第1回 0カ月 本に呼ばれる

  • 超難関中学のおもしろすぎる入試問題 (平凡社新書)
  • 『超難関中学のおもしろすぎる入試問題 (平凡社新書)』
    松本 亘正
    平凡社
    1,034円(税込)
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 最初に「おや?」っと思ったのは、7月のある日。

 いつも通りに前日の売上を確認していて、『超難関中学のおもしろすぎる入試問題』(松本亘正/平凡社新書)という新書が気になった。うちの店は学習参考書が強いので、必ずしも学生向けではなくても、受験に関係する本はいつもちょっと頭に引っかかる。

 で、上記の書籍。刊行は2020年1月だから、もう3年半前。
 ポツリポツリとは売れていたんだと思う。「思う」とあやふやなのは、記憶に残らない程度の売れ方だったということ。けれどまるっきり売れていなかった、という訳でもない。

 何故そう言い切れるのかと言うと、昨今はPOSデータが充実していて、
「今この棚に在庫がある商品を、〝最後に売れた日付が古い順〟に並べてプリントする」
とか、私が書店員になりたての頃には考えられないくらい便利になっている(他の業種じゃとっくの昔、なんだろうけど)。
 だから、そのリストを見ながら、日々、〝最後に売れた日付が古い順〟=〝売れてない期間が長い順〟に返品をする。新しい本を配架するには、その前に売れてない本を返品してスペースを確保しないといけないからね。

 ということは、だよ。毎日毎日の返品候補に挙がることなく、刊行から3年半生き残ってるってのは、それなりには売れていた証拠、でもある訳だ。

 とにかく、その日も昨日売れた本のリストを眺めていて、『超難関中学のおもしろすぎる入試問題』にちょっと目が留まった。

 勿論、いくら学参が売れる店だからと言って、これがそのまま受験対策本として売れると思った訳ではなくて、むしろ受験に関係なく面白そうなタイトルだな......という理由は我ながら後付けな気もしていて、「本に呼ばれた」というのが一番しっくりくる言い方かも。

 何しろ、気になった。だから過去の売れ行きを調べてみた。62冊売れてた。まぁ何と言うか、うちの店としてはフツー。スゲー売れたって程でもないし、たったこれだけって感じでもない。

 ......だけども、注目すべきは、その返品数。発売後3年半で、たった1冊しか返品されていない、らしい。自分で返品しておきながら「らしい」もないだろうと言われるかも知れないけど、アイテム数が膨大なので、いちいち覚えてらんないんだな。

 2020年1月の発売以降、3年半で仕入れた総冊数が63冊。うち、62冊売れて返品1冊!? これさぁ、我ながらちゃんと売り切ってはいないだろう。

 どういうことかと言うと。

 例えば、100冊仕入れて70~80冊売れて、20~30冊返品されていたのだとしたら、
「積んで売れて補充して、また売れて補充してってのを何回か繰り返し、でもだんだん売れ行きが鈍ってきて、もう平積みしても効果は薄いなというところまで落ち着いたから、棚に1~2冊残してあとは返品した」
という経過だったんだろうな、とは想像がつく。必ずしもそうとは限らないけど、十中八九そんなとこだろう、と。

 因みに〝平積み〟する効果ってのは「表紙を出して視覚的にアピールできる」というだけではなくて、それ以上に「売り切れしにくい」ってことが大事で、即ち、棚に差して陳列している本は、1冊売れたらその時点で〝店頭在庫無し〟になっちゃうんだけど、5冊とか10冊を積んでおけば、そう簡単には売り切れ=機会損失にはなりませんよ、ということ。

 自動発注の普及や物流の効率化で、発注から入荷までの時間は20年前と比べれば随分と短縮されてはいるけれど、それでも1週間やそこらは見ておきたい。
 月に1~2冊の売れ行きであれば問題無いんだけど、週に2~3冊以上売れるとなると、それでは間に合わない。

 そこで平積み。5冊とか10冊の在庫を持っておけば、売り切れるまでに時間を稼げる。その隙に1週間先、2週間先に売る分を注文しておけばいい。積んでおいた5冊なり10冊なりが売り切れる前に、追加で発注した分が入荷する。

 まぁ店によって、そして商品によって、5冊積むのが適正なのか100冊積むのが妥当なのか一概に言えることではないけれど、棚に差すのではなく積むということは、表紙でアピールしながら量も確保するという二重の意味がある。

 閑話休題。『超難関中学のおもしろすぎる入試問題』の話の続き。

 繰り返すけど、3年半の間に62冊売れて返品は1冊。
「この本の当店での需要は62冊がmaxで、経験豊かな俺様が63冊という絶妙な数を仕入れて1冊余って返品した」
......んな訳ないだろう、フツーに考えて。

 多分――。発売直後から暫くは、平積みして売れ行きに応じて追加の注文もして、せっせと販売していたんだろう。だけどその後、

【ケース①】
 どこかの時点で〝版元が一時的に品切れして注文しても入って来ない〟という事態になった。じわじわ売れて、残り2~3冊になってしまったから、棚に差して1冊は返品した。

【ケース②】
 多分こっちの方が可能性が高い気がするけど、毎日毎日、新刊が溢れんばかりに入荷する中で、その陳列スペースを確保するために、深く考えもせずちょうど在庫が薄くなっていた『超難関――』を外して、棚に1~2冊差して、余った1冊は返品した。

 どちらのケースであったにせよ、追加の注文をして粘り強く販売していれば、もっと売れたんじゃないかなぁ。
 だけど、新刊は次々出るし、社会情勢やら何やらで急に脚光を浴びる本とか、SNSでバズって突然売れ出す本とか、そういうのを追い駆けるのに精一杯で、コツコツ売れている本をきちんとケアできていないってことなんだろうな、恥ずかしながら。

 長くなったけど要するに、
〝『超難関中学のおもしろすぎる入試問題』という書籍を、私は販売し切っていないのではないか? 疑惑〟
が、俄然浮上したという訳なのだ。

 そこで、ちょっと注文を出してみた。
 こういう時、ある程度の数をドーンと積んだ方が売れる、というのは本屋に限らず小売業のセオリーだそうだ。大量に陳列すればやっぱり目立つし、「そんなに売れてるんか!?」とも思って貰えるし、無論、売り切れる心配もしなくていい。

 けれど小心者の私は一気にドカンと発注してドーンと積んで、派手に仕掛ける度胸が無い。
 100冊仕入れて20冊しか売れずに80冊返品になってしまいました、ってな事態が怖いということもあるのだけれど、それ以上に、〝売れるか売れないか定かでないもの〟に大きな陳列スペースを割く勇気が持てない。

 例えば100冊仕入れた場合、3面×3列=9面とか使って展開することになる訳だけど、そのためには、何か別の商品の陳列スペースが犠牲になってる筈で、100冊仕入れた本は、
〝犠牲にされた商品の売り上げ+α〟
を稼いでくれないと、拡大販売にはならない。

 ここら辺、ちょっとくどいかも知れないが、説明を続けたい。

 『A』という商品を拡販しようと考えて、100冊仕入れた。その展開スペースを確保するために『B』『C』『D』『E』『F』という商品を、それぞれ2面、2面、2面、2面、1面、削ったとする。

 まったく売れていない商品を削るなら、何の心配も要らない。代わりに置いた商品がたとえ思惑通りには売れなかったとしても、「売れていない商品を外して、売れない商品を積んだ」だけだから、売り上げが上がりはしないが、落ちることもない。
 けれど前述したように、そもそも『B』『C』『D』『E』『F』は、平積みしていた時点である程度は売れていた筈なのだ。と言うか、ある程度は売れているからこそ、積んでいるのだ。

 それを外して、売れる確信を持てない商品を展開する......いやぁ、無理無理。

 そんな訳でチキンな私は、『超難関――』を20冊ほど注文してみた。ボクシングで言えば、様子見のジャブ。仕掛けと言うには余りにささやかだけど、経験上、これでも売れるものは売れる。展開場所は、平凡社新書の棚前に1面、新書のエンドに1面。それが8月のはじめ。

 そしたらポツポツ売れ始めた。釣りに喩えれば、浮きがぴくぴくと動く感じかなぁ。
 反応があった以上は、上記2か所の展開はキープしたいので、途中でもう10冊追加で仕入れたりもして、結局、8月1ヵ月間で、21冊が売れた。発売後3年半で62冊だった商品が、だよ。期待は膨らむ。

 9月。15冊、15冊、更に10冊と、計40冊を追加した(発注が細切れなのは、チキンだから)。手書きのPOPもつけてみた。
 9月のひと月で、今度は31冊売れた。8月、9月の2ヵ月で、52冊売れたことになる。くどいようだが、3年半で62冊だった商品が、だ。おお、やった!

 などと書くと、私が凄いバイヤーっぽいけど、全然そんなことはない。今回紹介したようなケースは、実はかなり頻繁に試している。「お、これは!?」と思った商品を、改めて注文して積み直す。そんなことは、しょっちゅうだ。だけど、上手く結果に結びつくことは、しょっちゅうではない。

 成功した拡販ってのは数字に表れやすいから、版元の営業さんとか他の書店員とかが、「凄いですね」「さすがですね」とほめそやしてくれることも多い。
 だけど、〝試してはみたものの、大して売れなかった〟ってのは、売上のデータからはなかなか見えないんだよね。

 例えば「おやっ!?」と思った商品を20冊注文して積み直してみた、と。
 それを複数カ所で展開したなら、専有したスペースに見合った売上を出さなければいけないし(1面出した時と2面出した時と売上が同じだったら、増やした1面、無駄だよね)、別の商品の陳列スペースを削ったのなら、前述の通り+αが出ないといけない。

 けれど、残念ながら1ヵ月で2~3冊しか売れなかった......という場合。データ上は単に〝1ヶ月で2~3冊売れた本〟というだけで、その数字からは「拡販するつもりで複数カ所で展開した」とか「そのために、別の商品をどれだけ外したか」なんてことは、全然見えない訳だ。

 こういう、データからは見えない失敗例、「凄くないですね」「さすがじゃないですね」という事例は、実は成功例の10倍はある気がする。いや、もしかしたら20倍かも(だからこそ、最初から100冊とか注文する勇気が持てないんだけど)。

 でも、「売れてるものを売る」ってだけじゃ、やってることAmazonと一緒じゃん? 売った実感に乏しいし、何より、仕事がつまんない。だからまぁ、狙い通りに売れると期待し過ぎないで、こういうチャレンジはしていきたいよね。私ら、自動販売機じゃないんだし。

 いつの間にか、また脱線していた。『超難関中学のおもしろすぎる入試問題』だ。
 チキンな私でも、さすがにこの売れ方は〝本物〟だな、と自信を持った。いや、3年半前の新刊時に売り逃していただけ......なんだけどね。

 これは神様がくれた二度目のチャンスだ。更に追加50冊、陳列も、エンドに4面を確保したぞ。さぁ、いよいよ勝負の10月だ。10月を制する者は新書を制するのだ。いや、嘘だけど。