« 2022年9月 | 2022年10月 | 2022年11月 »

10月7日(金)

 朝、会社に行こうと準備をしていたところ、10分ほど前に家を出た息子から電話が入る。忘れものか? それとも事故にでもあったのだろうか? 心臓がぎゅっとなりつつ電話に出ると、「父ちゃん」と息子の声が聞こえてくる。

「自転車が壊れて動かなくなっちゃった」

 事故でなくほっとしたものの、それは大変だ。居場所を確認してすぐさま車で向かう。

 5分ほど車を走らせると、通学路の道端に雨に濡れる息子が立っていた。動かなくなった自転車を手で押さえている。反対車線にいたのでしばらく走って農道でUターンして向かう。

「どうしよう。直るかな......」

 呆然と立ち尽くした息子が呟く。

 この自転車は、息子が小6のときに買ったクロスバイクで、毎日玄関にしまって大切に乗っていたのだ。しかも自転車を買うならちゃんとした自転車屋さんで買えと言った私と一悶着あり、私にとっても息子にとっても思い出深い自転車なのだった。

 俯いてる息子に事情を聞きながら自転車を見れば、後輪を止めていた部品がなくなっており、よくこれで怪我をしなかったなと不思議に思うほどだった。雨に濡れながら車に積み込み、息子を学校に送ることにする。

 さて、どうしたものか。今日は「本の雑誌」11月号の定期購読者分が出来上がってくる日であり、昼には製本所のトラックが会社にやってくるだろう。雨の中、濡らさずに社内へ運び込むためには人員が必要だ。自転車屋さんには明日か明後日に行った方がいいだろう。

 それでも、この自転車をこのままにしておくことはできない。来週の息子の通学に支障がでるのもあるのだが、このままでは息子の心が晴れないだろう。家に向けていた車の方向指示器を出して右に曲がり、自転車屋さんに向かった。

「修理大好き」と看板を掲げた自転車屋さんに着くと、ちょうどおじさんがお店のシャッターを開けているところだった。

「すみません、息子の自転車の後輪が急に取れちゃって...」
「取れた? どういうことだ?」

 車から下ろした自転車を一目見るなりおじさんはとても悲しそうな顔になった。

「おいおい、こうなる前になんかあったと思うんだけど......こりゃあ大変だぞ......」

 外れた後輪をみればベアリングが中に食い込んでおり、40年以上自転車修理をしているおじさんも見たことがない状況だという。

「この部品がさ、いくら頼んでもコロナの影響で入ってこないんだよ。参ったなこりゃ。あの子、何年生だっけ?」
「高3です」
「あと半年か...」
「いやでも来年の春から新潟に行くんですけど、新潟にこの自転車持っていくって言ってて」
「あー言ってた言ってた。新潟に進学が決まったってうれしそうに話してた」

 2ヶ月に一度空気を入れに来ていた息子は、おじさんといろいろ話していたようだ。

「ちょっとさ、問屋さんと仲間の自転車屋に部品がないか聞いてみるよ。」そう言っておじさんはあちこちに電話をかけだした。

 なかなかすぐには見つからず、次々に電話をかけていると、別の電話が鳴った。おじさんが慌てて取るとそれは部品の在庫を確認した問屋さんではなくお客さんだった。

「あっ、一台ありますよ。色は黒しかないですけど。えっとね、諸々込みで12万円くらいかな。はい、ありがとうございます。明日は晴れみたいだから明日来れば? うん、はい」

 おじさんは電話を切ると私の方を向いてにやりと笑った。

「すごいよね。電話一本で電動自転車売れちゃった。まあ、長い付き合いのお客さんなんだけど」

 私にはそのお客さんの気持ちがよくわかった。私もこの自転車屋さんで二台自転車を買っているのだ。なぜならいつもこうして嫌な顔ひとつせず、5年も10年も乗った自転車を一生懸命修理してくれるからだった。

「そりゃあ信頼されてるからですよ」と私が答えると、「40年だからね、この土地で自転車売って」とおじさんは誇らしげに笑った。

 結局、私が待っている間には部品が見つからず、様子がわかったら電話をもらうことにして、出社することにした。

 店を出て、駅に向かって歩いていると息子からLINEが届いた。修理できないかもと報告すると息子は激しく落ち込んだ。同じメーカーの新しい自転車がお店に並んでいたと教えても、どうしても今の自転車を乗り続けたいらしい。

 あとはもう自転車屋さんのおじさんを信じるしかない。直るよう祈るしかないよとLINEを送ると、素直に「うん。祈っとく」と返事が届いた。

 自転車屋のおじさんから「部品が見つかった」と電話があったのは、それから3時間後のことだった。息子に報告すると、息子はすぐに自転車屋さんに電話をかけたらしい。

10月3日(月)

 通勤電車の中で、ずっとサッカーのことを考えていたら、ふとあるフレーズが浮かんだ。

「動いてないやつにはパスは出ない。」

 自分のことだと思った。コロナ禍になって、テレワークとかオンラインとか覚えて、やっている気になっているけど、それはこなしているだけであって、ちょっとのことでもめんどくさいと思うようになっていた。コロナという言い訳が胸に染み付き、めんどくさいをコロナだからに言い換えていたのだ。

 もしかしたら年齢の問題もあるのかもしれない。歳を重ねれば恐れるものが減って、どんどん自由に動けるようになるものと考えていたのに、経験という名の潜入感に蓋をされ、妙に失敗を恐れ、何もしない日々が積み重なっていた。

 仕事というピッチで立ち止まっていたのだ。ボールが来なければ失敗はしない。その代わり成功もしない。なによりも楽しくない。

 何もかもやり直しだ。

*   *   *

 企画会議。
 1月号、2月号と順調に決まるも「おすすめ文庫王国」が難航する。ページを埋めるだけならいつでもできるがそんなことは絶対したくない。とにかく面白いものを作りたい。

 こういうときは時間をかけてもしょうがないので、水曜日に改めて会議することに。

 夜、母親から電話。父親は心臓の治療のため1ヶ月は入院するらしい。それで回復したら次はリハビリの病院に移るという。今年中に帰宅できるかどうか。

10月2日(日)

  • シャギー・ベイン
  • 『シャギー・ベイン』
    ダグラス・スチュアート,黒原 敏行
    早川書房
    3,850円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 本日もキンモクセイの香りを追いつつ、8キロラン。ちょうどよい気候。

 ひと月ほどかけて、ゆっくりゆっくり読んできたダグラス・スチュアート『シャギー・ベイン』(早川書房)読了。

 グラスゴーの閉鎖された炭鉱の町で暮らす少年シャギーは、お母さんが大好きだった。しかしそのお母さんは二人目の旦那に捨てられると月曜日と火曜日に支給される福祉給付金をすぐにお酒に変えてしまうほどのアルコール依存性に陥ってしまう。

 どんなに手を差し伸べても、どんなに愛しても、母親はアルコールの世界から抜け出せない。切なく苦しい物語をシャギーの優しさが包む。ケン・ローチに映画にして欲しい。

 夜、息子をバイト先に迎えにいくと、初めてお給料を手にした息子が給料袋を開けながら大興奮。

「やばっ! えぐっ! すげー! 札束じゃん!! バイトってこういうことか! オレ、がんばろー!」

 私も息子を見習って、明日から初心に戻って働く所存。

10月1日(土)

 朝、6時より15キロラン。日向と日陰の温度差が激しい。そこかしこでキンモクセイの香りがし、大変心地よい。

 昼、来春から息子が通う予定の専門学校の面接へ、妻とともに東京駅まで付き添う。東京駅はキャリーケースを引いた旅行に向かう人々でいっぱい。

 息子の面接終了まで、来年3月に再開発のため営業終了となる八重洲ブックセンターを覗く。妻も私もここで働いていたため、激しい郷愁感に襲われる。

 息子の面接は無事終了し、本来であればどこかで昼食でもとって帰ればいいものの、3時から我らが浦和レッズの試合がありDAZN観戦するため急いで帰宅。

 結果は外食していればよかったという2試合連続の大量失点で敗北。イライラ収まらず酒を飲んで、9時に寝る。

9月30日(金)

 午前中、神保町の出版社で打ち合わせ。昼、高野秀行さんがやってきて、某団体と打ち合わせ。2時過ぎにキリちゃんとランチ。夕方、母親から電話あり、父親の入院が延びるという。なんだか心臓に血の塊が見つかり、その治療をするらしい。

 この夏、圧迫骨折から始まった父親の体調不良は、コロナを経て、さらに大きな病が見つかるという病のスパイラル。こうして人間は死に近づいていくのだろうか。

 気分転換に三省堂書店神保町本店仮店舗に寄って、本の空気をいっぱい吸って帰る。

« 2022年9月 | 2022年10月 | 2022年11月 »