【今週はこれを読め! SF編】凶悪生物の侵攻に立ちむかう、ハンディキャップを持った姫と少年

文=牧眞司

 ひとの記憶へとダイブし、ノイズのかたまりのようなデータを意味のある映像へ成形するプロフェッショナル《記憶翻訳者(インタープリタ)》シリーズ連作で知られる門田充宏が、まったく新しい作品を書きあげた。はじめての長篇となる『蒼衣の末姫』は、異境ファンタジイである。

 舞台は、冥凮(みょうふ)と呼ばれる凶悪生物に、人間がおびやかされている世界。冥凮は一様ではなく、空飛ぶ〈翅つき〉、巨大な体軀で突撃してくる〈腕つき〉、戦慄すべき戦闘力を示す〈蜈蚣(むかで)〉などの種類がある。

 人間は防衛のために砦を築き、軍事、工業、商業、農業など、それぞれに特化した六つの共同体(「一ノ宮」~「六ノ宮」、別々の土地を拠点としている)による分業体制を敷いている。軍事を担う一ノ宮のなかで特権的な地位を占めるのが、蒼衣の家系だ。この血筋だけが、冥凮を滅ぼす能力を有している。しかし、末姫のキサはその能力を十全に発揮できず、役立たずの捨姫(すてひめ)と蔑まれていた。それゆえ、彼女は危険な役割を引き受けざるを得ない。

 冥凮は真っ先に蒼衣を狙ってくる。この習性を逆手にとり、キサを囮にして集まってきた冥凮を殲滅する作戦である。この作戦のさなか、彼女は川に落ち、あわやというところを三ノ宮の少年、生(いくる)に救われる。

 生も共同体のなかで周縁に属する存在だった。三ノ宮は交易と商いを担う共同体であり、毎年の新生児から三十三人が選ばれ、異能獲得の処置が施される。しかし、それがいかなる異能かは、成長してからでないとわからない。生にあらわれたのは皮膚硬化の能力だった。ただし、その能力は三ノ宮のいずれの職業にも資するところがなく、彼は役立たずの烙印を押されてしまう。

 三ノ宮では、さまざまな種類の使役生物――仔凮(つあいふ)と総称される――が飼われているのだが、その仔凮のなかにときおり、正常に成長できない異形態が出現する。異形態はハンディキャップがあるので、通常の使役には耐えられない。そうした異形態の世話が、生に与えられた仕事だ。

 前作《記憶翻訳者》シリーズの主人公、珊瑚(さんご)も、極度に強い共感能力というハンディキャップを負っていた。他人の感覚が流れこんでくるため、集団のなかでは自我が崩壊する。生化学的および情報制御的な補助によって、なんとか自分の輪郭を保っている状態だ。

 ハンディキャップの問題――とくに共同体のなかで自分の個性を肯定的に発揮できる機会を見出すこと――は、本作品にも通底するテーマである。キサと生は互いを支えあい、相手の境遇や考えかたにふれることで、自らも前向きに成長していく。

 いっぽう、物語においては、キサを追う冥凮の群れが三ノ宮に侵攻し、これを食いとめるために、さまざまなキャラクター(一ノ宮からきたキサ配下の戦士たち、三ノ宮の生の仲間たち)が活躍する。終盤でどんどん上り調子になるスペクタクルが読みどころ。

(牧眞司)

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