6月8日(日)父親の遺言
一昨年死んだ父親は驚くほど几帳面だった。旅行に行く1週間前には準備をし、旅行カバンは3日前から玄関に置いていた。家や自転車や車の鍵をかけるフックは等間隔で壁に打ち付け、仕事を終えて帰ってきた際には財布や腕時計を並べる場所も寸分違わず決まっていた。
母親の介護で週末実家で暮らしていると、父親の几帳面の痕跡をそこかしこで見つけることになる。
家事というものはやらなければずっとそこにあるわけで、すっかり気温の上がった今日、重い腰を上げて納戸から扇風機を出し、その代わりに石油ストーブを片すことにした。
まず扇風機を箱から出す。その箱は買ったままのぴかぴかの状態で、中に入っている緩衝材の発泡スチロールやビニール袋もそのまんまである。あまりにきちんとしているので片付けることに悩まぬよう写メしたのだった。
扇風機を出し終え、今度は石油ストーブの箱を納戸から取り出す。
そこには父親の字で、「灯油注意」と記されたメモ書きが貼られており、いったいなんのこっちゃと思いながら、石油ストーブを箱にしまった。
納戸の棚に収めるため、石油ストーブの箱を持ち上げる。いくらか灯油が残っていたので、意外と重い。両手でバーベルを上げるように持ち上げたとき、なぜか私の頭に汗が噴き出した。「今日は暑いから...」と汗を拭ったところ、鼻を曲げるほど灯油の匂いが襲ってきた。どうやらこのストーブは少しでも傾けると灯油が勢いよく漏れてくるのだ。
だから、「灯油注意」なのか!
慌てて風呂場に駆け込み、シャワーを浴びる。それでも灯油の匂いはなかなか消えない。
父親の唯一残した遺言が、「灯油注意」って...。
しかし「灯油注意」とわざわざ書いたということは、あの几帳面な父親も頭から灯油を浴びたということだ。
シャワーを浴びながら私は腹を抱えて笑った。
そして泣いた。