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5月8日(水)中島みゆき

青いファザードが目印の駒込のBOOKS青いカバさんに「本の雑誌」6月号を納品。

平松洋子さんの連載「そばですよ!」でも紹介していた「一〇そば」にてジャンボゲソ天そばを食べた後、慈眼寺に向かい、目黒さんのお墓に6月号をお供えし、線香が真っ白い灰になるまで会話する。

夜、有楽町の東京国際フォーラムへ。今夜は伊野尾書店の伊野尾さんに誘われて中島みゆきのコンサートを堪能するのだった。

しかし、中島みゆきは私にとっては、ベストテンに出ない人であり、金八先生で沖田浩之と加藤優が暴れて警察官に捕まってしまったときの名曲を歌っている人であり、あとはプロジェクトXの歌の人でしかなかった。

それでも、伊野尾さんから「中島みゆきのコンサート(チケット取れたら)行きませんか?」と誘われた時、すぐに「ぜひ」と答えていた。

なぜなんだろうか──。

中島みゆきが本当にこの世に存在するのか確かめたかったのだ。あまりに神々しいというか、この世に本当に存在するの?と疑ってしまう人物のひとりなのだった。

だからすぐに「行きます」と返事したわけだが、ひと月ほど経った頃に「チケット取れました!」と報告が届くと、今度はプレッシャーに押しつぶされそうになった。

何せ私は、中島みゆきの歌を2曲しか知らないのだ。そんな人間が、入手困難なチケット手にして、客席に混じっていいのだろうか。さらにおよそ2時間のコンサートを興味を持って観ていられるのかも不安だった。

とにかく知ってる曲を増やそうとApple Musicを「中島みゆき」を検索した。びっくりした。ないのだ、中島みゆき。中島、サブスクやってないってよ、だ。

いや、数曲あることはあるんだけど、「はじめての中島みゆき」というプレイリストしかなくて(それと人に提供した曲のプレイリスト)、だからそれを毎日聴いて予習していたのだけど、その曲曲をどう判断していいかわからなかった。

安直な応援ソングでもないし、失恋ソングでもなく、またストーリーソングでもないと思った。

またフォークなのか、ポップスなのか、あるいは歌謡曲や演歌でもなくもちろん民謡でもなく、そしてロックなのかもわからず、私の音楽感の中でうまくカテゴライズできずにいた。

そうして期待と不安を抱えたまま迎えたのが今日だった。

雨がしとしと降る東京国際フォーラムのホールAは人でごった返していた。グッズ売り場には長蛇の列ができ、座席に向かうエスカレーターにも人の列ができていた。多くの人が私より年上だったが、それでも結構若い人もいて、「現役」のアーティストなんだなと思ったりしてるうちに、5分前のベルがなった。そして時間通りの6時30分にコンサートがスタートした。

演奏が始まる。舞台にはコーラスやストリングスも含めて15人のプレイヤーがいて、しかも今どきみんなイヤフォンでクリック音聴きながら演奏するのに、なんと指揮者がいるのだった(この指揮者が長渕剛のプロデュースもしていた瀬尾一三なのは、後のメンバー紹介で知った)。

豪華なバンド構成だなあと思っていたら、ギターを抱えた中島みゆきが登場する。二階席で遠かったけれど、隣のおばちゃんが双眼鏡覗いてうっとり頷いていたから間違いなく本人だ。

その、中島みゆきが、マイクの前に立って、一声出した瞬間に、国際フォーラムの空気が固まった。ピキピキって音がして、薄い氷が会場全体を覆ったようだった。

それから2時間。寝るどころか、目を閉じるのも忘れて、中島みゆきの歌に聞き惚れた。

曲を知ってるかどうかなんてまったく関係なかった。

慄くほど歌の上手い人がそこにいて、どんなカテゴライズもできない、まさしく「中島みゆき」の歌を、うたっていた。

これまで52年と9ヶ月生きてきて、初めての衝撃だった。中島みゆきは、正真正銘唯一無二の本物だった。

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