« 2022年11月 | 2022年12月 | 2023年1月 »

12月26日(月)

  • 黒と誠 ~本の雑誌を創った男たち~(1)
  • 『黒と誠 ~本の雑誌を創った男たち~(1)』
    カミムラ 晋作
    双葉社
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 追加注文いただいた「本の雑誌」1月号を両手に抱えて、丸の内の丸善さんと川崎の丸善さんに直納に向かう。おそらく今年最後の直納となるだろう。

 ふと考えてみれば、カミムラ晋作『黒と誠』(双葉社)で描かれているとおり、「本の雑誌」の直納をはじめたのは目黒考二さんなのであるけれど、その目黒さんもおそらく40歳くらいまでには直納をやめていたであろう。そして、その後に入った直納を司る営業の人たちも私ほど長く勤めた人間はいないわけで、となると51歳で直納している私は本の雑誌社の最年長直納記録保持者といってもよいのではなかろうか。

 さて直納なんて本を運ぶだけ、と思われるかもしれないが、そこには結構緊張するというか試練が待ち受けていることもあったりするのだった。

 例えば仕入部があるようなところだと、書店さんの仕入というのはある種体育会系の雰囲気で、しかもお店の混雑とは関係なく取次の便が届いた時間帯はもはや引越し作業中みたいに大忙しなのだ。そんなところに部外者がのこのこ顔を出したところで相手にされないというか完全無視状態に晒されることもないわけではない。

 廊下に立たされるのは子供の頃から慣れてるけれど、仕入部の入り口でぽつねんと立たされるのは結構つらい。なんだろうか。人気ラーメン店で声をかけても自分だけオーダーが通らない感じだろうか。券売機があればいいのだが、残念ながら書店さんには券売機は設置されていない。

 いろいろと泣きそうになってきたが、最近は乗り越えるノウハウを手にした。とりあえず大きな声で挨拶するのだ。そしてさらに大きな声で要件を伝えるのだ。体育会系には体育会系で対応する。簡単なことなんだけど、舞台に立って演技するのが大変なように、こういうことも意外と勇気がいる。どうにか仕入部に納品を終えたときには、「いいね」を1000個もらえたくらいの満足感が味わえるものだ。

 それから売り場に納品なんて時でもお店の方が忙しくて声をかけられないなんてことも往々にしてある。

 新刊の販促などであれば今日は無理だなと帰る決断もできるが、直納となると必ず納品しなければならない。宅急便のように不在通知を置いて再配達するわけにはいかないのだ。10分も20分も鷹が獲物を狙うがごとく様子を伺うこともないわけでなく、判断力と行動力と勇気が試される。

 大切なのは「直納してあげたんだ」なんて驕りを持ってはならないことだ。そんな気持ちを少しでも抱いたら態度や口調に必ず出るもので、こちらの都合で直納している、そういう気持ちで接すべきだ。実際、本を売っていただくわけだからこちらの都合なのであった。そしてこれは直納に限らずだけれど、お店はお客様のためにあるのだ。これは鉄則。

 いざ納品となるが、そこで安心してはならないのだった。時にはやりとりしている間に相対している店長さんがお客様のクレームなどでレジに呼び出され、そのまま放置されるということもある。待っている分にはいくらでも待てるのだが、時には忘れられているということもないわけではない。

 これまた人気ラーメン店で例えるなら、オーダーは通ったものの、自分よりあとに入ってきた客の煮卵チャーシュー中華そばや味噌ラーメン半チャーハンセットなどがどんどん運ばれるのに、いつまで経っても自分の前に単品中華そばが届かない時の気分だろうか。

 まさしくここは人生の岐路。脳内にジャーニーの「セパレートウェイズ」が鳴り響く。

 忘れられてしまったなら改めてお声掛けしなければならないし、単にまだクレーム処理が済んでいないのであれば、催促は失礼にあたる。

 全集中で書店員さんの気持ちを想像し、空腹で絶望感に打ちひしがれる井之頭五郎さんのモノマネや、不自然にならない程度にパントマイムなどをして存在感を示す必要があるだろう。

 そうしてやっと納品を終えたときにかけられる「助かりました」という言葉は、10万リツイートバズるよりも多幸感に包まれるのであった。

 まあそうは言っても売り切れないよう見計らって注文されており直納不要という誇り高き書店員さんもおれば、直納自体禁止のお店もあるので注意が必要だ。

 来年は本がじゃんじゃん売れて直納ラッシュになりますようにと祈りがながら川崎からの帰路についた。クリスマス明けにも関わらず、川崎の丸善さんのレジの行列がすごかった。

12月7日(水)

 午後、営業に出かけようとすずらん通りを歩いていたら、「杉江さん」と背後から声をかけられた。

 振り返るとそこには、おそらく一度しか会ったことのない、とある出版社の編集の方が立っていた。ずいぶん久しぶりのはずなのによく気づいたなと驚いていると、「先日、弊社の営業から2月に出す新刊のプルーフを送らせていただいたのですが、お忙しい中ご迷惑かもしれませんが、よろしければ読んでいただけましたらと思いまして」と言って、道端にも関わらず、90度腰を折って頭を下げたのであった。

 夕方、取次店の方が会社にやってきたので、いろいろと話す。その方は以前、書籍の仕入れ窓口におり、当時は毎月のように見本出しで顔を合わせていた。

「あの頃、俺が見本受付で一番見ていたのは、その本に対する熱ですよね。部外者として一番最初にその本に接する俺を説得できなくて、俺のあとに控える興味も関心もない人に手にとってもらえるわけないだろうって。だから版元の営業マンがどれだけ熱をもって本の話をするかそれをじっくり見てましたよ」

 果たして私は本のためにあんなに腰を深く曲げて頭を下げたことがあっただろうか。あるいは人を引き込むほど熱を込めて本の話をしたことがあっただろうか。

« 2022年11月 | 2022年12月 | 2023年1月 »