟ある姿でファイトしていたのに感動する。一瞬でもはやく前を向こうとし、50センチでも相手の背後にポジションをとろうとし、ゴールに近づけまいと相手選手に堂々と食らいつく。

 勝つことやスーパーなプレーも当然見たいけれど、こうして選手が変わっていく姿を見るために私はスタジアムに通っているのだ。そして自分も昨日より今日、今日より明日成長しなければらないと前を向かされるのだった。

 いつの間にか選手とともに歌うのが恒例となっていた「We are Diamonds」も、かつてのようにサポーターのみで歌うかたちに戻る。選手のいないピッチを眺めながら、つい先ほどまで行われていた熱戦を振り返り、「つわものどもが夢の跡」のようなこの余韻がいいのだ。埼スタに満月が浮かぶ。

9月9日(金)

  • 本の雑誌472号2022年10月号
  • 『本の雑誌472号2022年10月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    770円(税込)
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    honto

 11時、印刷所より定期購読者分の「本の雑誌」10月号(特集:あなたの知らない索引の世界)が届く。さっそく助っ人の鈴木くんも交えて、ハリハリツメツメ作業に勤しむ。

 昼、お休みで神保町に遊びにきていた書店員さんとランチへ。最近買った本の話などして大いに盛り上がる。

 3時半にツメツメ終了。すぐさま駒込のBOOKS青いカバさんに直納に向かう。

 今月も無事「本の雑誌」ができあがったことにほっとする。

9月8日(木)

「すごく憂鬱なのよね」

 老老介護が限界を迎え、10日前に父親を介護施設に預けた母親が、通院による父親との久しぶりの対面を前に不安そうにこぼす。

 その気持ちは私にもよくわかった。なぜなら私も昨夜からずっと憂鬱だったからだ。

 もし父親が「家に帰りたい」と言ったらどうするのか、ボケが急激に進んで私や母親のことがわからなくなっていたらどうするのか、考えだしたら眠れなくなってしまい、今朝もぼんやりしたまま車を実家まで運転してきたのだ。

 車が大きな病院に着くと、すぐに母親が入り口を指差した。

「あの車じゃない?」

 ロータリーの向こうに一台のワゴン車が止まっており、男性がバックドアを開けようとしているところだった。

 駐車場のゲートをくぐったところで車を停めると、母親はひとり助手席のドアを開け、早足に向かった。

 車を駐車して入り口に向かうと、介護施設から介護タクシーでやってきた父親は車椅子に乗せられ、病院の前に降ろされたところだった。母親が父親の耳元に口を寄せ、「ツグも来てくれたよ」と声をかけている。

 10日ぶりに対面する父親は、うつむきながら言葉を漏らした。

「ツグさんの顔見たら涙出ちゃうよ。おれさ、悪い方悪い方考えちゃってさ。」

 私のことを「ツグ」と呼んでいた父親が「さん」をつけて呼ぶようになったのはいつ頃からだろうか。私の名前もしっかり覚えており、体調も10日前よりは良さそうだった。母親が受付をしている間、仕切りに私に訊いてくる。

「ツグさん、今日会社休んだのか? 大丈夫なのか?」

 今日は日曜日だよと嘘をつこうかと思ったけれど、半ばボケがはじまっているとはいえ混乱させても悪いので、「夏休みだよ」と返事をした。

 父親は18歳から働き始め40歳で独立し、町工場を立ち上げ、それから2年前の77歳まで働き続けた。

 思ったよりも元気そうに見える父親が、掠れた声でつぶやく。

「飯がまずいとかトイレがどうとか施設に関してはなんの不満もないんだけど、あの膨大な時間がな......。だからやっぱり悪い方悪い方に考えちゃうんだよ。」

 父親はどこか内臓が悪いわけではなく、腰の圧迫骨折の痛みがひどく、歩けなくなってしまっただけなのだ。「安静にして、リハビリをしっかりすればまた歩けるようになるよ。そしたら家に帰れるから」と肩を叩いて励ました。

「なんだかツグさんの顔を見るとほっとしちゃうんだよ。やっぱり涙が出るよ」

 そう言って父親はしばらくすると、また「おい、ツグさん、今日会社休んだんじゃないのか?」と訊いてきた。

 声に出さなかったが、私はずっと心の中で叫び続けていた。

「会社なんて、仕事なんて、どうだっていいんだよ、父ちゃん。」

9月7日(水)

 9時半出社。

 月一の在庫チェック。ロングセラーと高々に歌うほどでもないものの少しずつ少しずつ売れ、在庫なくなった本をどうするか非常に頭悩ます。最低ロットで重版したところでいったい何年在庫を持つことなるのか。印刷製本の原価もおそろしいほど上がっているので踏ん切りつかず。つい電子書籍に甘えてしまいそうになりつつ、赤ペン持ちながら頭抱える。

 キンコーズに行き、読書週間フェアのPOPを刷り出す。戻って「本の雑誌」10月号の部数確認のため取次店さんに電話。昼はW出版のMさんとランチ。

 雨降り出す中、早稲田の古書現世に行き、向井さんに『早稲田古本劇場』のサイン本を改めて作ってもらう。

 会社に戻り、双葉社から11月に刊行される『本の雑誌血風録』と『本の雑誌風雲録』の合体漫画『黒と誠』の単行本巻末に収録される予定の現役社員座談会を開催。浜本は夏休みで温泉旅行に行っているため、宿から参加。

 著者のカミムラ晋作さん、担当でありそして元助っ人でもある山沢くん、ライターさんを前に、ざっくばらんに語り合う。

 収録後も頭がヒートアップしていたので、編集の前田くんと社内でビール飲みつつ、だらだらと話す。

9月6日(火)

 iPhoneの時計にフランクフルトの時刻を追加する。そこに表示される7時間ずれた時刻が、娘が過ごす世界なのだった。遠い空の下で娘ががんばって暮らしているというのも、なかなかいいものだ。自分も娘に負けずがんばって生きようと思う。

 9時半に出社。企画会議。進行の松村がポツリと漏らした一言により、2月号の特集まで決まってしまうというなかなかエキサイティングな展開となる。大切なのは会議よりも雑談。

 丸善丸の内本店さんに追加注文をいただいた『早稲田古本劇場』を直納。

 その後、100数社が加盟する梓会という出版団体の事務所へ赴き、9月末に行われる講義の打ち合わせ。ブックイベントについて、ブックマーケットを取り仕切るアノニマスタジオの安西さんとお話するのだった。

 夜、昼である娘から続々とLINEが届く。切符が買えないとか列車を間違えたとか(途中行き先に寄って車両が切り離されるだけだった)、駅に階段しかなくて荷物を持ち上げるのに苦労したとか、紆余曲折ありながらも無事大学のあるハイデルベルクに到着したとのこと。これでひと安心。

9月5日(月)

 夏休み。

「Flightradar」という世界中の旅客機がどこを飛んでいるかリアルタイムでわかるアプリを入れ、娘が乗っている飛行機の動きを終日見続ける。

 おお、やっと乗り換え地点のドーハに到着したぞと妻に報告してしばらくすると娘からLINEが届き、「機内食、量が多すぎて食べ切れなかった」とか「ドーハ、スターバックスラテが800円!」とか「英語がわからなくてゲートがどこかわからん」と報告してきて、こちらも一喜一憂す。

 しばらくするとフランクフルト行きの飛行機に搭乗し、またもやフライトレーダーに釘付けとなる。「イラク上空を越えて黒海に入ったぞ」などと妻に話しつつ、6時間後無事のフランクフルト空港到着を画面越しに確認。家族一同、拍手喝采万歳三唱。

 そしてまんじりとしない時間を過ごしていると、ピコーンとLINEの音が鳴り、「聞いて! 税関の人にちゃんと質問できた! 大丈夫って言われた! ドイツ語通じた!」と興奮のドイツ初めの一歩の知らせが届く。

 とりあえず日本から持っていったスマホは、Wi-Fiの入る空港や駅しか通じず、音信不通になってるときは移動中なのだった。

 成田を飛び立った時には、初めての海外なのに乗り換えなんてできるの? 入国審査しっかり答えられるの? 預けた荷物はちゃんとフランクフルトに届くの? その荷物自分で見つけられるの? 36キロもあるスーツケース持って移動できるの? 電車の切符買えるの? 空港から街まで電車に乗れるの? 駅からホテルまでちゃんと着けるの? ホテルにチェックインできるの? 食べ物買える? なんて数え上げたらきりがないほど浦和レッズの試合前のごとく心配していたのだけれど、娘はしっかり自らの力でそれらを乗り越え、無事ホテルに到着したのだった。子どもというのはやはり親の知らぬ間にすっかり成長しているものなのである。

 娘から送られてきたフランクフルトの駅構内にある本屋さんの写真を眺めながら、長くて短い夏休みは終わる。

9月4日(日)

「行ってくるね」もなく、娘は背中を向けて成田空港第2ターミナル南ゲートに吸い込まれていった。大きく膨らんだリュックを手荷物検査に預けるとボディスキャナ―を通り、あっという間に姿は見えなくなった。

 何かに似ているなと思ったら、それはサッカーの試合だった。小2で女子サッカークラブに入団した娘は週末のたびに試合に出るようになっていた。ふたりで車に乗って、小学校6年の卒団まで、あちこちの河川敷のグラウンドに行った。

 初めの頃は僕もいろいろ口を出していた。あそこはパスを出したほうがよかった、あそこはもっと強く当たるべきだった、あそこでシュートを打てばって。

 でも、ある時、気づいたのだった。僕はたった中学校の3年間しかサッカーをやっておらず、しかも自分はいつもベンチに座る控えの選手だったのだ。

 目の前にいる娘はレギュラーで、僕よりずっと長くサッカーをやっている。出場した試合の数は僕の何十倍にもなるだろう。僕よりずっと娘のほうが経験しているのだった。

 それから僕は余計なことをいうのをやめた。いや、やめたんじゃない。娘のほうがすごいんだって素直に尊敬したのだ。だから僕にできるのはグラウンドに立った娘を信じること。サッカーはグラウンドに立った選手が自由にプレーできるから楽しいのだ。

 今、娘は人生のグラウンドに立ったのだ。

 見えなくなった娘に声をかけようと思ったら、隣で妻が叫んでいた。「お姉ちゃん、がんばれー」。

9月3日(土)

 いよいよ明日、ドイツに向かう娘の荷物を2階から下ろす...もあまりの重さに足元がふらつくどころか持ち上がらない。

 荷物に関して口を出すと必ずケンカになるというのは半世紀生きてきて私も学んでいるので一切口は出さないが、いったいこの重さの荷物を持って、どうやってフランクフルトからハイデルベルクに移動するのだろうか。空港にオリバー・カーンが待機していて、助けてくれるのだろうか?

 7キロランニング。

 渡航前日なので遠征を控えた鹿島アントラーズ戦をDAZNで観る。

 そうか。娘が留学しようが息子が来春家を出ようが、私には浦和レッズがあるのだ。浦和レッズは私が愛し続ける限り、いつもそこにあるのだ。

9月2日(金)

  • 語学の天才まで1億光年
  • 『語学の天才まで1億光年』
    高野 秀行
    集英社インターナショナル
    1,870円(税込)
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 夏休み。いよいよ明後日ドイツに留学する娘とともに浦和に行き、埼玉りそな銀行に出店している外貨両替専門店トラベレックスにて、円をユーロに両替。こんなところがあったなんて今日この日までまったく知らなかった。そもそもユーロの紙幣を見るのも初めてなのだが。

 ミスタードーナツでドーナツを買って帰宅。ドイツにミスドはあるのだろうか。

 昼はそのドーナツと先日小豆島で買ってきた手延そうめん「島の光」。美味い。

 午後、雨降りの間隙をぬってランニングに向かうも5キロ過ぎたところからふたたびの雨降り。土砂降りとなるなか10キロラン。

 内澤さんから電話(原画展のこと)、高野秀行さんから電話(イベントのこと)、今野書店今野さんから電話(取材のこと)あり。頼りにしてもらえるのは幸福である。

 その高野秀行さんの新刊『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)を読む。うちの娘は"語学の天才"まで何億光年にいるのだろうか。

9月1日(木)

 早稲田の古本屋「古書現世」の店主・向井透史さんに初めて会ったのはいつ頃だっただろうか。本屋大賞を始めたか始めてないかの頃だった気がするので、15年から20年くらい前だったか。どこかの出版社の営業マンに誘われた飲み会に向井さんがどんと座っていたような記憶があり、場所はたしか今はなき神保町の洋食店「アミ」だったと思う。あの頃からひと際目を引く包容力のある体型をしていた。

 同席していたのは神保町の三省堂書店のSさんだった。おそらくそのSさんを囲む飲み会だったのではないかと思うのだが、Sさんが企画した古本フェアの品揃えを向井さんがしていると紹介された。なんて書くと簡単そうに見えるが、当時新刊書店に古本を並べて販売するというのはとんでもない出来事であり、新刊書店の売り場は頑なに「一物一価の法則」を訴えていて、かなりチャレンジングな前代未聞のフェアだった。

 同世代ですごいことをする人がいるなあと感心したものの、目の前に座っている向井さんは決してやり手のビジネスパーソンでもなく、雲をつかむような絵空事をいう夢見る夢子さんでもなく、ケタケタ笑いながらおもしろおかしく古本屋業を語る古本屋の二代目店主だった。

 向井さんはそのようにしてとっても気分のよい人だったのだが、出版社の営業である僕が在庫を持ち込むわけにもいかず、そうそう顔を合わすことはなかった。高田馬場の芳林堂書店さんに伺った際に、たまたまBIGBOXで古本市をやっていれば覗き、向井さんの姿を見かける程度だった。たいてい向井さんはレジの片隅で居眠りしていた。いかにも二代目店主らしい姿だと船をこぐ姿を僕は見つめていた。

 いつ頃からだろうか。別冊『古本の雑誌』を刊行したのが2012年だからそれより数年前からだろう。「本の雑誌」で古本屋さんのひとたちの原稿が載ることが増えていった。古本屋さんって面白いなあと感じるようになったのと、それらのことを書評誌である「本の雑誌」の誌面に載せても違和感がなくなったのだろう。あるいは「彷書月刊」が2010年に休刊したその影響もあったのかもしれない。

 そうなると向井さんにお願いすることも少しずつ増えていった。座談会に出ていただいたり、原稿をお願いしたり。向井さんが書ける人なのは、2006年に『早稲田古本屋日録』(右文書院)や『早稲田古本屋街』(未来社)を刊行していたのでわかっていた。

 極めつけは「本の雑誌スッキリ隊」の結成だった。あれはたしか向井さんたちが主催しているイベントに僕がお呼ばれし、本屋大賞の話を姫乃たまさんとした流れで、いろんな話をするようになった結果だったと思う。2019年6月号で告知し、9月号ではその蔵書整理のユニット「本の雑誌スッキリ隊」が特集となった。本の雑誌社の浜本と僕(杉江)に、古書現世の向井さん、立石書店の岡島さんの4人で、読者の方の蔵書整理をお手伝いに参る企画だった。

 初めは神奈川、次は埼玉、そして山梨と行動を共にするうち、僕は向井さん(と岡島さん)の魅力に取り憑かれていった。お二人の古本に関しての知識はもちろん、現状や相場に関して等など、どんなに聞いても話は尽きないのだった。そしてなにより作業が早い。あっという間に本を縛り、車に積み込んでいく。値踏みした金額に間違いもなく、まさしくプロフェッショナルなのであった。ふたりとも仕事に誇りと厳しさを持っていた。

 忘れられないのはスッキリ隊初出動の時のことだ。庭付きの大きなお宅にお邪魔し、あちこちにしまわれた本を片付けているときだった。僕がお客様の前で何気なく「処分」という言葉を使ったことに岡島さんが帰りの車のなかできっぱり注意したのだった。「処分はダメなんですよ。整理と言ってください」。

 それはお客さんに本を手放すことをネガティブに感じさせないための気遣いだった。あるいはネガティブな印象をもたせた結果、本を整理することを突然やめてしまうことにもつながるのだった。実際その後スッキリ隊の活動で当日その場で心変わりする人もいた。それほど蔵書整理というのは繊細なものなのだった。僕は「処分(☓)、整理(○)」と手帳に記し、注意されたことがなんだかとってもうれしく、車の窓から外を眺め、笑みがこぼれた。

 日頃お会いしている新刊書店の人たちともまた違った自由な空気を纏う向井さんや岡島さんの生き様に僕は魅了されていった。気づけば用もないのに向井さんのお店に顔をだし、1時間も2時間もしゃべっていた。

 そんな向井さんが「原稿溜まっているんだけど本にならないかなあ」とつぶやかれたのは昨年のことだった。聞けばとある月刊誌に15年近くに渡って連載している原稿が本にならずにあるという。僕はすぐにその原稿をコピーしに図書館に走った。

 原稿を読んでみると前半の5年分はコラム的な内容で、残り10年分は日記になっていた。ユーモアとペーソスの滲み出る日記には、日頃会っているときにはまったくわからなかった向井さんの姿があった。店のシャッターを下ろしたあと、ひとり孤独に買い取ってきた古本の整理をする日常が記されていた。

 正真正銘、飾りのない"古本屋の姿"がそこにあった。なによりも弱さを堂々と見せられる向井さんの強さにしびれた。思ったように本が売れないこと、人生がうまく行かないこと、そういったことをなにひとつ飾ることなく向井さんは記していた。そして向井さんがいつもうたた寝している理由もわかった。

 読めば読むほど「向井さん、大好き!」という想いが募っていった。50過ぎたおっさんが50になろうとするおっさんを好きになるというのもおかしいのだけれど、僕は向井さんにどんどん魅了されていった。だからこの半年、好きな人の本を作れる嬉しさでいっぱいだった。

 今日も、百円の本を売って、日々の糧に変えていく──。向井さんがそこにいる、と思ったらなんだかがんばれるような気がするのだ。『早稲田古本劇場』はそんな本だと思う。

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