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9月27日(金)茶木則雄さん

 茶木則雄さんの訃報が届く。

「なあ、杉江。メールにハートマークがあったら俺に気があるよな。それも3つだぜ」

 営業に行ったところ「お茶飲もう」と誘われ、船橋のときわ書房さんの並びのケーキ屋だか洋食屋だか喫茶店に入ると、茶木さんはタバコを取り出しライターで火をつけ、携帯を見せながら話し始めた。

「そんなわけないじゃん!」と思ったけれど、とてもうれしそうに話す茶木さんの姿を見たら否定することもできなかった。

 たしかそのあとハートマークを信じてアタックしたら、こっぴどく振られたんではなかったか。そのとき、茶木さんは40代後半であった。

 茶木さんのことを「ろくでなしだけれど、人でなしではない」と言ったのは、ときわ書房の弟子である宇田川さんだったか。私はその言葉を聞いて、「まさしく!」と膝を叩いてしまった。

 茶木さんは仕事をサボって競馬場にいたりするろくでなしだったけれど、人間としてはしごく真っ当な人だった。特に本に対する時は、とても真摯で熱い人だった。私はもうひとり同じような人を知っているけれど、その人の名は目黒考二という。二人はとても仲が良かった。

 私が本の雑誌社に入社したのは、1997年10月15日だった。

 茶木さんの著作である『帰りたくない!』の初版発行日は、1997年10月25日だ。

 本の雑誌社に入社して初めて営業した本が茶木さんの『帰りたくない!』であり、入社して数週間後に市ヶ谷のアルカディアで開かれた「茶木則雄の出版と新たな門出を祝う会」では、何もわからず受付に立っていた。

 そう、私は「本の雑誌」を読んでおらずに本の雑誌社に入社した人間なので茶木さんの存在を知らなかったし、その受付の向こうで開かれていたダブルシンポ(真保裕一さんと新保博久さん)による漫談(挨拶)もその価値がわかっていなかった。

 私が本の雑誌社に入った時には、茶木さんはすでに深夜プラス1を辞めており、深夜プラス1は、茶木さんから引き継いだ浅沼茂さんが店を取り仕切っていた。

 余談になるけれど、この浅沼さんも人柄の大変良い人で、私はたくさん面倒をみてもらった。浅沼さんを中心に版元で集まってよく酒を飲んだのだが、そこで出会ったのが、のちに本屋大賞を一緒にやることになる日販(当時)の古幡さんで、古幡さんも私も、浅沼さんの口癖である「面白い本は独り占めしちゃダメ!」という言葉を礎にして、本屋大賞を運営しているのだった。

 さて、茶木さんである。あまり接点のないまま過ごしていたのだけれど、いつだったか書店員として復帰したという連絡があり、私は船橋のときわ書房さんに馳せ参じたのだった。

 それから私は書店員・茶木則雄の凄さを知ることになる。読んでつまらなかったら返金保証とか深夜のサイン会とか(この辺りは深夜プラス1ですでにやっていた)常識を覆す販促を次から次へと産み出していくアイデアマンだった。おそらく今店頭でやっているほとんどの販促方法は茶木さんが編み出したのではなかろうか。そう思えるくらいいろんなことをやっていた。

 もちろんそれらはしっかり品揃えされた棚や平台があってこそなのだが、一冊でも多く本を売りたい、あるいはこんな面白い本が出ているのに放っておけない!という想いが溢れていた。ちなみに私はもうひとり同じような人を知っているけれど、その人の名は目黒考二という。しつこいようだが、二人はとても仲が良かった。

 そうして茶木さんが書店員に復帰した時代に、本屋大賞を作る話が湧き起こるのだから、やはり本の神様というのはいるのかもしれない。

 茶木さんの本屋大賞創設に関わる功績は以前別のところで書いたのでここでは記さない。

 ただ茶木さんが本屋大賞を離れたとき、「杉江と喧嘩した」という噂が一部で流れていたらしい。

 事前情報の取り扱いで、私が茶木さんを怒ったのは事実だけれど、喧嘩なんてまったくしていない。

 なぜなら私はろくでなしの茶木さんが大好きだったからだ。

 だんだんあっちの方が楽しそうに思えてくる。しかしそんなことを考えていると本当に死に引きずりこまれてしまうので、考えないようにしようと思う。

9月26日(木)成田空港

タイに行くという娘を送るため、急遽、代休をとって成田空港へ。

手続きをする娘とわかれ、ぼんやり出発案内を眺めていると、こころがほぐれてくる。

日頃、「ここしかない」と思って生きているのだけれど、空港にいると「どこでもある」気がしてきたのだ。

これから気が塞ぐときは、空港に行こうと思う。

搭乗ゲートに消えていく娘を見るのは、ドイツに留学した2年前の夏以来。

narita.jpg

9月25日(水)思いつくために

5時半起床、6キロラン。

なぜ私がランニングを続けているかというと、サッカーのため、というのがあるのだけれど、それと同時に思いつくからなのだった。何を思いつくかというと「本の雑誌」の特集とか、書籍の企画などだ。それを考えようとして走っているわけでないのだけれど、走っているうちにいろんなことが頭の中に浮かんでは消え、ときにその浮かんだものが破裂するかのようにして、思いつくのだった。

物事を考えるとき、それを集中して考える人もいるのかもしれないが、私は常に考えるというか、考えなきゃいけない箱に入れておき、100%ではなく、10%から60%くらいの間で、転がしているような状態にしておく。そうしてひょっこりした瞬間に、答えが見つかるのだった。

今日も走っていると突然、この2ヶ月悩んでいた高野秀行さんの新作のタイトルが思いついたのだった。スマホを持って走っているので、すぐさまそれを高野さんにメールする。もちろんこの思いついたタイトルが正解だとは思っていないのだった。

これまで高野さんとああでもないこうでもないと議論していた中に、新たな光を当てることによって、別のものが浮かび上がるのではないかと思ってのことだ。

会社に着いて、デスクワークしていると、高野さんからメールが届く。そこには私の送ったタイトルに対しての感想と、高野さんが思いついた新たなタイトルが記されていた。

その高野さんのタイトル案は、高野さんの覚悟というか方向性がはっきり伝わってくるものだった。

ならばさらに一歩進めて、こういうタイトルと、今度はそこで閃いた帯コピーを添えてメールをした。

しばらくすると、高野さんから電話が入り、「タイトルも帯もこれで行きましょう。決まりだね!」と言われたのだった。飛び上がるほどの喜び。

本を一冊作るのは、本当に大変だ。

例えば400字×300枚=12万字の本文がフィニッシュしたとしても、それに約10字程度のタイトルが決まらなけれな先に進めない。さらにタイトルが決まったとしても、今度は100字程度の帯コピーが思いつかなければ止まってしまう。さらに、さらに...と無数の「思いつく」ことが必要で、それは一切手を抜くことなく、限りなく正解に近い言葉や文章を引き出さなければならない。どこから? 頭から。

だから、私は、毎日走っているのだ。

9月24日(火)追加注文

5時半起床、5キロラン。

昼、見本出しで大阪より上京した140Bの青木さんと小川町の「とんかつ近定」で昼食。私はランチ(揚げ物3つ)、青木さんは日替わり(揚げ物5つ)。

書店さんから「本の雑誌」10月号の追加注文の電話が入る。日々、FAX等でもこうして追加注文いただいているのだけれど、月刊誌である雑誌を売り切りにせず、売れるだろうと追加注文していただけることに涙がでる。

その注文の裏には、お客さんの期待(あるだろうと思ってお店に買いにくる)に応えようとする書店員さんの誇りがあるのだ。

9月23日(月・祝)曼珠沙華

ランニング10キロ。
見沼代用水東縁でしばし足を止め、真っ赤に咲く曼珠沙華を眺める。

TVerで北方謙三さんの「情熱大陸」を見て、胸を熱くする。

「なにかひとつだけ大事なものをもっていて、それは(どんな時代になろうと)変えない」

9月22日(日)石橋毅史『本屋な日々 青春篇』

  • 本屋な日々 青春篇
  • 『本屋な日々 青春篇』
    石橋毅史
    トランスビュー
    1,980円(税込)
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    HMV&BOOKS

昨日までの暑さはどこに行ったのか一気に秋らしくなる。ときおり雨がぱらつくなか、朝6時にランニングにでる。

1月19日からはじめた母親の週末実家介護生活以来、初めて日曜日を自宅で過ごす。昨日、お茶丸広場ブックマーケットがあったため母親を施設に預けたままなのだ。今日と明日は半年ぶりに訪れた私の休日だ。10キロ走るつもりが、15キロに伸びた。

走ってる間、何度も母親の顔が浮かぶ。今日迎えに行って、火曜日にまた預けることもできたのだ。

私はそれをしなかった。

8時前、帰宅し、シャワー浴びる。

昼、ヤオコーで買ってきた弁当を肴に、サッポロ黒ラベル1本。

お茶丸広場ブックマーケットで買ってきた石橋毅史『本屋な日々 青春篇』(トランスビュー)を読む。

『「本屋」は死なない』を書き終えた石橋さんは、その後何を書くべきか、本屋をどう記すべきか悩みながら、長谷川書店の長谷川さん、BOOKS昭和堂の木下さん、シマウマ書房の鈴木さん、春光堂書店の宮川さん、北書店の佐藤さん、伊野尾書店の伊野尾さん、本は人生のおやつです!!の坂上さん、ヴィレッジヴァンガードの花田さん、岩波ブックセンターの柴田さん、市場の古本屋ウララの宇田さん、うさぎ堂の伊達さんと日本各地の書店員をめぐる。

この本なのかで、2011年に刊行された石橋さんの前著である『「本屋」は死なない』で、ひぐらし文庫の原田さんが漏らした

「情熱を捨てられずに始める小さな本屋。
 それが全国に千店できたら、世の中は変わる。」

という言葉が何度か記される。

それはまさに全国各地に大手取次を介さない本屋が生まれている今なのだが、果たして世の中はどう変わったのだろうか。

石橋さんに、それをまた旅して書いて欲しいと思った。

いや、その「全国に千店できたら、世の中は変わ」った姿に関しては、スタジオジブリが刊行する「熱風」2024年9月号で、津野海太郎さんと辻山良雄さんが「
書く人と読む人、そして本屋のありようが変わってきた」と題して対談しているのだった。

9月21日(土)いつも読んでますよ

「書籍の刊行計画なんてめちゃくちゃでほんと大変ですよ」
「一年に1万部を越える本が一冊でも出たら...って思いますよね。そしたら一息つけるというか」
「三冊赤字の本が続いたら資金繰りはショートしちゃいます。そしたら妻からお金借りたりして...。もう出版社やめろってと散々言われてます」

お茶丸ブックマーケット二日目。一緒に本を並べて売っている出版社のひとたちと隙をみて話をする。みんな黙っていては本が売れないからこうして机に本を並べ、自ら大きな声で来客を呼びかけ、ひとりひとりのお客さんと会話しながら、手間をかけて本を売っている。

本を作り、売り続けることに対しての苦しい言葉が続くけれど、一冊の本を、丁寧に、そして大切にしている様子は、机に並べた本を触る手つきで伝わってくる。また、一冊の本を、あるいは自身の出版社を知ってもらうために、刊行目録やしおり、グッズなどしっかり工夫して作ってもいるのだ。

本の雑誌社も、あるいは私自身も、同じ立場であるはずなのに、果たしてこの必死さがあるだろうか。会社の歴史や椎名さんや目黒さんの名の下に、あぐらのかいている部分もたぶんにあるのではなかろうか。

「いつも読んでますよ。楽しみにしています!」

そう声をかけて本を買って行ってくださる読者の方が何人もいた。それが、どれだけ幸福なことなのかをしっかり噛み締めなければならない。

午後5時、ポツリポツリと雨が降り出し、二日間に渡る「お茶丸広場ブックマーケット」が終わった。雨に濡れないよう、そして折り目がついたりしないよう、大切に本を片付けた。

9月20日(金)お茶丸広場ブックマーケット

朝9時、御茶ノ水の丸善さんに集合する。本日と明日、店の前のスペースを使って「お茶丸広場ブックマーケット」が開催されるのだった。昨年は土日の開催だったが、今年は金土の開催となり、果たしてどんなお客さんが来店されるのか楽しみなのだった。

しかし、9月下旬だというのに35度を越える猛暑日で、おそらくこれまでの人生で一番暑い中で本を売る日となる。

それでもいろんな人が訪れてくださり、様々な話を伺うことができた。

イベントで売り上げを聞くような人は何もわかっていない。イベントとは、そんなところに価値があるものではないのだ。

9月19日(木)大集合

朝5時起床。ランニング6キロ。

11時、久田さんほか書店員さん4人が会社に大集合。お弁当をつつきながら、いろんな話をする。

15時、大竹聡さん来社。『ずぶ六の四季』にサインしてもらったあと、神田のまつやへ。ただいま制作中の新刊『酒を出せない酒場たち(仮)』の相談などしつつ、板わさ、焼鳥で日本酒をぐびぐび。〆はもちろん蕎麦。

9月18日(水)お迎え

朝5時起床。ランニング6キロ。

午前中、高野秀行さんとAISAの渡さんとオンラインで打ち合わせ。

昼、『迷う門には福来る』の久田さんが名古屋から上京されたので東京駅にお迎えにあがり、久田さんの目的地である文藝春秋にお連れする。なんでこんな最恵国待遇をしているかというと、どうせ迷って迷惑をかけられるのだから、それなら先手を打って東京駅から一歩も動かさず面倒を見た方が楽だからなのだった。

午後、四ツ谷駅から一路京成の志津駅へ。ときわ書房志津ステーションビル店のHさんにお届けもの。それにしても素晴らしいお店だ。

9月17日(火)うれしい直納

  • 神よ、ペップを救いたまえ。
  • 『神よ、ペップを救いたまえ。』
    マルティ・ペラルナウ,イルヴィン孝次,高野鉄平
    カンゼン
    3,300円(税込)
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    HMV&BOOKS
  • 遊牧民、はじめました。 モンゴル大草原の掟 (光文社新書 1328)
  • 『遊牧民、はじめました。 モンゴル大草原の掟 (光文社新書 1328)』
    相馬拓也
    光文社
    1,100円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

朝5時起床。ランニング6キロ。激暑の間、回数を減らしたり、距離を短くしていたランニングを先週から本格的に再開した。週40キロがノルマ。まあまだ激暑なのだが。

午前中、9月の新刊、川口則弘『文芸記者がいた!』の部数確認。

午後、宮田珠己さんに来社いただき、『無脊椎水族館』などにサインしていただく。

夕方、丸善丸の内本店さんに追加注文いただいた『本の雑誌』10月号をお届けにいく。実は、先月、毎号追加注文して持ってきてもらうのも申し訳ないからと定期部数を増やしていただいたのだが、なんとそれでも結局足りずに、追加注文いただけたのだった。こんなにうれしいことはない。

マルティ・ペラルナウ『神よ、ペップを救いたまえ。』(カンゼン)
相馬拓也『遊牧民、はじめました。 モンゴル大草原の掟』(光文社新書)

9月16日(月・祝)「ラストマイル」

朝8時半に介護施設の車が迎えにきて、母親を見送る。開かない窓の向こうで笑顔で手を振る母親を滲む視界で眺める。

春日部から浦和まで、走って帰る。約15キロ。気温がいくらか下がっていたので、足取りも軽い。

自宅に帰宅後、シャワーを浴びて、妻と映画を観にいく。

家族間のLINEで、娘と息子が揃っておもしろかったと騒いでいた「ラストマイル」を観たのだった。飽きっぽい私が2時間夢中になってドキドキしながら観られるクライムサスペンスであり、お仕事ものでもあり、プロジェクトX的でもあり、たいへんおもしろかった。

それはともかく、上映前にウザいと思われるほど流す予告編や館内に貼られた12月上映の映画のポスターを見て、やっぱり本は時間が無さ過ぎるのかもしれないなあと思うのだった。

大半の本は校了から20日から2週間で店頭に並ぶわけで、発売前に販促にかけられる時間などほとんどない。キービジュアルと思われる装丁を広める時間すらなく、それでいて本屋さんに並べられても2週間くらいで、売れる売れないの判断を下されていくのだった。これで、本と出会えるなんてほとんど奇跡も同然だ。

さらに家に帰って、娘が買い求めていたパンフレットを眺めていたら、たくさんのオリジナルグッズが紹介されていた。

ステッカーにボールペン、作中で使われているネックショルダーストラップに名刺、さらにコンテナボックスまで作られているのだ(ネットで確かめたらすべて売り切れとなっていた)。この映画はヒットが予想され、予算をかけられたのかもしれないが、放映時にこれだけのグッズが用意されているのだ。

この映画を観て、この映画を好き(推し)と思った人の想いを受け止める装置が用意されているのだ。

数ヶ月前に雑誌「DIME」で、「 ヒット商品は「推し」が9割!」と特集が組まれ、その購買行動を「オシノミクス」と名付けられていた。

まさしくこれらグッズは、オシノミクスを狙った商品だろう。

出版物というか、たとえば小説の場合、おおよそどんなにその作品を好きになっても、その好きを伝え、表現することは、Amazonで星をつけるか、SNS等で感想書くくらいしかできないのだ。

例えば私は今、松永K三蔵の『バリ山行』(講談社)が大好きなんだけど、もし妻鹿さんのピックステッキのキーホルダーとかMEGADETHのTシャツや青いタータンチェックのマスキングテープが売られていたら買ってしまうだろう。

あるいは映画には必ずパンフレットというものが用意されているけれど、小説にもパンフレットがあってもいいかもしれない。著者インタビューに、編集者、校正家、デザイナーなど、本に携わった人たちのコメントが載った冊子が売られていたらファンとしては思わず買ってしまう。

好きなものにお金を使える喜びを用意してあげるのは、一冊の小説からいくつもの売上が作られることになるだろう。

翻って現在は慌ただしく本が作られ、慌ただしくお店に並び、慌ただしく返品になっている。グッズやらパンフレットなど作る時間などどこにもないのだった。

ならば現在の半分程度に刊行点数を減らし、その分、その一冊に時間と労力をかけた方がいいのではなかろうか。本来もっと売れるかもしれない本が、売れずに終わる。著者、出版社、書店、読者...みんながちょっとずつ不幸になっている気がする。

しかし、そもそもそんなことは以前から指摘されていることであり、それでも私は校了から2週間程度で本を販売し続けているのだ。

結局私も、「ラストマイル」で描かれる人たちと一緒で、止められないと思い込んでいるベルトコンベアーにのみこれ、働いているのだった。

9月15日(日)カウントダウン

  • 神戸、書いてどうなるのか (ちくま文庫 や-64-1)
  • 『神戸、書いてどうなるのか (ちくま文庫 や-64-1)』
    安田 謙一
    筑摩書房
    968円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

朝8時に母を起こすと、「あと12時間」と心のなかでつぶやく。母親は夜の8時に寝るので、あと12時間世話をしたら、ほぼ解放されたも同然なのだ。

昼飯を食べさせたら「あと一食」、相撲が終わる頃には「あと2時間」と、しょっちゅうカウントダウンしている。そんなに嫌なのかというとそこまで嫌ではないのだけれど、自由でないのは確かなのだった。

予想通り8時に母親が寝たので、やっと自分の部屋に戻り、先日、荻窪のTitleで購入した安田謙一『神戸、書いてどうなるのか』(ちくま文庫)を読む。海のない県に育ち、暮らす私は、横浜と神戸にとても憧れている。

9月14日(土)週末介護生活35週目

  • 暗躍の球史 根本陸夫が動いた時代
  • 『暗躍の球史 根本陸夫が動いた時代』
    髙橋 安幸
    集英社
    2,200円(税込)
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    HMV&BOOKS

朝9時、妻と娘と介護施設に母親を迎えに行き、週末介護生活35週目。

実家のポストに火災保険の更新の封書が届いており、ため息がでる。考えなければならないことが増えるのは、非常にストレスなのだった。

妻と娘が2時に帰り、その後は読書タイム。 高橋安幸『暗躍の球史 根本陸夫が動いた時代』(集英社)読了。

9月13日(金)汗

都内某所にスッキリ隊出動。トランクルームひとつの整理のはずが、着いてみたらなんと3畳ほどのトランクルーム3つ本がぎっしり詰まっており、しかもクーラーが効いてないのだった。13日の金曜日、われわれは古本に磔にされ、干からびてしまうのか。

立石書店の岡島さんと、人間こんなに汗が出るのか?!と驚くほど滴らせ、作業に勤しむも、さすがに身の危険を感じ、トランクルームひとつ整理したところで終了。残りは涼しくなってから再出動することに。

9月12日(木)駿河台下交差点

昨日に続き、激暑。9月半ばだというのに35度を超えているのではなかろうか。

そんな中、市ヶ谷の地方小出版流通センターさんへ。担当のKさんも「暑いからわざわざ来なくてもいいよ」と言ってくださるのだが、新刊ができてこうして客観的に見てもらい、話を伺うのは、何事にも変え難いのだった。

昼過ぎ、会社に戻り、一旦クーラーにあたったあと、今月20日(金)、21日(土)にお茶の水の丸善さんで開催される「お茶丸広場ブックマーケット」用の本を台車に積んでもっていく。

明治大学の前の坂は結構な急勾配で、折コン二箱分の本の重さに、まるで石炭を積んだトロッコを押す気持ちで力をこめる。段ボールに詰めて送ってしまえば簡単なことなのだけれど、そんなことをしていてはいくら本を売っても儲けがなくなってしまうのだ。

それにしても私も世間では役職定年もみえてくる年代であり、同級生たちのほとんどはクーラーの下でのんびり働いているのだ。こんな姿を知り合いに見られたら......と考えていたところ、早速駿河台下の横断歩道を台車を押して渡っていたところ、すれ違いざまに、「よっ!!! 久しぶり」と、元栗田出版販売で長年一緒に浦和レッズを応援したYさんに声をかけられる。

『本の雑誌風雲録』のあとがきで、たしか目黒さんは「本の雑誌」の直納に出向いた際に、かつて一緒に「本の雑誌」をやっていた仲間に、「まだそんなことやっているんだ?」と声をかけられた話があったと思う。あれは創刊して10年の頃で、目黒さんは30代後半というところか。私はすでにその年をはるかに越え、53歳なのだった。

Yさんは「何? 直納?」と言って、私が「そうっす!」と返事をすると、目を細めて横断歩道を渡っていった。

その目には、「お前、相変わらず出会った頃と変わらずにがんばってるな」という思いが、込められているように思えた。

夕方、そのYさんから、LINEが届く。

「駿河台下の交差点を大型台車で闊歩するのは道交法違反なので検挙!!!」

Yさんは63歳なのだった。I

9月11日(水)川口則弘『文芸記者がいた!』

朝一でうれしい知らせが届く。体調を崩されていた書店員さんが本日より復帰とのこと。

川口則弘『文芸記者がいた!』の見本が届き、初回注文〆作業に勤しむ。坪内祐三『日記から』と西村賢太『誰もいない文学館』と並べて売りたい本。

夕方、復帰された書店員さんのところへ伺う。思わず涙があふれる。

9月10日(火)行列

今月もたくさんの人のご協力により、無事、「本の雑誌」10月号搬入となる。特集は、「国会図書館で調べものを」であり、また新潟・北書店の佐藤さんの新連載「信濃川日記」も始まるのだった。

昼、元版元営業のYさんと昼食。新しいお店ができているというので小川町まで歩いていくも、「レバニラ中華 満腹」には行列ができており、別のお店へ。景気のいい話を聞きたいというので、スターツ出版の記事を送り付ける。

午後、編集の近藤が、デザイナーの松本さんと打ち合わせするというので同席する。

夜、南柏から春日に異動になったTさんの東京進出お祝い会。「三幸園」のからあげとビールと思ったのだけれど行列ができており、「みさち屋」へ。

9月9日(月)ツメツメ

  • 本の雑誌496号2024年10月号
  • 『本の雑誌496号2024年10月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    880円(税込)
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    HMV&BOOKS

週末介護生活34週目を終え、春日部から神保町に出社。

12時前に「本の雑誌」10月号(特集:国会図書館で調べものを)ができあがってきて、定期購読者さん向けのツメツメ(封入)作業に勤しむ。

気合いばかりだけで、おおざっぱな人間に見える私なのだが、実は機械屋のセガレで、こうした単純労働作業が一番得意なのだった。

アルバイトの学生と同じ時間で倍以上の封入を終え、3時にはすべての作業を終える。

その後、駒込・千石のBOOKS青いカバさんに納品に伺い、月命日の代わりに毎月恒例の「本の雑誌」出来日に目黒さんのお墓にお参りをする。

9月8日(日)広瀬和生『この落語家を聴け!』

  • この落語家を聴け! (集英社文庫)
  • 『この落語家を聴け! (集英社文庫)』
    広瀬 和生
    集英社
    803円(税込)
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    HMV&BOOKS

この本がすごい本だというのはずっと前から知っていたけれど、自分が落語に興味をもっていなかったので読まずにいた広瀬和生『この落語家を聴け!』(集英社文庫)を読了する。

どの世界にも北上次郎さんはいるわけで、「BURRN!」のカリスマ編集長である広瀬さんは、年間1500席を越えるほど寄席や独演会で落語を堪能する人であり、そんな方が今(といっても10年ちょっと前なのだが)聞くべき落語家とその落語家の得意な話と、さらに落語が今どうなっているのかという総論を教えてくれる、まさにバイブルな一冊なのだった。

9月7日(土)面白い本と美味しいコーヒー

その週に買った絶対面白いであろう本は、週末まで読まずに実家に持っていく。その実家で飲むコーヒーは、自宅で淹れるコーヒーよりワンランク上のコーヒーを用意している。

そうして母親の週末介護生活を少しでも楽しいものにしておくのが、自己防衛の手段なのだった。

9月6日(金)説明会

朝8時半からのオンラインでの座談会の収録を終えた後、出社。秋が来たかと思ったら今日は34度を激暑に舞い戻り、汗が噴き出すのだった。

デスクワークをしながら1時開始のオンライン会議を待っていると、事務の浜田がその会議は昨日開催で、すでに終わっているという。は? なんのこっちゃ? とメールを確認すると、確かに5日13時スタートと書いてあった。痛恨。

ぼう然自失となりながら、さらに14時半から始まる日販のBookEntry新機能説明会というのを待っていると、こちらはきちんと14時半に始まり一安心。

しかしいくら説明を聞いても理解できず。いや、書店さんが事前注文できるというシステムはわかったのだけれど、われわれ出版社がどんなデータを作って新刊時に提出したらいいのかさっぱりわからないのだった。

10月半ばからこのシステムに移行されるとかで、ならば質問して理解を深めなければと思ったところ、「説明に45分もかかってしまったので、質問はアンケートフォームからお願いします」と足早にオンライン上から消えていってしまった。

ええええ、マジか?! そんなことあるのか?! ならば仕方ない、アンケートフォームから質問しようと思ったところ、なんと今度はそのアンケートフォームがどこにあるのかわからないのだった。無惨。

取次2社でそれぞれバラバラにシステムを開発されると、版元の新刊時にやることのフローが異なってしまうわけで、それは非常に面倒なのだった。できることなら物流の協業以上に、システムの協業をしてほしかった。窓口で短冊を渡していた時代がどれだけ楽ちんだったことか......。営業のやることがどんどん増えているのだ。

そしてこの新システムを使って書店さんから注文を受け付けるには、早めに新刊告知が必要らしく、JPROの情報解禁日を早めに設定しなければならないのだ。

ところがこの情報解禁日というのは、その日を迎えるとAmazonやらその他のネット書店や書店に情報が配信されてしまい、そうなるとその後、定価の変更があったりするとなかなか面倒なことになるのだ。

だからなるべくもう変更のない確定した段階を踏まえて情報解禁日を設定しているのだけれど、それだと書店さんからの注文は間に合わないようなのだ。

ならばこのJPROの情報解禁日に「業界内」と「業界外」の2つの設定ができるようにしてほしいのだが...。

来週あたりに神保町の出版社をうろつき、理解できないところを質問してこようと思う。これぞ、IT介護か。

湯島の「つる瀬」で、あんみつを買って帰る。

9月5日(木)尊敬する営業マン

  • ニッポン獅子舞紀行
  • 『ニッポン獅子舞紀行』
    稲村 行真
    青弓社
    2,640円(税込)
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朝、武蔵野線が東川口~東浦和駅間で貨物列車が坂を登れず運転見合わせ。強風、豪雨、倒木、水没、車掌が来ない等これまであった武蔵野線のさまざまな運休理由の中に、新たな理由が加わったことに感動を覚える。遅刻。

午前中、企画会議。脳でのエネルギーの消費量が激しく、会議が終わるとヘトヘトになる。

午後、南浦和のゆとぴやぶっくすさんを訪問する。駅から5分ほどのところにできた古本&新刊の本屋さんで、実は以前、ただ客として本を買いにきたことがあったのだ。本日は営業としてはじめましてのご挨拶。

大きな平台で青弓社の本(新刊)を並べたフェアをやっており、話を伺うと営業のNさんとやりとりして展開されているとか。さすがNさんなのだった。フットワークが軽く、いつも書店さんのことを考えている尊敬する営業マンだ。負けた負けた完敗。自分もがんばらねばならぬと思いつつ、フェアの中から 稲村行真『ニッポン獅子舞紀行』(青弓社)を購入。

電車の中に青い人が多いなと思ったら、埼スタで日本代表の試合があるのだった。巻き込まれないうちに帰宅し、ランニング10キロ。

9月4日(水)秋

  • 令和元年の人生ゲーム
  • 『令和元年の人生ゲーム』
    麻布競馬場
    文藝春秋
    1,650円(税込)
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    HMV&BOOKS

事務の浜田が不在のため、終日電話番。北上次郎さんの『新刊めったくたガイド大大全』の索引作りに勤しむ。

午後、北冬舎の柳下さんがやってくる。柳下さんとは、私が以前勤めていたクインテッセンス出版で面識があり、当時、河出書房をやめた柳下さんは作品社の和田社長の紹介で、クインテッセンス出版で突如はじまった一般書作りのエディションQ編集部にお手伝いにきていたのだった。

ポエム★アイランドという「夢見るポエム絵本シリーズ」という今考えたら穂村弘さんの本もあったりしてすごいシリーズを作ってらっしゃったのだけれど、当時、日頃はインプラインとか矯正とか歯牙移植とかそんな本ばかり扱っていた営業部の面々にはさっぱりそのすごさがわからず、たいへん申し訳ないことをした。

夕方K出版のKさんやってくる。ばりばり活躍している編集者の話はたいへん興味深い。層(数)のあるところ、層(数)が生まれるところの企画を考え、本を作っている。

帰りに丸善お茶の水店さんに寄って、麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)を買って帰る。

それにしても突然、秋になってしまった。

9月2日(火)ピーター・バラカンさん

  • 自分以外全員他人 (単行本 --)
  • 『自分以外全員他人 (単行本 --)』
    西村 亨
    筑摩書房
    1,540円(税込)
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営業先で、『孤独への道は愛で敷き詰められている』(筑摩書房)でどハマりした西村亨のデビュー作にして太宰治賞受賞作『自分以外全員他人』(筑摩書房)を購入する。

電車の中で早速読み出すとなんと主人公の「私」は柳田譲であり、それは『孤独〜』の「私」でもあり、『孤独〜』は、『自分以外全員他人』の前日譚なのだった。

私小説とはどこにも書かれていないので私小説なのかどうか判断つかないけれど、まるで西村賢太氏の〈北町貫多〉シリーズのようで大変うれしい。

うれしいといえばこうしてハマる作家を見つけて、その作家の過去作を漁れるときが読書の幸福の大きなひとつだ。西村亨はまだ2作しか作品がないけれど、次作を楽しみにできる作家が増えることもこれまたうれしい。

夕方、半蔵門のTOKYO FMへ。「Tokyo Midtown presents The Lifestyle MUSEUM」にゲスト出演する高野秀行さんについてきたのだ。

なぜついてきたかというとその番組のパーソナリティがピーター・バラカンさんで、私は毎週inter FMの「Barakan Beat」を拝聴し、ピーター・バラカンさんを音楽の神様と崇めているのだった。

同じようにバラカンさんを愛するAISAの渡さんもやってきて、高野さんとバラカンさんがスタジオで対談する様子を眺める。なんて幸福な時間。

9月2日(月)麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』

  • この部屋から東京タワーは永遠に見えない (集英社文庫)
  • 『この部屋から東京タワーは永遠に見えない (集英社文庫)』
    麻布競馬場
    集英社
    638円(税込)
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週末介護を終え、東武伊勢崎線武里駅から半蔵門線直通で神保町駅に向かう電車の中で、麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社文庫)を読了した。もっと早く読んでおけばよかったと後悔する面白さだった。

現代において学歴と会社名とキラキラしたもの=東京に憧れ、地方や郊外から出てきた人たちの現実を描いた短編集だった。私には、記号のように使われるたくさんの固有名詞は知らないものだらけだったし、東京への憧れもまったくなかったけれど、この焦燥感は普遍だ。

私は二十歳のとき、カヌーで日本の川を旅しようとバイトに明け暮れていた。その帰りの電車で、高校の同級生だったUさんに会った。彼女はヴィトンのバッグを肩にかけ、「杉江くん、今、何してるの?」と聞いてきた。「バイト。金貯めてカヌーで旅しようと思って」と答えると、彼女は「もっと真面目に生きた方がいいよ」と学校の先生のようなことを言ってきたのだ。そして「私は春から丸の内OLだから」と胸張った。

「丸の内OL」というのがなんだかわからず尋ねると、そんなことも知らないのかと見下すように、就職が決まった銀行が丸の内にあり、丸の内で働くことを「丸の内OL」というのだと教えてくれた。

私の友達の間では、それからしばらく「丸の内OL」というのが嘲りの言葉になったのだけれど、彼女はその世界で必死に生きていたのだ。

みんな自分の信じる世界を足掻いて生きている。それがときに他人には滑稽に見えるけれど、私の人生も滑稽なのだ。

9月1日(日)4分の2

「今週もゆっくりさせてもらいました」

肉じゃがとシャケの塩焼きと卵焼きの晩御飯を食べ終え、すっかりぬるくなったお茶を飲み干すと、母親はまるで高級旅館に宿泊したかのように頭を下げた。

介護施設でどれくらい寝ているかわからないけれど、週末実家に戻ってくると夜の8時から翌朝7時過ぎまで眠っている。

朝、シャッターを開けて起こすと、「はあ、よく寝た。一度も起きなかったよ」と、いつも大きなあくびをするのだ。

母親が心置きなくゆっくり過ごすのは良いことだろう。しかし果たしてこんな生活がいつまで続くのだろうか。

結婚している私には4人の親がいる。そのうち私の父親と妻の父親はすでにこの世にいない。

4分の2。残すは、私の母親と妻の母親の二人。

4分の0になる日、私は何を思うだろうか。どんな気持ちになるのだろうか。

「また来週もお待ちしております」

と母親に言って、しばらくふたりで笑いあった。

8月31日(土)西村亨『孤独への道は愛で敷き詰められている』

  • 孤独への道は愛で敷き詰められている (単行本 --)
  • 『孤独への道は愛で敷き詰められている (単行本 --)』
    西村 亨
    筑摩書房
    1,760円(税込)
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2024年は、西村亨『孤独への道は愛で敷き詰められている』(筑摩書房)を読むためにあったのだ。こんな孤独な魂の叫びの小説は初めて読んだ。

「好きな自分なんて見つかりそうになかった」という主人公の「私」は、自己肯定感が限りなく低く、せっかく付き合うことのできた彼女とも、「自分よりもっと良い人が見つかる」はずと別れてしまう。

遠く離れた自然の中で生きようと、「私」は北海道で農業ヘルパーの職につくも、そこでも

「次はどこに行けばいいのか分からなかった。結局自分はここでも上手くやれなかった。どこでも上手くやれないのかもしれない。そう思えて仕方なかった。」

と逃げるように去ることになる。

まるで私小説のような味わいで、奇遇にも同姓の西村賢太氏の『苦役列車』を読んだときの感動を思い出した。

太宰治賞受賞のデビュー作『自分以外全員他人』を読んでないのが恥ずかしい。恥ずかしいけれど、こんなすごい作家がいてくれたことがとてもうれしい。

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