9月2日(月)麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』
週末介護を終え、東武伊勢崎線武里駅から半蔵門線直通で神保町駅に向かう電車の中で、麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社文庫)を読了した。もっと早く読んでおけばよかったと後悔する面白さだった。
現代において学歴と会社名とキラキラしたもの=東京に憧れ、地方や郊外から出てきた人たちの現実を描いた短編集だった。私には、記号のように使われるたくさんの固有名詞は知らないものだらけだったし、東京への憧れもまったくなかったけれど、この焦燥感は普遍だ。
私は二十歳のとき、カヌーで日本の川を旅しようとバイトに明け暮れていた。その帰りの電車で、高校の同級生だったUさんに会った。彼女はヴィトンのバッグを肩にかけ、「杉江くん、今、何してるの?」と聞いてきた。「バイト。金貯めてカヌーで旅しようと思って」と答えると、彼女は「もっと真面目に生きた方がいいよ」と学校の先生のようなことを言ってきたのだ。そして「私は春から丸の内OLだから」と胸張った。
「丸の内OL」というのがなんだかわからず尋ねると、そんなことも知らないのかと見下すように、就職が決まった銀行が丸の内にあり、丸の内で働くことを「丸の内OL」というのだと教えてくれた。
私の友達の間では、それからしばらく「丸の内OL」というのが嘲りの言葉になったのだけれど、彼女はその世界で必死に生きていたのだ。
みんな自分の信じる世界を足掻いて生きている。それがときに他人には滑稽に見えるけれど、私の人生も滑稽なのだ。