第8回 7カ月 棚を耕す

 こんにちは、ご無沙汰しておりました宇沢です。余りにも暑いので、ちょっと避暑に行っておりました。

 さて、これまで計画性も無く思いつくままに書き散らしてきたので、報告が中途半端になっていたけれど、例の『超難関中学のおもしろすぎる入試問題』(松本亘正/平凡社新書)の件。
「売り切っていないかも」との疑念から、再度の平積みを試してみたのが去年の8月。以降、1年間の売上は以下の通り。

 まずは2023年
8月 21冊
9月 31冊
10月 50冊
11月 38冊 ← 一時的に版元で品切れして、補充が上手くいかなかった
12月 52冊
 そして2024年
1月 68冊
2月 69冊
3月 44冊
4月 44冊
5月 12冊 ← 明らかにペースダウンしてきたので、陳列面数を減らした
6月 7冊
7月 4冊

 結局、2020年1月に発売されてから3年半の累計売上が62冊だった本書が、2023年8月からの12カ月で440冊売れたことになる。

 くどいようだが「どうだ、スゴイだろう」という話ではない。発売からだいぶ経過した時期の拡販だったために、〝見過ごされていた売れ筋の再発見!〟みたいな感じになったけど、本当に嗅覚が鋭い担当者なら、新刊の時にきちんと売り伸ばしていた筈だ。
 少なくとも出版社は何かしら売れる要素を見出したからこそ、印刷所、製本所にお金を払って本にしている筈で、「どうせ売れないよ」などと考えながら本を作っている会社など一つも無いだろう。

 それを生かすも殺すも本屋次第、とまで己の力を買いかぶっている訳ではないけど、入荷した商品を「もしかしたら売れるかも」という前提でまずは見る。返品する時には「本当に売り切ったか?」と問うてみる。そういう姿勢、そういう心構えで臨んでいれば、もっと早い段階でしっかり売れていたのではなかろうか。いやはや、この歳になって、良い勉強になりました。

 さて。こういった単品の拡販は結果が分かりやすく出るだけに、まんまとハマれば店の売上に貢献している手応えは大きいし、版元の営業さんからチヤホヤされたりもするから、モチベーションを維持しやすい。
 故に、それだけで自分は〝デキる〟書店員だなどと錯覚しがちなのだけど――少なくとも私自身は若い頃はそうだった――それは勘違いも甚だしい。

 例えば、『超難関中学~』が最も売れた(69冊)今年の2月、うちの店の新書は全部で893アイテム、2,550冊が売れていた。これは単純計算すると、『超難関中学~』以外の新書を買ったお客さんが892人いて、売上の97.3%は『超難関中学~』以外の新書だったということになる。
 つまり、仕掛け販売だ掘り起こしだと天狗になったところで、そんなものはせいぜい全体の2~3%に過ぎず、あっても無くても一緒とまでは言わないが、決して売上の土台ではないのだ。
 ならば、売上を支えているのは何か? 言うまでもなく、〝それ以外〟の892アイテム2,481冊だ。

 つまりは、突出したヒット商品が無くっても、売上のベースさえしっかり守れていれば、97.3%は確保できるのだ。逆に言うと、派手に売れる目立つ仕事にばっかり注力しても、土台になる部分で手を抜いていたのでは売り上げは伸びない、ということでもある。
 スマッシュヒットが瞬間最大風速的に売上を押し上げることはしばしばあるが、それだけを狙ってベースの2,481冊を疎かにしていては、長い目で見れば客足はきっと離れていく。

 ではそのベースをどうやって構築していくか?
 丁度いいタイミングで文庫の一覧注文書のチェックをしたので、その仕事を紹介してみよう。文庫の棚づくりでは基本中の基本で、新人の訓練にはもってこいだし、ベテランがやればベテランなりの発見や気づきが必ずある。これをやりたくないなら文庫担当なんかやめてしまえ、というぐらい重要な仕事である。......と、私は思っている。

 まず一般の方向けに、文庫の一覧注文書とは何ぞや? という点を説明すると、読んで字の如く、一つの文庫レーベルの作品がズラッと一覧表になっている注文書である。
①背番号
②作品名
③著者名
④本体価格
⑤ISBN
⑥売れ行きのランク
⑦注文数(空欄)
が背番号順に並んでいて、注文したい数を書き込んで出版社に送ると後日まとめて入荷する。

 因みに〈背番号〉とは、その名の通り文庫の背表紙の一番上だったり一番下だったりに記してある管理上の番号で、例えば新潮文庫の夏目漱石『吾輩は猫である』だったら〈な-1-1〉といったアレである。
 多くの書店で文庫の棚は、この背番号に従って商品を並べているから、足繫く文庫の棚に通う人にはお馴染みだろう。

 この背番号順の配架ってのが曲者で、夏目漱石の文庫を探そうとしたら、岩波文庫にも新潮文庫にも集英社文庫にも文春文庫にも角川文庫にもetc......在って、全部を一か所にまとめて「漱石の文庫はここですドーン」と置ければいいんだけど、色々と管理のことを考えて大半の書店では、やむを得ず〈文庫レーベル別〉かつ〈背番号順〉という配置を採用している、というのが実情だ。

 話の逸れついでに、時々勘違いされている方がいるので言及しておくと、この背番号は厳密な著者名五十音順ではなく、同じ〈な行〉でも後から出版された作家の番号は後ろになる。

 やはり新潮文庫を例に説明すると、夏目漱石『吾輩は猫である』が出版された時点では、新潮文庫には頭文字が〈な〉の作家が他にいなかったのだ。故に漱石に〈な-1〉が振られてその1番目が『吾輩は猫である』、2番目が〈な-1-2〉『倫敦塔・幻影の盾』、3番目が〈な-1-3〉『坊っちゃん』といった具合に作品数を増やしていったのだけど、どこかの時点で長塚節『土』を出版することになった際、〈ナツメソウセキ〉と〈ナガツカタカシ〉では長塚節の方が五十音では前だけど、既に漱石が〈な-1〉として在籍しているから、長塚節には〈な-2〉という番号が振り分けられて、その一番目が〈な-2-1〉『土』という次第。
 また、絶版になった作品の番号は、普通飛び番になるから、必ずしもきれいに1から順に数字が並んでいるとは限らない。

 さて、ここまでの説明で一覧注文書の①背番号 ②作品名 ③著者名 ④本体価格 ⑤ISBN ⑦注文欄 については、特に疑問は無かろうと思う。問題は⑥売れ行きのランクだ。

 これもその名の通りと言えばその名の通りなんだけど、ある期間(1年とか半年とか、出版社によって違いはあると思う)の売れ行きが、〈S〉とか〈A〉とかランク付けされている訳だ。
 新潮文庫の場合
〈S〉1位~200位
〈A〉201位~500位
〈B〉501位~1000位
〈C〉1001位~1500位
の4つのランクが、背番号やタイトル、著者名と並んで記されている。それとは別に〈最近2カ月の新刊〉という記号もあり、勿論、何のマークも無い〈ランク外〉もある。
 私が数えたところ、〈ランク外〉は1,413点、〈最近2カ月の新刊〉は24点あった。ということは、新潮文庫の稼働点数は2,937点ということになる。だから一覧注文書も、B5サイズで堂々の40ページだ。

 ここでまたもや脚注的なことを申し述べると、一覧注文書は年に何度か改訂される。毎月新刊が発行されて、それに伴ってひっそりと絶版になる商品もあるのだから、そのまま放っておくと、新しい商品は載ってないのに絶版になった商品は載っているという、役立たずな注文書になってしまう。
 出版社によって頻度に違いはあるが、新潮文庫の場合は2カ月ごとに改訂されるそうだ。これは多分どの文庫よりも高い頻度で、既に組み上がっている一覧表のそこかしこに新刊を割り込ませ、絶版を取り除き、売れ行きのランクも付け直して......という作業を2カ月ごとに実施するというのは恐らく結構な労力で、こういう地味な手間を惜しまない姿勢に、「新潮文庫は棚回転で勝負するぞ」という気概が見え隠れしていて頼もしい限りだ。

 とまぁそんな訳で、私が今ここで例として使わせてもらっている新潮文庫の一覧注文書は、今年の8月15日に改訂されたもので、即ち上記のアイテム数もその時点での数、ということになる。

 ところで、自動発注(売れて在庫がゼロになると自動的に発注データが飛ぶ仕組み)が普及した昨今、何故、人力で一覧表のチェックをしなければいけないのかと言うと、これも私ら業界人には常識なんだけど、自動発注で発注データが飛んだ時に運悪く出版社で品切れしていた場合、数週間の保留期間を過ぎると注文がキャンセルされてしまうのだ。

 また、棚に1冊残して平積み5冊を返品に回した場合、間髪入れずに返品作業を済ませて返品データが飛んでくれれば問題無いが、まぁそうはいかずに返品が堆積しているケースもしばしばあって、①そういう時に棚に残した1冊が売れてしまうと→②棚には1冊も在庫が無いのに→③返品作業は滞っているからデータ上は5冊である→④自動発注は働かず注文は飛ばない→⑤その後に返品作業をすると在庫ゼロとなってそのまま欠本、といったパターンもある。

 それを1年2年と放っておくと、売れたものはどんどん欠本していき、棚にあるのは売れ残りばっかり、という状態になる。また、忙しさにかまけてチェックの期間が空くと、以前は〈C〉ランクだったものがランク外になっていたりもするから、油断がならない。実際「ここ暫く、一覧注文書のチェックやってないんだろうな」という棚は、見てすぐ分かる。
 要するに、自動発注だなんだと言っても穴はある訳で、それを人力で補うのが一覧注文書という訳だ。

 さてさて、話が説明書じみて退屈かも知れないが、要するに某月某日、新潮文庫の一覧注文書をクリップボードに挟んで、私は棚の前に立った訳だ。で、〈あ-1〉芥川龍之介の作品から順に、在庫のあるものは一覧表にレ点をつけていく。
 二千数百点の在庫を1冊1冊確認して一覧表にチェックするというのは、作業としてはなかなか地味だし、眠くなることも珍しくない。が、私はこの仕事がかなり好きだ。

 まず、「そう言えばこんな本もあったな」みたいな小さな再発見がやる度に必ずあって、書店員としてではなく一人の本好きとしてシンプルに楽しい。作業中に「次はこれ読んでみよう」なんて目星をつけるのも毎度のこと。
 その延長線上で、「今度はコレを平積みしてみようか」と、平台の入れ替えを考えるのもまた楽しい。何だろう、野球やサッカーの監督になってスターティングオーダーを組む、みたいな楽しさかも。或いは、見込みのある選手(文庫)を二軍から一軍に昇格させる、みたいな感じかな。
 ちょっと気になる作品は棚から引っこ抜いて、カバーの雰囲気を確かめたり裏表紙のあらすじを読んでみたりもする。タイトルと著者名で「おや?」と思っても、カバー絵がピンと来なくて「積んでみようと思ったけど、やっぱやめた」みたいなこともあるし、あらすじを読んでみて「あ、コレはアレの続編なのか」なんて初めて知ったりもする。

 そんな風にして棚の端から端まで在庫チェックをする訳だが、途中でお客さんに声をかけられる度に作業は中断するから、余り焦らずに「終わらなかったら続きは明日」ぐらいのつもりでやるのがいいと思う。
 そうして在庫のチェックを済ませたら、いよいよ、何をどれだけ発注するかを決めるのだけれど、これがまた楽しくもあり悩ましくもある。

 そもそもの前提として、一覧注文書に記載されている売れ行きランクとは、出荷ベースなのかPOSデータに依るのか知らないけど、〝全国平均〟であることは間違いない。故に、「〈S〉ランクになっているけど、〈A〉ランクのこっちの商品の方がうちの店では売れるなぁ」とか、「〈C〉ランクではあるけど、うちの場合は〈ランク外〉のこの作品の方が動くなぁ」といった例が、あるにはある。
 だから、売れ行きランクに縛られ過ぎる訳にはいかないのだが、それでも「Sランクの商品が、うちの店だけ全く売れない」というケースは極めて稀だ、とも考えている。

 以前『B型自分の説明書』(Jamais Jamais/文芸社)を例に説明した通り、私は自分自身の感覚を余り信用していない。
「これ、息長く売れてるなぁ」と思って積んでいた商品が、データを見てみたら大して売れてなかったとか、逆に「これ、もう返品しちゃっていいか」と思って売り上げを確認したら案外売れてた、みたいなことが日常茶飯事だ。書店員の〝経験と勘〟なんて所詮はそんなもんだと思っている。

 そういった事情で、一覧注文書を使って発注する際、記載されている〈売れ行きランク〉には、縛られ過ぎてもいけないしまるっきり無視する訳にもいかない。

 何しろ本屋は一店舗一店舗、客層が違うのだ。北海道から沖縄までその土地が舞台になっている作品ならやっぱり関心が高いだろうし、オフィス街にある店なのか、学生街なのか、或いはショッピングモールの買い物客相手なのかなどなど、立地と客層を無視しては成り立たないのは、他の小売業と一緒だろう。
 とは言え、だ。売れ行きランクはやっぱり全国平均なのだ。それをまるっきり無視した棚作りなど、独りよがりでしかないだろう。

 品揃えの全てをランクに依って決定してしまっては、「売り場面積が同じなら、どこの店でも置いてあるものは一緒」になってしまうし、かと言って〝全国平均〟そっちのけではただの独善だ。この匙加減が難しくも面白い。

 そもそも書店にとって〈棚〉とは、品揃えの基本の基本。奇をてらったりサプライズを狙ったりする場所ではない、というのが私の基本方針。
 若者が来てもお年寄りが来ても主婦が来ても学生が来てもビジネスパーソンが来ても漁師が来ても農家が来ても、その要望にある程度は応えられるようにしておきたい。老若男女どんなお客さんにも、手を伸ばしたくなる商品を一つや二つは見つけて欲しい。
 だとすると、〈棚〉は広く浅く多品種少量でいかざるを得ない。
 ということは、担当者(私)の判断よりも〝全国平均〟のランクを優先すべきだと思ううのだ。

 個性の演出や特定の客層へのアピールは、平台やエンド台でやればいい。そこで意表を突いた展開をするためにも、棚はごくノーマルである方がいい。ってか、棚がノーマルであるからこそ、平台やエンド台で羽目を外せるのではなかろうか。

 言いたいことが上手くまとまらすに書いていてもどかしいのだが、ごく普通の棚づくり、当たり前の品揃えが出来なくて、個性だ独創だなどと粋がったところで、そんなものはただの自己陶酔に過ぎないと思う。売り場の棚は、自分の部屋の本棚とは違うのだ。
 売れ筋とは言えない商品を、平台やエンド台で推すことはある。勢いあまって〝推しつける〟ようなPOPも書く。フェア台では相当に偏ったテーマの展開もする。
 だけどそれは、平凡でノーマルな棚があるからこそ出来るのだ。

 とにもかくにも一覧表で在庫チェックを終えたら、いよいよ注文欄に発注する数を記入するのだけど、うちの場合、新潮文庫の棚は概算で2,400~2,500冊のスペースだ。つまり、稼働している新潮文庫のうち400~500冊は置けない、ということになる(レーベルごとにどのくらい棚の本数を取るか、という点は、話が煩雑になるのでまたの機会に譲りたい)。
 私の場合、うちの店の規模であれば、〈S〉〈A〉〈B〉〈C〉と〈最近2カ月の新刊〉は欠本していれば無条件で発注する。ここは、好みとか個性とかは封印する。人気の高いものから順に広く浅く。
 ということは、うちの店の新潮文庫の2,400~2,500冊のうち、1,524冊は自動的に決まってしまう。問題は残りの1,000冊弱をどうするか、だ。

 繰り返しになるが、現役の新潮文庫は2,937点だから、うちの棚では400~500冊は切り捨てなければいけない。これは物理的な制約だから仕方がない。その400~500冊をどう選ぶか。
 絶対の正解は無いのだと思う。私の場合は、正直に言うと結構テキトーで気分にもかなり左右される。2,937点のうち、上位1,500冊プラス最近の新刊24点は確保してあるのだ。残りはどれを選ぼうと、1,501位以下なのだ。ここに時間と神経を使ったところで、効果は薄かろう。

 その代わり、一覧表で注文する度に入れ替えはする。
 例えば宇沢太城という作家の作品が五つあったとして、それぞれ
〈う-99-1〉『ア』 Sランク
〈う-99-2〉『イ』 ランク外
〈う-99-3〉『ウ』 ランク外
〈う-99-4〉『エ』 ランク外
〈う-99-5〉『オ』 最近2か月の新刊
だったとすると、Sランクの『ア』と新刊の『オ』は無条件で注文する。そして『イ』を暫く置いていて目立った動きが無かったならば、次は『イ』は返品して『ウ』を入れてみる。
 といったことを毎回やっている。『イ』も『ウ』も『エ』もランク外で、3,000点弱のアイテムの1,501位以下なのだから、どうせ(と言うと語弊があるが)売れ行きに大差はないのだ。だったらつべこべこだわったり悩んだりせずに、とっかえひっかえした方が、棚に変化がついて面白いのではなかろうか。
 〈S〉から〈C〉までは毎度きちんと発注している訳だから所謂〝売れ筋〟(=欲しいと思う人が多い作品)は常に揃っていて、かつ、1,501位以下の商品は目立たないながらもコロコロと入れ代わって、「こないだ見た時には無かったアイテム」が、いつ来ても在るという状態を維持できる。

 ......とまぁ、どこまで効果があるのかは分からないけど、そんなことを考えながら、2か月に一回ぐらいは一覧表のチェックをやっている。

 また、新潮文庫や講談社文庫など大手のレーベル(これも語弊がある言い方だが)ほどには棚を確保してあげられないレーベルもあって、と言うか100冊とか200冊しか置いてあげられないレーベルの方が多い訳なんだけど、そういう中小レーベルの在庫の選択を大手と同じ感覚でやってしまうと、時に物凄くつまらない棚になってしまうことがある。

 例えばここに〈宇沢文庫〉なる弱小レーベルがあるとする。売り上げは毎月、新潮文庫の10分の1以下なので、200冊分の棚しかとってやれない。
 で、一覧注文書の上位200点を揃えようとすると、『宇沢書房事件簿』なるミステリーのシリーズが20点、『棒手振り太城捕物帳』なる時代小説がシリーズで20点もある。僅か200点のうち40点が、二つのシリーズで占められている。
 2,000点、3,000点ある中でのシリーズもの40点なら許容範囲かもしれないが、僅か200点の在庫の40点と言えば20%だ。これをランク上位だからと言って正直に揃えてしまうと、そのシリーズに興味が無い人にとっては〈宇沢文庫〉の在庫は160点しか無いのと一緒だ。とは言え、販売実績では上位らしい......。

 ここは悩みどころで、私の場合は、同じ著者の作品ばっかりズラーっと並んでるよりは、「彼もいる、彼女もいる、おぉこんな人もいたのか」という棚の方が見ていて飽きない。書店員としてではなく一人の本好きとして、そういう棚の方が好きだ。
 だからこういう場合、余程極端に棚回転が良いシリーズでない限り「最新の2、3冊だけ置いて残りは切る」という決断もしばしばある。
 勿論「これが正解」と言うつもりは無い。「そうは言ってもデータは嘘はつかない。実績が出ているんだから、退屈だろうが何だろうが、私情を排して置くものは置く」という考え方だって、アリだと思う。将来、AI的なもので棚の管理をするようになれば、そういう傾向はよりはっきり出そうな気もする。

 だからこそ、人間の主観とか我儘が少しぐらい入ったっていいじゃないか、と私は思うのだ。

 さぁ今回もダラダラと長くなったので、そろそろ締める。

 ここまでの下手くそな説明でも、「文庫や新書の一覧注文書というのが棚づくりの基礎だ」という点は、どうにか分かって貰えただろうか。その作業は毎度毎度、全国平均の売れ行きランク(=実績、データ)と、担当者の思想や価値観哲学とのせめぎ合いなのだ。実施したからといって即座に売り上げが跳ね上がったりはしないけど、やらないでいるとボディブローのようにじわじわと売り上げは落ちてゆく。

 最後にもう一度、説明しよう。

 私は、売上を簡単に上げる方法は知らないのだけど、簡単に落とす方法なら自信を持って言い切れる。
 売れている商品を置かずに、売れない本ばかり置けばいいのだ。一覧注文書での定期的なチェックを怠るというのは、そういうことだと思っている。
①売れる→②自動発注が飛ぶ→③通常は問題無く入荷するが→④場合によっては上手く発注が飛ばないこともあるし(上記参照)⑤版元品切れで入荷しないこともある→⑥それを何カ月も放っておくと、棚には売れなかった商品ばかりが延々と残り続ける。

 だから一覧注文書のチェックは文庫新書担当者の最低限の務めだと思っているけれど、義務としてやるのはしんどいから、私は一人の本好きとして楽しんでいるのは、先に述べた通りだ。

 最後にもう一つ。
 商品を新しく入れるためには、同じ数だけ今ある商品を外さなければならない。その作業を、入荷した一覧注文書の商品を配架しながらするのはなかなか大変だし、返品するものこそじっくりと吟味したい。くどいようだが、返品する商品を間違うことで、売り上げは落ちるのだ。

 だから、一覧に注文数を記入して出版社にFAXしたら、注文数と同じ数の返品候補を選んで蛍光ペンで記をつけておく。ここは結構時間をかけて、じっくり選ぶ。
 注文した商品が入荷して配架する際には、「これは残したい、けどあれも残したい」などくどくど考えずに、蛍光ペンで記がついたものを片っ端から抜いていく。
 そうして棚をスカスカにしてから改めて、今度入荷した商品を詰めていく。

 一通り終わった時は、何度やっても充実した気持ちになるのでした。