4月14日(日)コンビニ
本日は母親の友達も来ず、一日、二人で過ごす。
天気がよかったので、父親の墓参り後、車椅子を押して長い散歩にでかける。桜は今週いっぱいで散ってしまうだろう。母親はもう一度桜を見ることができるだろうか。いや私だって明日何が起こるかわからないのだった。
母親とともに過ごすようになって、人生が有限であるということを改めて認識するようにった。ならばただそこを惰性のように生きるのは私の性に合わない。
散歩でのどがかわいただろうとコンビニへ。車椅子になって以来、ほとんどお店に行っていない母親に「ほしいものなんでも買いなよ」と促すと、はじめは「別になにもほしくないよ」といっていたのに、しばらくするといくつかの商品を手にする。
それらを持ってレジに向かい、お金を払うとなんだか母親はとてもうれしそうだった。
物を購入するということはコミニュケーションなのだ。
夜、餃子を焼いたら、6個ペロリと平らげた。来年も桜が見られるかもしれない。