はじめに:新今宮からのMac DeMarco
あるWEBサイトの企画で健康診断を受けることになった。酒場ライターとして活躍するパリッコさんと私の二人がその体験者で、厳密にはただの健康診断ではなく、血液検査の結果をもとに、"健康コンシェルジュ"と呼ばれるスタッフの方が、それぞれに心掛けるべき生活習慣の改善点などをアドバイスしてくれるというものだった。
パリッコさんも私もお酒ばかり飲んでいるので、その影響が数値に露骨に現れた。予期していたことではあったが、やはり落ち込む。ただ、健康コンシェルジュのアドバイスは決して頭ごなしなものではなく、これからも長く酒を飲んでいくためにも、これぐらいなら努力できるという妥協点を見出してくれる。それで私は「まずは週に1回、休肝日を作る」ということを目標として設定することになった(本当はもう一つ、「ランニングを生活の中に取り入れる」という目標も立てたのだが、それは今の私には難しいことがわかった)。
週に1回、酒を飲まずに過ごせばいいだけだと思うと、できそうな気がした。実際、アドバイスを受けて以来、それを心掛け、なんとか続けている。毎週何曜日、と曜日を決めた方が習慣化しやすいとのことで、火曜日をその日と定めた。土日にお酒がないのは寂しいし、そうなると、土日の手前の金曜日も飲みたい。週の真ん中の水曜日は一休みという感じで飲みたいし、木曜あたりに結構ストレスが溜まってきたりするので飲みたい。月曜はウィークデーの始まりだから、やはり飲みたい。そんな風に消去法で、私の休肝日は火曜日になったのだった。
これから毎週、私がどんな風に火曜日を過ごしたかを書いていきたい。書くことによって、味気なく感じてしまいがちな火曜の休肝日が、少しは退屈でなくなるかもしれないと思うのである。
それで、これから書き始めるのだが、最初に断っておきたいことがある。私は、やむを得ず火曜日に酒を飲むことがある。その場合はその週の別の日を休肝日にするようにしているのでどうか大目に見て欲しい。
ある火曜日。私は大阪の新世界にいた。東京の友人から連絡があり、午前10時半過ぎにJR新今宮駅前で待ち合わせた。その友人と会うのは5年ぶりぐらいで、その間、ぽつりぽつりと連絡はとっていたものの、ゆっくりと話すような機会はなかなかめぐってこなかった。今回は友人が大阪に住む妹の部屋に泊まりにきて、東京へ帰る前、少し空く時間があるとのことで連絡をくれたのだった。
友人は大阪に来ること自体が久々で、だいぶ前にUSJに行ったことがあるぐらいだという。その時も大阪駅からUSJの最寄り駅へと直行して、遊んで真っすぐ帰るような行程だったらしいので、大阪の街を歩くのは初めてに近いらしい。通天閣の近くまで案内して、そこで写真を撮って、「酒の穴」という居酒屋へ入る。
友人は梅酒ソーダ割りを、私は瓶ビールの大瓶をもらう。ちなみに大阪では「大瓶」のことを「だいびん」と発音するので、覚えておいて欲しい。いや、忘れても構わない。
「酒の穴」は好きな店だが、私自身、来るのは久々だった。カウンターだけの店なのだが、そのカウンターには荷物を引っかけるためのフックが取り付けられている。そのフックは等間隔に固定されていて、それがない部分に座った人にはお店の方がS字フックを渡してくれる。旅の途中の友人のリュックは重たそうで、友人はそのフックを使うことを一瞬ためらったが、その様子を見たお店の方が「大丈夫!こんなんいくらでもあるし、(重さで)伸びてしまったらまた曲げればいいだけやし」と言う。いい店に案内できてよかったと思った。
この店の名物の八宝菜、串カツ各種、関西の酒場の冬の定番である粕汁などを食べ、友人は「すごい美味しい!」と何度も言っていた。「そんなにか!」と思うほど絶賛していたので、いい店に案内できてよかったと改めて思った。
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5年ほどの間に大きな出来事がいくつかあったと、友人が話を聞かせてくれた。似たような問題が私にもちょうどあって、わかる気がするところもあれば、私がまったく想像できないほど大変そうな話もあった。役に立つようなアドバイスはできず、ただ、「気が向いたらまた大阪に遊びに来てみて」と伝えるのみだった。
友人は私の書いた本をたまに読んでくれているという。それも、決まって大みそかに読むようにしていて、それを何年か続けてくれているらしい。「大みそかってなんか寂しい。その寂しい感じにちょうど合う本だから読みたくなる」というようなことを言っていて、それがうれしかった。友人は普段から少し寂しいぐらいが落ち着くと思って過ごしているそうで、そのバランス感覚に共感を覚えた。あまり期待せず、浮かれすぎず、いつも少し寂しいと思っているぐらいが自分にはちょうどいい気がする。
居酒屋での時間はあっという間に過ぎ、2杯飲んだところで友人が次の目的地に向かう時間になった。「また大阪か東京で飲もう!」と手を振って別れ、私は一人、飲み歩きを続けた。その日は夜から梅田のクラブクアトロというライブハウスでMac DeMarcoというカナダ出身のシンガーのライブがあって、だいぶ前にチケットを取っていた。ぐにゃーんと伸びたカセットテープの音のような、気だるくて心地よくて愛らしい音楽を聴いて体をゆっくり揺らしながら、もし友人から誘われなかったとしても、このタイミングでビールを飲まずにはいられなかっただろうと思った。
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(了)
