4月21日(月)猿との遭遇
朝ランしていると、すれ違った自転車の人が、「あそこに猿がいるから気をつけてください」と声をかけてくる。
「あそこに猿がいるから」というのは私の人生で初めて聞いた警告である。なにせここは住みたい街ランキングベストテン入りする浦和(のはずれ)の、たとえ緑区と名がついたとしても立派な住宅地なのである。
しかも私がランニングしているのは国道463号線、通称浦和所沢線であり、すでに6時を過ぎた二車線道路には、通勤の自家用車はもちろんのこと、トラックに路線バスにと渋滞一歩手前の交通量なのである。
そんな道に猿なぞ......と視線を先に向けると、歩道に1匹の茶色いけむくじゃらな生き物が座っていたのである。そのシルエットはまさしく猿だった。
思い返せば前日、SNSで埼スタ付近で猿出没が話題になっていたのだ。埼スタはここから約7キロほどで、その猿が今私の目の前にいる猿だろうか。
ランニングコースはその国道を越谷方面に向かうしかなく、そこには1匹の猿がいる。私はどうしたらいいだろうかと立ち止まっていると、小休止を終えた猿のほうからこちらやってきたのである。それも二足歩行でだ。
その姿はまるでランニングしているようであり、これはただ普通にランナー同士としてすれ違い、「おはようございます!」と挨拶でも交わせばいいのではと思い私も一歩踏み出したのだけれど、そこはやはり猿である。突然襲いかかってくるかもしれないし、噛みついてくるかもしれない。話せばわかるかもしれないが、残念ながら私は猿語ができない。
悩んでいるうちにも猿は二足歩行でやってきて、30メートルの距離が、15メートルになり、5メートルとなった。もしかすると箱根駅伝中で襷を渡されるかもしれない。
私は慌てて、しかし背中は向けずに後退りで、脇道に隠れた。猿は一瞬私のほうを見たものの、そのまま所沢方面に向かって二足歩行で過ぎ去っていった。
市街地で猿と会ったときどうしたらいいのだろうか──。とりあえず家族のLINEに写真を送ると、妻からすぐに返事が来た。「警察に連絡したほうがいいよ」
警察署はここから走って5分ほどのところにあり、私はランニングコースを変更し、警察署に向かうことにした。
いつもよりハイペースで走ったせいか警察署に着いたときには汗が滴り落ちていた。しかも呼吸も乱れており、いかにも悪いことをやって自首しにきた犯人か、あるいは悪者に襲われて逃げてきた被害者のようであった。
始業前の警察署は部署によってはシャッターが閉まっており、「当直」と掲げられた場所のみ5、6人の警察官が机に座っていた。その警察官たちが汗みどろで息絶え絶えの私を見て、一斉に立ち上がり、一番奥に座っていた「太陽に吠えろ!」でいえば石原裕次郎ポジションのデカ長が私の前に駆け寄ってきた。
「そ、そこに猿がいました」
私が報告すると、なぜか一気に緊張が解けてしまい、デカ長以外は興味をなくしたように自席に戻ってしまった。
「すでに通報がありまして、見回りにいっております。ご報告ありがとうございました」
あっけない幕切れであった。
安沼保夫『警察官のこのこ日記』(三五館シンシャ)を読んだから知っているのである。猿を捕まえたところでポイントにならないのだ。
すっかり時間を取られてしまったので、そのまま自宅に戻る。娘が言うには、私が遭遇した猿は左手のない猿として有名な猿らしかった。
ちなみに猿本といえば子母澤寛『愛猿記』(中公文庫)が面白い。
定時に出社し、仕事に励む。5月下旬刊行の小山力也『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』を印刷会社に入稿する。
夕方、東武伊勢崎線竹ノ塚駅のスーパーブックス竹ノ塚店さんに『酒を主食とする人々』を直納する。こちらでは現在、高野秀行さんの著作を集めたフェアを開催しており、『酒を主食とする人々』が、本屋大賞受賞作『カフネ』、ご当地本『ルポ足立区』に続いて週間ベストセラー堂々の3位にランクインしているのだった。本を売るとはそういうことなのだ。