3月29日(水)
息子が旅立つ前、最後に浦和レッズを応援したのは駒場スタジアムだった。その日の試合は浦和レッズが勝ち、スタジアムを埋めた約2万人のサポーターは、勝利に酔いしれ"We are diamonds"を歌った。
息子は途中で歌うのをやめ、号泣していた。寂しさ、悲しみ、不安...いろんな思いに襲われたのだろう。観戦仲間のひとりがそんな息子を抱きしめ、「元気出せ!がんばれ!」と背中を叩いていた。
結婚する時、私が妻にお願いしたのは、駒場スタジアムの近くに住むことだった。妻は快く了承してくれ、不動産屋さんを回った時に、「そんな人が年に3人くらいいるんですよ」と言われ、一緒に笑われた。
その後、子どもが生まれ、部屋が手狭になり、引っ越すことになった。その時も僕が不動産屋さんに伝えた条件はほとんど一緒だった。「駒場スタジアムと埼玉スタジアムの間でお願いします」と。
そうしてスタジアムに通うために何度も通った道を、まもなく家を出る息子と自転車を並べ家路についた。途中、大きな通りを渡る手前で、信号が赤になり、自転車を止めた。
息子の横顔を見ながら、ここのところずっと言おうと思いながらも、あまりに陳腐で言えずにいた言葉を、今こそ伝えようと思った。
「お前さ」
「うん?」
真っ赤に目を充血させた息子が振り向く。
「あのさ、夢を持てよ」
しばらく間が空いて、息子が答える。
「うん」
自分自身の、高校を卒業して本と出会い、浪人をやめ、それからの奇蹟のような人生を振り返りながらさらに言葉をかけた。
「あきらめるなよ、絶対叶うから」
「うん」
鈴木忠平『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(文藝春秋)は、夢を持ち続けた人、あるいは夢を見ることをあきらめなかった人たちの熱い熱い物語だった。明日、息子に送る。