【今週はこれを読め! SF編】精神を共有する「ネクサス」が拓くのは、理想郷か地獄か

文=牧眞司

  • ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ネクサス(上) (ハヤカワ文庫SF)』
    ラメズ ナム,Rey.Hori,中原 尚哉
    早川書房
    946円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ネクサス(下) (ハヤカワ文庫SF)
  • 『ネクサス(下) (ハヤカワ文庫SF)』
    ラメズ ナム,Rey.Hori,中原 尚哉
    早川書房
    946円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 テレパシーによって心がつながりお互いの感覚まで共有される----これまでのSFで何度も描かれてきたアイデアだ。それを推し進めると自我の境界すら揺らいでしまう。精神が融合すれば「私」も「あなた」もない。はたして、それはユートピアだろうか。諸星大二郎の初期作品「生物都市」が示したヴィジョンである(諸星作品ではテレパシーではなく身体もろとも融合してしまうのだが)。

『ネクサス』は従来のSFが用いてきたテレパシーのかわりに、認知科学やナノテクノジーを導入し「もっともらしさ」を増しているが、基本的な構図はかわらない。「ネクサス」と呼ばれるナノマシンは、経口摂取すると思考速度があがり、感覚が鋭敏となり、周囲の摂取者と意識を共有できるようになる。もともとの「ネクサス」は一定時間しか効果がなかったのだが、主人公ケイデン・レイン(通称ケイド)たちの研究チームが開発した「ネクサス5」は恒久的に脳内にとどまるうえ、ナノマシンに追加でプログラムをインストールできる仕組みを備えていた。旧来の「ネクサス」はお手軽な幻覚剤だったが、「ネクサス5」は戦略兵器として大きな可能性を有していたのである。

 とたんに、アメリカの国土安全保障省新型リスク対策局(ERD)が乗りだしてくる。その動きを察知した研究チームは逃亡をはかるが、ぶじに逃げおおせたのは元軍人のワッツだけ。ケイドはERD特別捜査官サマンサ・カタラネス(通称サム)に発見され、ほかの研究メンバーおよびネクサス5に関わった仲間の安全と引き換えに、ERDに協力するはめになる。

 ケイドは「ネクサス5」が人間の新しいネットワークに寄与すると信じている。彼は知識は万人に共有されるべきであり、テクノロジーは良識によってコントロール可能だと考える。

 それに対して、サムは「ネクサス5」はスタートレックに出てくる非人間的な集合精神ボーグをつくりだすものであり、普通の人間の自由を阻害すると考える。しかし、皮肉なことにサム自身がもう普通の人間ではないのだ。テクノロジーによって身体機能を強化し、ネクサス(旧型だが)を服用してもいる。この時代(2040年)、人間はポストヒューマンへと移行しつつあった。だからこそ行きすぎがないよう規制すべきだというのが、ERDの主張だ。

 サムはケイドにむかって、こう言う。



「ナイーブすぎるわ、ケイド。あなたはいい人よ。感じてわかる。でもこの技術を入手する他の人たちはどうかしら。リバースエンジニアリングしないと断言できる? 悪用して奴隷をつくるかもしれない。決死隊や、性奴隷や、信者をつくることもできる」



 ケイドは憤りを覚える。それをいうなら、銃だって人を傷つけるし、言葉や書物だって危険だ。

 これを読んだ読者のうち多くは、「ええ? 銃が言葉や書物と同列なの!」と思うだろう(ぼくもです)。しかし実際、「ネクサス5」が世界に与えるインパクトは、銃の比ではない。

 ERDがケイドに与えた任務は、ある人物の動向を調査することだった。対象は朱水暎(ジュウ・スイイン)、中国の傑出した神経科学者だ。彼女は巧妙な洗脳技術を開発し、それによって暗殺や政治工作をスマートに成しとげている形跡がある。あるいは「ネクサス5」と同等のものを開発しているのかもしれない。ケイドはサムとともに、バンコクへ飛ぶ。この地で高次脳機能のデコードをテーマとしたワークショップがおこなわれるのだ。それに朱水暎も参加する。研究者であるケイドならワークショップに入りこめる。

 かくして、ケイド、朱水暎、ERD(サム)----三つ巴のかけひきが展開されていく。ケイドはERDに嫌々協力をしているが、機会があればその束縛から逃れたいと考えている。サムにとってケイドは標的を釣るための餌にすぎないが、彼の理想や人柄には惹かれるものがある。そして朱水暎は何を企んでいるのか? 中国政府の走狗にすぎないのか、それとも彼女なりの思惑があって政府を利用しているだけか?

 バンコクで繰り広げられるのは、虚々実々のカードの切りあい----「ネクサス5」を経由した特殊な情報戦も絡んでくる----であり、状況の変化によって味方が敵に、敵が味方に裏返るタフなゲームだ。

 サスペンスとアクションを盛りあげるのは、濃厚なエキゾチシズムである。タイは仏教徒の国であり、独自の精神文化を発達させた僧院には、修行によって「ネクサス5」の精神融合に近い境地まで到達した高僧がいたりする。かとおもうと、ハイテクのジャンクにまみれたヤバイ裏通りがあって、非合法の遺伝子ハッキング、バイオ成形やバイオエロが氾濫している。

 物語が進行するにつれて、謎めいた朱水暎の過去が浮上し、そしてサムがERDのために働くことになった経緯も明らかになっていく。よくできたハリウッド映画を思わせる構成だが、どちらとも「ネクサス5」が惹起する問題----体制のなかでの自由、集団と個人との関係----と密接に関わってくる。それらとケイドのナイーブな理想とのコントラストで、テーマが立体的に照らしだされる。

(牧眞司)

« 前の記事牧眞司TOPバックナンバー次の記事 »