第2回:撮影と夜行バス
ある火曜日。私は大阪・梅田にいた。これまでに何度か執筆の依頼をもらっている会社から久々に連絡があり、取材記事を書くことになった。
依頼をくれた企画担当者と、カメラマンと、そこに立ち合いの方が数人というチームで取材を行う。私のライターとしての取材仕事には色々なケースがあって、自分一人での行き当たりばったりの散策を文章にするようなこともあれば、飲食店に数名のチームでお邪魔して話を聞いたり写真を撮ったりするような場合もある。私は小心者なので、関わる人が大勢になればなるほど緊張して、いつものように振る舞えなくなる。
それでいうと今回は複数人での取材だから私にとっては緊張する方に入るのだが、過去にほぼ同じメンバーで仕事をしてきたこともあり、顔馴染み気分というか、「どうもー! お久しぶりです!」と気楽な挨拶から始まって、かなり落ち着いていられた。
梅田周辺を歩き、あちこちでカメラマンのKさんに写真を撮ってもらう。私は後日、その散策コースを振り返って原稿にまとめることになっている。つまりこの日の時点で私に課されているのは、Kさんの指示に従い、できる限りテキパキと写真に撮られることなのである。
私は優れた被写体ではない。自然な風に映るためには演技力が必要だと思うのだが、私は演技もまったくできない。幼い頃、保育園の友達と一緒にヒーローごっこをしていて、敵につかまった私が「俺のことはいい! それより......敵のボスを倒すんだ!」という風に、犠牲になるヒーローのかっこいいシーンを演じたらみんなが照れたように笑って、「いや、今のはやり過ぎだわ......」と、言葉にはしなかったが白けたムードが漂った。今でもその瞬間の恥ずかしさが根底にあって、いつも自分につきまとっている気がする。
だからたとえばKさんに「このあたりをキョロキョロしている感じで歩いてみてください!」と指示された時、全然うまくできない。キョロキョロってなんだっけ、歩くってどうやるんだっけ......と、動きがゲシュタルト崩壊していく。不自然過ぎる動きを繰り返したはずだが、Kさんは優しい人なので、「今のめっちゃいい感じだったのでもう一回だけやってみてもらっていいですか!」と励ましてくれる。上手にできなくて当然だと、途中から開き直ることにして、その方が自然に動けるような気がしてきた。
許可を得た場所で、邪魔にならないように撮影を進めていくのだが、街の中なので周囲には通行人がいる。こちらのせいなのだが、視線を受けると恥ずかしい。「立派なカメラで撮影されている、あれは誰?」「もしかして有名人?」「なんだ、よくわからんただの人か......」と、その声までは聞こえてこないものの、明らかにそんなリアクションを見せる人もいて、申し訳なく思う。スターだったらよかった。
昼過ぎから始まった撮影(兼取材)は、途中に休憩を挟みつつ、夕方近くまで続けられた。「はい、OKです! これで写真は大丈夫です!」と企画担当の方が言った後、「スズキさん、打ち上げにおすすめのお店ありますか?」と続けた。
「打ち上げ......いいですね! どこがいいだろう」と、私は頭の半分で梅田辺りの居酒屋を思い浮かべながら、もう半分で「まあ、どっちにしても今日を休肝日にすることはできないんだし、いいだろう」と自分を許すことにした。その夜遅く、私は夜行バスに乗って大阪から東京へ向かうことになっていた。眠れないで過ごす夜行バスは私にとってはなかなか辛いものなので、どうしても寝酒が必要になる。だから、どのみち今日は飲まずにはいられないのだった。
その後、打ち上げに参加できるメンバーで梅田の地下街の居酒屋へ向かった。鶏皮とミンチが名物らしい焼き鳥屋のテーブル席に腰を落ち着ける。私はあちこちをのんびり歩きながら写真を撮ってもらっていただけだが、それでも疲労感はあり、生ビールがキラキラと輝くようにうまい。ミンチ串もコリコリとして美味しくて、タレと塩の2種類の味付けがあるのだが、甲乙つけがたい。一本ずつは小ぶりだから、いくらでも食べてしまいそうである。
途中でメンバーの一人から「そのトレーナー、なんのやつですか?」と聞かれた。それは去年、東京で開催された細野晴臣のポップアップショップで買ったもので、気に入ってよく着ている。「へー! 細野さん好きなんですね!」と、そこから細野晴臣の話になった。みんな音楽に詳しくて、細野晴臣のどのアルバムが好きかとか、最近のライブに行った話とか、そんな話がしばらく続き、「このトレーナーを着てきてよかった」と思った。
席は2時間制で、時間が来て会計タイムとなる。支払いが終わって地下街を歩き出した時のことだった。「え! ちょっと! 今すごい人いましたよ!」と、さっき私のトレーナーについてたずねた人が驚いている。「誰かいたんですか?」と聞くと、今通り過ぎた寿司居酒屋で有名なミュージシャンが食事をしていたという。その名を聞いて私も驚いたのだが、その人は細野晴臣のトリビュートアルバムにも参加していて、私もリリース作を愛聴している人だった。「えー! さっき細野さんの話をしていてそれって、すごくないですか!」「こっちに気づいて手を振ってくれましたもん!」と、一同で大変盛り上がり、「ちょっと、これは、もう一軒行きません?」と、そんな意見が出た。
私もすっかりテンションが上がって「行きます!」と即答したいところだったが、夜行バスに乗る前に、一度帰宅して荷物を整理する必要があった。「いいなー! 行きたいけど、今日の夜のバスで東京に行くんです」「そうかー! 残念です。気をつけて行ってきてください!」と言葉を交わし、飲みに行くみんなを見送った。
そのような興奮する偶然があったからか、久々の夜行バスだったからか、そのどっちもあったのだろうけど、バスの中で私はなかなか眠れず、もう少し飲んでおくべきだったかと後悔した。
