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6月7日(日)母親の生活史

[断片的な母親(昭和15年生まれ)の生活史]

「小学生のときにさ、池上の踊りのお師匠さんちにもらわれていったのよ。えっ? 貧乏で食べるものがなくて口減らしよ。上のお姉さんは三鷹の家にもらわれていった。昔はみんなそうだったのよ。私は踊りが上手かったらしくて、子供の居ない踊りのお師匠さんが跡取りにしようと思ったのよ。でもさあ、お金持ちだったけど、踊りなんかおもしろくないじゃん。ひと月もしないうちに逃げて帰っちゃった。ダイニケイヒンコクドウをね、走って帰ったの」

宮本輝『湾』(新潮社)読了。

美しい装丁に惹かれ手にしたが、久しぶりに文学作品を堪能。

6月6日(土)暇

2週間ぶりの週末実家介護。本日はケアマネと介護施設の人が来ての面談というかケアプランの見直し。

母親が施設は暇だと嘆き、それに対して施設の人が麻雀やトランプなどを提案している。

家にいる方が暇だと思うし、そもそも暇でない老人というのがどれほどいるのだろうか。暇が欲しくて老人になったのではないのか。

暇が嫌ならZINEをこさえて文学フリマに出店したらどうか。老ZINE。

6月5日(金)浅田美代子

午前中、企画会議。ページを埋めることを優先する人との戦い。おもしろくなければページなどいくら埋めても仕方ないのだ。

昼、古書会館で開催されている萬書百景市に来た北原尚彦さんが来社。50年くらい記しているらしい北原さんの日記の記録力におののく。私ももっと克明に記しておくべきだった。

北原さんが帰った後、私も萬書百景市を覗きにいき、春名徹『漂流 ジョセフ・ヒコと仲間たち』(角川選書)を買い求む。

午後、青入れ。

今日まで続いた朝日新聞「語る」の浅田美代子さんがめっちゃくちゃかっこよかった。

「私ってもともと重さがないから、仕事もそのまんまで続けたい。周りの人に気を使われるような立場には、絶対になりたくないんだよね。」

「重くなって、良いことなんてない。周りから、ちゃんとダメ出ししてもらえなくなったら、もう進歩はないじゃん。この年齢になって言うことじゃないかもしれない。でも、私はこれからも進歩できたら良いなと思ってる。だから、このまま軽い感じでやっていきます。どんな仕事もおもしろがって。」

こういう人になりたい。

6月4日(木)辻村深月『ファイア・ドーム』

  • ファイア・ドーム (上)
  • 『ファイア・ドーム (上)』
    辻村 深月
    小学館
    2,090円(税込)
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  • ファイア・ドーム (下)
  • 『ファイア・ドーム (下)』
    辻村 深月
    小学館
    2,090円(税込)
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辻村深月『ファイア・ドーム』がついに発売となったので、いそいそと三省堂に買いにいく。もちろん上下巻同時購入の特典「クリアスリーブ」もいただく。

『ファイア・ドーム』は、小学館の楫野さんが直接プルーフを持ってこられたので、ほとんどプルーフは読まない私もその熱意に打たれ読んだのだが、あまりのおもしろさに唖然茫然とした。

そしてこんな超絶面白い物語を無料で読んだら杉江家は末代まで祟りにあう、いやそんな畏れよりもできれば5セットくらい買い込み布教してまわりたいと、改めて本の発売を楽しみにしていたのだ。

そうして手にした『ファイア・ドーム』はずしりと手に重く、その存在感がたいへんうれしい。面白さと重力は比例するのだ。

おそらく今後30年、いや50年は、『ファイア・ドーム』を超える小説は出てこない。その誕生の瞬間を今、迎えているのだ。

6月3日(水)台風

めずらしく予想通り台風接近で大雨、午後に予定されていた打ち合わせも早々にキャンセルとなる。武蔵野線はがんばっているようだが、そのがんばりがいつまで続くのかわからぬため、終日在宅勤務とする。

6月2日(火)身体

12時にブックジャーナリストの内田剛さんがやってきて、Podcast「POP王の愛と自由と平和な本語り」の収録。

13時に元流水書房、前図書新聞の秋葉さんがやってきて、しばし雑談。

15時に三鷹へ赴き、デザイナーの松本さんに『ミニシアターをたずねて』の色校を渡す。

17時半に府中に向かい、AISAにて高野秀行さんのZINEを引き取る。

全部オンラインや郵送を使えば済むことだけれど、私は自らの身体を使うことを好む。

6月1日(月)返品

とある書店にて。

「この間ね、70代くらいの老夫婦がお店に来たのね。手に紙を持っていて、この本ありますか?って。

それがさ、3日前に自分が返品した本だったんだよ。一年ちょっと並べていて、売れないから返しちゃったの。自分でハンディで売上データを確認して、もうしょうがないって返品したの。そのときの様子もありありと思い出せるわけ。

それをさ、3日後に訊かれるんだよ。お取り寄せしましょうかって聞いたんだけど、遠くから来てるからいいって。

書店員50年以上やってるけどすんごく悔しくてさ。眠れないくらい悔しいの。」

5月31日(日)自宅で過ごす日曜日

昨日まで出張だったため今週は週末実家介護はお休みだ。自宅で過ごす日曜日は相当久しぶり。週末といえば母親の介護で実家にいるか、イベントで本を売っているかのどちらかなのだから。

6時に起きてランニング。思い切り走る。もう走れないと思うまで走る。

走りながら思うのは結局施設にいる母親のこと。3年前に脳梗塞を患い、今は平日を施設で、土日を実家で過ごしている。それで幸せなのか。母親の幸せとはいったいなんなのか。

しかしその週末介護も疲れたので、そろそろ完全に施設に預けようか考えている。するとどこかからか罪悪感が湧いてくる。その罪悪感はいったいどこから湧いてくるのか。自宅で過ごすことが幸せで、施設で過ごすことは不幸せなのか。それは誰にとって幸せで誰にとって不幸せなのか。自分の人生の終わらせ方を考えていなかった母親自身が悪いのではないのか。

そんなことを考えているうちに20キロほど走っていた。

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