11月17日(金)「いらっしゃいませ」ではなく「いらっしゃい」
5時起床。妻を起こさぬよう支度して、雨降る中カッパを着て自転車を走らせ、武蔵野線、京浜東北線を乗り継ぎ、8時57分東京駅発こだま711号に乗車。こだまなど空いているかと思ったものの、指定席はほぼ埋まっており、旅行に行く人多し。実際、熱海でたくさんの人が降りていた。
10時34分掛川着。本日第一の目的地はここから天竜浜名湖鉄道に乗り換えねばならぬが、その駅がわからず右往左往する。後々考えるとJRからの乗り換え口があったものの、それを確かめずに改札を出てしまったのが間違いだった。そして駅舎も電車も想像しているよりずっと小ぶりで、見つけるのに苦労したのだった。
自販機で280円の切符を買ってホームに入ると1時間に2本の電車が10分後に発車するところだった。一両編成の電車に乗り込むも、帰りのことが心配になる。
一駅、二駅はまるでバス停のように近くに停まったので、これは歩いて掛川に戻れるのではと思ったところで、三駅目の目的地・桜木駅まではぐっと距離が開き、歩いて帰るのをあきらめる。
桜木駅下車。旅情あふれる無人駅。わが営業史上初、かも。まずは時刻表にて帰りの電車を確かめる。
地図を見て、てくてくと歩き出す。県道をびゅんびゅん車が追い越していく。10分ほど歩いて脇道へ。すぐそこに「本と、珈琲と、ときどきバイク。」の暖簾を掲げた本屋さんがある。
お店は店主の自宅の庭先にあり、2棟の間に中庭のような空間があり、そこにはバイクが停められていた。1棟がお会計スペースに、もう1棟が本屋スペースとなっている。
まずはレジに座っている店主の庄田さんに、『本屋、ひらく』の執筆のお礼をしてから、本屋スペースへ。約10畳ほどの建物に本がぎっしり並べられている。その店名からバイク専門の本屋さんかと思われるがそうではなく、『続・窓ぎわのトットちゃん』も並ぶふつうの本屋さんなのだった。
なぜ『続・窓ぎらのトットちゃん』や雑誌が棚に並べられるかというとこちらのお店は日販の番線を持ったお店で、いわゆる通常の出版流通の中にある本屋さんなのだ。
店主の庄田さんも日販と取引できたのは「奇跡」と何度もおっしゃっていたが、そのためにたくさんの人のご尽力があったのだろう。おかげで近所の人からの客注も多いらしい。
井川 直子、 長野 陽一『東京で十年。 店をもつこと、つづけること』(プレジデント社)と稲田豊史『ポテトチップスと日本人』(朝日新書)を購入して、丁寧にスタンプを押されたブックカバーを付けてもらいお店を後にする。ふたたび桜木駅で天竜浜名湖鉄道に乗って、掛川に戻る。
続いて、わが心の故郷というか、心の礎というか、心がぶれそうになった時に必ずその顔が思い浮かぶ高木久直さんのお店、走る本屋さん高久書店を訪問する。
引き戸を開けると高木さんの「いらっしゃい」の声。「ませ」がないのがお客さんとの距離感をものがたる。まるでご近所さんか友達の家に来たかのような挨拶で、心がするするとほぐれていく。
高久書店を訪れたのは開店の2020年2月以来。ということは高久書店の歴史はコロナ騒動とともに始まったのだ。ただでさえ書店開業など困難な道しか想像できないところへのさらなるコロナの追い打ちの中、高久書店は船出したのである。
しかし船長である店主の高木さんは、人と人との距離感が広がる中、地元に根付いて、いや根付くどころか地元の中心となり、高久書店を立派に営んでいるのだった。
この日も来るお客さん来るお客さん、親しみを込めて名前を呼んで応対し、またお客さんの方もすっかり高木さんを信頼して本の問い合わせをしたり、あるいは畑の収穫物を手渡したりしている。
人間関係の先に商いがある、という様子をまざまざと見せられ、こんな商売ならば私もやってみたいと思ったのだった。
1時間ほど話し込み、田尻久子『橙書店にて』(ちくま文庫)を購入して、限定の牛乳石鹸のカバーをしてもらいお店をあとにする。
駅に戻り、ちょうどすぐきた東海道本線に乗り込み、次なる目的地、静岡を目指したのだった。